レイジーの語り②




"教授"の研究施設で暮らし始めて2ヶ月が経った。"教授"との日々は安らかなものだった。


専門的なことはわからなかったが、堕獣の解剖を見たり、"廻"の力を高める武器を実際に使ってみたりと俺の好奇心を刺激するような充実した生活を送っていた。


廻。そのことについて"教授"は俺にこう尋ねた。


『君、廻の成り立ちというのはわかるかい?』


"教授"は俺のことを"君"と呼んだ。この研究施設には俺と"教授"の2人しかいないため、それで成り立つのだ。


『廻……そうですね、成り立ちはわかります。』


どこで学んだかは思い出せないが、俺は確かに廻について知っていた。


『ほう…では、説明したまえ。』



かい。それはどんな生物にでも、否、鉱物や水分など、どんな物質にも流れる生命の源そのものである。そして廻の形、温度、色などの性質は万物それぞれで違う。


廻を使用するためには、まず強靭な精神力が必要である。瞑想を繰り返し、自分自身を見つめ、自分の廻を隅々まで認識する必要がある。自身の廻の解釈が細かいほどに廻の扱いはうまくなる。


そして、廻を用いることは多くの利点を持つ。


"身体能力の上昇"、"独自の廻を用いた多彩な戦術の確保"。

この2つが最大な利点であり、その性質から廻は対堕獣戦略として用いられている。



『君は廻が使えるのかい?』


『いえ俺は…覚えていないのでわかりません。』


『そうか…ならちょうどいい。』


"教授"の研究目標は、廻が使えない人でも使える廻を纏う兵器の開発だった。詰まるところ俺はピッタリだったのだ。



"教授"の経過観察も順調だった。俺の頭痛は、少しずつ治っているような気がした。


それでも、味覚は戻ることはなかった。



そしてある日のこと、俺は"教授"の部屋を掃除していた。彼に頼まれたわけではないが、食事も衣服も彼に提供してもらっている分できる限りの奉仕がしたかったのだ。


「ん?」


俺は、彼の手記を見つけた。



開けろ。



「? なんだこれ。」



開けろ。



「鍵がかかってる?」



開けろ。



「鍵は……さっき拾ったやつか?」



開けろ。



俺は、彼の手記を開けた。







私はアンドレが好きだった。likeではなく、loveだ。


幼少の頃からずっと一緒に育ってきた彼を嫌いになることはあっても、無関心になることはなく、気付けば視線の先には彼がいた。


そんな彼が私の目の前から消えたのは、異様に合格者が少なかったために行われた異例の"スターズの補欠合格者"を育成し、決めるための修行期間でのことだった。




『廻というものは、万物の中に流れています。人と人が触れ合った時、励ましの声をかけた時、廻は確かにそこに流れているのです。呼吸を深く、狭く、一定にすることを心掛けてください。』


私の目の前には1人の老師がいた。名をテンマオと言う。

私たちは彼の道場で瞑想をしていた。


ソラとカツミもその場にいて、彼らほどの強者でも合格はできなかったのかと戦々恐々とした。

また、私がカレン=ペルカと出会ったのはその期間でだった。彼女が私のバディになることは全く想像はしていなかった。



老師テンマオは、私たちに廻を教えてくれた。


『自然と一体になることを意識するのです。全を知り、一を知る。一を知り全を知る。そうすれば自ずと自分の廻が見えてくるでしょう。』


3ヶ月の修行を経て、私たちは廻を身につけた。自慢ではないが、廻への親和性が最も高いのは私だった。


"超身体強化"

