レイジーの語り①





どこか見知らぬ場所にいた。ここはどこだろうとあたりを見渡そうとして俺は気づく。四肢どころか、頭や首までもが拘束し、身動きできない状態にあることを。


仕方なく、今の視界に広がる景色から情報を探ろうと考えた。そこには多数の管のようなものがあり、中には半透明な毒々しい色の液体が流れていた。

その他にも、照明や記録装置が置かれていた。


なによりも俺の気を引いたのは、部屋の真ん中に置かれているのだろう手術台だった。金属製の無機質なそれは遠目から見ても温度を感じず、何か死の匂いのようなものを感じた。


匂い。そこで俺は初めて鼻にあった違和感に気づく。俺の鼻、いや顔の下半分にはマスクのようなものがつけられていた。そしてマスクには管が取り付けられており、その管は


そう、俺は液体の中にいたのだ。

液体の中で、体を拘束されている?なぜ?



ふと、明かりの少なかった見知らぬ場所に強い明かりが入ってきた。


「!」


「おや、お目覚めかな?」


否、入ってきたのは強い明かりだけではない。光と共に入ってきたのは頭の禿げ上がった小太りの男だった。


俺は見知らぬその男を注視しながら彼の次の言葉を待った。すると小太りの男は慌てたように俺に話しかける。


「ああ、待ってくれ。すぐに拘束具を外すよ。でもその前にテストをさせてくれ。」


小太りの男はメモ帳のようなものを取り出し、備え付けてあったペンの先をペロリと舐めた。


「君は誰だい?」


その時俺は初めて、自分の名前も何もかもわからないことを知った。







アンドレと私の関係を語るにはどうすればいいだろう?


いくら考えても私にはわからなかった。彼が私のもとから消えてしまったこと自体私はまだ踏ん切りがついていないのだ。


だから考えないことにした。ただ思ったことを語るだけにしようと思う。




私には、四人の幼馴染がいた。


いつもひょうきんな性格で笑わせてくれる弟分アルゴ。

無口で大人しく岩のように大柄だが繊細な弟分タンジオ。

私と同い年で私たちのリーダーだったアンドレ。


そして、年の離れたアンドレの姉ミルコさん。


私たちが生まれ育った村で子供は私たち5人しかいなかった。村は特段裕福ではないが、貧乏というわけではなく村人全員仲つつまじく暮していた。


特に村で二人だけの若い女だったこともあり、私はミルコさんと仲良しだった。


歳の離れたお姉さんのミルコさん。

それに続くわんぱくな私とアンドレ。

その後ろをトタトタと追いかけるアルゴとタンジオ。


今思えば本当に幸せだった。

だけどそんな生活も終わりは突然だった。




ミルコさんが死んだのだ。




否、彼女は殺されたのだ。村の足の悪い老婆に薬を届ける道中、殺人鬼に殺された。なぜ言い切れるのかというと、ミルコさんの死骸が殺人鬼の殺し方に一致していたからだという。だが、そんなことは幼い私たちにはどうだってよかった。


私たちにとって重要なのは、ミルコさんが死んだこと。ミルコさんを殺したやつがいること。そして、もともと二人暮らしだったアンドレが一人ぼっちになってしまったことだけだった。


『レイジーちゃん。アンドレは少しだけ危なっかしいところがあるから………レイジーちゃんには気にかけて欲しいの、あの子のこと。』


『尻に敷けってこと?』


『え?…ああ、まあ。いや、手綱を握るぐらいかな?』


(私がしっかりしなくちゃ……)


生前のミルコさんの言葉を思い出し、私は涙で赤く腫れた目を冷水で濡らして、アンドレを慰めに行った。

上手く笑えるかはわからなかったけど、私はアンドレよりも3ヶ月も歳上なのだから、と自らを奮い立たせた。


そこで私はアンドレを見た。


『ア…アンドレ……?』


"それ"はもうアンドレじゃなかった。いや、私は"それ"をアンドレとは思いたくなかったのだ。


『危なっかしい』


ああ……ミルコさんの言う通りだと思った。

彼は優しくて、だから脆かった。



彼と、ミルコさんの葬式の最中に二人っきりで話す機会があった。彼は何か決心したような表情をしていて、不思議と私は彼が何を考えているのかわかった。


言わないでほしいと思った。だって、それを言ったら彼はもう戻っては来れないと思ったから。


『俺は姉さんを殺したやつを許さない。絶対にこの手で俺が殺す…だから、ここでサヨナラだ。レイジー。』


そんな彼の目は見たことなかった。


少しだけ大人になった私たちは殺人鬼の名前を知っていた。そいつの名を"首もぎ"ハレルヤと言った。


私は必死に手を伸ばす。彼を引き止められるように必死に手を伸ばす。


言ってほしくなかった。行って欲しくなかった。


 

だから、私は嘘をついた。


『私も……ついていくからな。』


『!…………………なぜ?』


『私だって、ミルコ姉を殺したやつをぶっ殺してやりてぇからだ。』


 

嘘だ。本当は復讐なんて怖かった。

それでも、アンドレを失うほうが私は怖かったのだ。


『そうか。』


アンドレは淡白にそう返すだけだった。それで私は十分だった。アルゴもタンジオも同じだった。みんなアンドレが放っておけなかった。


アンドレは気づいていないかもしれないけれど、アンドレも優しくて頼り甲斐があって、ミルコ姉と同じぐらい皆から愛されていたんだ。




私たちは傭兵になった。

ままごとじゃないんだぞと、大人にどやされることもあった。何度も死ぬかもと思った。

 

それでも、私たちは逃げなかった。目を逸らしている間に、彼が消えてしまいそうで、怖かったのだ。


私たちは強くなっていった。傭兵界でも、有名になっていった。私たちの中でもアンドレはずば抜けて強かった。やはり意志の力というやつなのだろうか?