それが私の廻だった。


そして反対に、廻への親和性が一番低かったのはアンドレだった。


『廻…出ないぞ。』


『こうだぞ、アンドレ。こう。』


『わかんねぇって!ソラお前!ぶった斬るぞ!』


『な、なんで怒るんだ!?』


『ソラ、お前はもっと感情の機微を学ぼうな。』


そんなアンドレとソラとカツミのやりとりを見て私たちは笑っていた。同じ夢を目指す仲間と共にあることはとても楽しかったし、刺激的だったのだ。


『おいレイジー!笑ってないで教えろよ!』


なんでもそつなくこなすアンドレが取り乱している様を見るのは珍しいものを見ているようで面白かった。それと、少しだけかわいいと思った。


『アンドレ、手出せよ。』


『? ほら。』


私はぎゅっと彼の手を握った。さわさわと撫でながら彼に廻を流していく。ふわふわと温かい感じがする。


『私の廻、感じるか?』


『……なんとなく』


『じゃあ、私の廻とは別の廻がお前の中を流れてるのは感じるか?』


『……わかんねぇ』


にぎにぎと握りながら私はアンドレに言う。


『し、しょうがねぇな。じゃあお前がわかるまではこうしててやるから、私の手握ってろよ!』


私は彼の手を抱えるようにして彼の隣に座った。


『お?なんだ俺もやr』


『shit!お前はこっちに来い!』



そしてときは流れ、二度目のスターズ試験が始まろうとしていた。




『じゃあまた明日な、レイジー。風邪引くなよ。』


『わかってるよ。お前らもちゃんと寝ろよ?本番は明日なんだから。』


老師テンマオはよくできた人で、わざわざ男と女の宿舎を分けてくれた。私とアンドレとアルゴとタンジオは女子寮の前で話をしていた。


結局アンドレは廻が使えなかった。彼には言わなかったが、私がスターズに受かったら養ってあげようと思っていたし、落ちたとしても4人で傭兵の続きでもしようと思っていた。


『じゃあね、みんな。』


私たちはそこで別れた。スターズ試験前日の夜のことだった。また明日と、そう言ったアンドレに私はなんの疑問も抱かなかった。



これが、私が3人と話す最後の機会となった。







『アンドレたちがいない?』


私は、目の前に立つソラとカツミに尋ねる。


『ああ、朝食堂にいなくてな。待っても来ねーし。お前んとこにいるんかな?って思って来たんだけど…どうやら来てないみたいだな。』


『3人揃っていないのか?』


『ああ。』


もう試験は始まろうとしていた。それなのにアンドレたちはまだいない。


『探すか?』


『試験はどうする?』


『試験官に言っても待ってはくれないだろうな。』


今思えばここがターニングポイントだったのだ。ここで、探しに行くと言えば、何か結果は変わったのかもしれない。


『3人揃ってるなら下手なことは起きないはず。試験までに間に合わなかったら、合格証を叩きつけてやろう。』


私は探さないことを選んだ。3人の力量を一番知っていたのは私で、その私が大丈夫だと言ったのだ。ソラとカツミもそれを聞いて納得した。



私たちは2回目のスターズ試験に合格した。苦戦も接戦もなく、私たち4人は選ばれた。だけど、その中にアンドレの名前は当然なかった。


結局、アンドレたちは来なかったのだ。





『レイジー=ヤンキーガールだな。医師団長が呼んでいる。来い。』


そう声がかかったのは、私が自らの合格を知った数時間後だった。


私は私を呼びに来た使者の後を追った。合格に浮かれていた私はなぜ医師団長が私を呼んだのか、なぜ医師団長だったのかを何も考えてはいなかった。


は、お前の同郷で合ってるな。』


医師団長が、二つの物体を指した。


『毎回現れるんだよ。星架隊に入ろうという、廻に優れた受験者を狙った誘拐事件が。今回も現れてね。怪しい場所を隈なく探ったんだ。』


『そして、見つけた。やはり受験生の何人かが攫われていた。最も見つかったときにはすでに死体になっていた。もその内の二つだ。』


『犯人は今もまだ逃亡中だ。研究施設と、山ほどの死体だけが残っていた。残念だが、手がかりはほぼ皆無と言っていいらしい。』


『早く答えなさい。はお前の知り合いか?』





気づいたときには、私はその場で嘔吐していた。何度も何度も繰り返す。あのときに、探しに行こうと言わなかった自分を何度も何度も思い出す。


何度も何度も思い出してそのたびに自分の胸を貫きたいような、死んでしまいたいような衝動を持て余した。



医師団長が言うは間違いなく、アルゴとタンジオの死骸だった。





 