もともと男勝りだったこともあり、私はすっかり目つきが悪くなり、体もゴツゴツになってしまった。


けれど後悔したことなんてなかった。

何を犠牲にしてでも彼と共にありたかった。







あの時のことは今でも思い出す。スターズ試験でのこと、アンドレがソラを裏切り、刺したことを。


あの時飛び散った鮮血はきっと、戦うことに捧げた私たちの青春そのものだった。




傭兵になって何年か経ったある日———半年前、その事実を私たちは知った。


『"首もぎ"ハレルヤ、"0の黒籠"で事故死』


私たちが、アンドレが殺すはずだったそいつが死んだのである。それはあまりにも突然のことで、私の頭は真っ白になった。


『レイジー姉、これ……………』


『…………………』


きっと、アルゴもタンジオもそうだったのだろう。


『アンドレには、黙っておこう』


そう言ったのは私だ。


彼が壊れてしまうと思った。

"復讐"は彼にとってある種の"信仰"だった。


生きるための、拠り所だったのだ。

彼はそのためだけに生きてきたのだ。

必死で死線を潜り、命を燃やしてきた。


私の脳裏に浮かぶのはミルコさんが死んだ時の"それ"。


確証はないが、予感がしたのだ。7年前のアンドレならまだ良かったのに、今のアンドレはあまりにも復讐に囚われすぎている。



アンドレは新聞を読まない。

ニュースも見ない。

空いた時間は短剣を振っていた。


(このままでいいんだ。このまま4人で過ごそう。"もういない敵"を追い続ける方が私たちにとって、彼にとって一番だ。)


私はいつしか自分に言い聞かせるようになった。


ある日、ある噂を聞いた。ハレルヤを殺したのは、銀のロザリオを持った少年だと。



だからこの試験でそいつを見た時、私は息を飲んだ。

その少年の首元には、銀のロザリオが煌めいていた。

ロザリオなんてものは珍しいものではない。

だが、私の直感はそう告げていた。



 —————————"あいつ"だ。



『アンドレ、あの二人組にしよう。』


そう言ったのも私だった。アンドレはわかったと言い、自分で自分に傷をつけて2人に忍び寄った。

私たちはアンドレと共に2人組に奇襲をかける準備をした。




何故あんなことを言ったのだろうと今になって考える。


ハレルヤを殺した相手を倒すことによって鬱憤を晴らそうとしたのだろうか?接近することで、何かを得ようとしたのだろうか?


きっと私はアンドレのこれまでの—復讐という暗闇を歩いてきた彼の—道に意味があったのだと思いたかったのだろう。


わかってる。銀のロザリオの少年に感謝を述べるならともかく倒したとしても、それは何も生まないだろう。彼はハレルヤじゃないのだから。


私はただ、アンドレがハレルヤの件を知らなかったとしても復讐の先を知りたかったのだ。終わらせたかったのだ。


それなのに…



『アンドレ、お前の夢ってなんだよ?』


横腹から血を垂れ流すソラがアンドレに問いかけた。アンドレは叫ぶようにこう言った。


『俺の夢はな!復讐だったよ!そのためだけに俺は生きてきたんだ!』



復讐だったという過去形の言葉を聞いた時の私の絶望は計り知れないだろう。

一体いつから知っていた?私は彼になんて言えばいい?




それから、ソラとアンドレの一騎打ちが始まった。手負いのソラと無傷のアンドレ。両者一歩も引かない戦いの最中、私は絶望の淵で考えたのだ。



復讐を失ったアンドレを突き動かすものはなんだろうか?私には、彼がマリオネットに見えた。復讐という糸に雁字搦めになった哀れなマリオネット。


だけどその糸はもう切れているでしょう?

ならば彼を動かすものは何?



『ソラ!』


私はたまらず声を張り上げた。くすんだ金髪の男は少しだけ肩を震わせた。


『……アンドレを解放してやってくれないか』


なんとも情けない声で私はそう言った。アンドレに相応しい"ケジメ"は彼だと思った。


いいじゃないか、これで。


どんなにカッコ悪くても、無様でも。


宿命の敵がどこかでのたれ死んでも。


今までの決死の日々が無駄だったとしても。


拠り所を無くしても。


私たちの旅の終わりじゃないよ、そんなの。


ただの通過点なんだって、そう言えばよかったんだ。



怖がっていたのは私の方だったんだ。 



アンドレが壊れてしまったのなら、何度だってまた支えてあげればいいんだ。


真実から目を背けるよりも、

気づかないフリをして余計に彼を傷つけるよりも、


何倍もマシだったじゃないか。




そして、アンドレは負けた。







これが、私から見たアンドレと裏切りの話の全てである。少しだけ、話すことに疲れてしまった。


私は休むことにしよう。


次の話者は一体誰だろうか?ソラか、カツミか?


願わくば、彼であることを願いながら私はソファにその身を投げ出した。

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