『レイジー、ご飯ここに置いとくからね。』


同室のカレン=ペルカがそう言い、トレイを机の上に乗せた。私は黙って彼女が出ていくのを待った。


あれから、私はご飯が食べられなくなった。食べても吐いてしまうからだ。


網膜から、死骸が離れない。


しばらくしてカチャリと食器を持つ音と、扉が閉じる音がした。カレンが量の減っていないスープを持っていたのだ。私はそのまま眠った。



『じゃあ行ってくるね、レイジー。』


あれから一週間が経った。



今日は3人の葬式らしい。私は未だに歩き出せないでいる。外は怖い。一人じゃ怖い。みんながいないと怖い。


みんながいないと知るのが怖い。




「本当に一人で大丈夫?」


あれから三週間が経った。


「うん。カレンには迷惑かけたから。今日はちゃんと自分の足で行くよ。」


「そっか…じゃあ気をつけて。なんかあったら急いで向かうから。」


「心配しすぎ、大丈夫だよ。」


私は3人のお墓に行こうとしている。

足取りは重いが、きっと今の私には必要だった。


彼らの死を受け入れなければ私は前に進めないのだ。



カレンからもらったメモを片手に私は墓へと進む。

ただ黙って、進んだ。




そこは、広くみずみずしい一つの草原だった。

緑の床に、青色の空。


そして、いくつもの白色の十字架が建っていた。


「横から130、縦から58。」


私は歌うようにそう呟いた。彼らの墓を示す場所だった。



3つ、白色の十字架が並んでいた。



「……あなたたち、こんなに小さくなっちゃったのね。」



3つ仲良く並んでいた。


生まれてからずっと兄弟のように育ってきた。いつかは来ると思っていた別れも、戦場の中だと思っていた。


まさかこんな別れになるとは思わなかった。


試験当日、私が必死に人生をかけた勝負をしている最中に簡単に殺されてしまうなんて誰が予想できただろうか。 


何が大丈夫だ、何が信じているだ。

みんな死んじゃったじゃないか。


「なんで……」


約束したじゃんか。


『お前たちと前を向いて生きていきたい。』



「! あ、ああ、あああああああああああ!!!!」



ダムが崩壊したかのように、私の目から涙が溢れた。


「嘘つき!嘘つき嘘つき嘘つき!!!」


私はその場で膝まずき、何度も何度も十字架を叩いた。


「嘘つき嘘つき嘘つき!!!一緒に!…一緒に生きようって……前を向いて………生きようって………」


何度も何度も何度も叩いた。叩くたびに涙が溢れた。


「復讐は終わりにしようって……やっと幸せに……なれるって…そう思ったのに」


視界が涙で覆われてよく見えない。それでも空は青いし、草原は緑だし、目の前の十字架が白いことはわかった。


「置いてかないでよ………」


懸命に叫んだ私の声も、彼らには届かない。亡者には何かを語る口も何かを聞く耳もない。


冷たくなった彼らを、私は抱きしめることができただろうか?


「一人に………しないで」



その時だった。三つの墓の中央を、光が差し示した。

私はそっと光を見つめた。


二つ目の、ターニングポイントだった。



『 』


そこには名前が書いてなかった。遺体が発見されていないのだ。死者だと断言できないからだ。


「アン…ドレ…………」



神の啓示のように私の芯を捉える何かがあった。




私の目に希望が溢れた。


「アルゴ、タンジオ。見てて。」


私は、拳を強く強く握った。


「あなたたちの無念は絶対に私が晴らして見せるから。」


白い十字架に、私は約束した。







それから私はアンドレを探し続けている。仕事柄たくさんの国へ向かう。そのあちこちでアンドレについて何か知らないか尋ねている。


何年かかっても構わない。重い女と言われても構わない。

私が、私たちが愛したアンドレを救い出してみせる。



「レイジー、行くよ。」


カレンが私を見た。


「うん!」


私は、拳を強く握った。





これが"私のアンドレ"の全てだ。多くを語るつもりはない。彼を見つけ出したあと、ゆっくりと語りたいと思うからだ。

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