第7話 付き人への助言

「ユート、魔法の勉強も同じだ。わしのやった初級魔導書は読んでいるか?」


 次に尋ねたのは賢者ユグノー。

 彼も勇者に憧れる付き人の少年が可愛がっていた。それで難しいとは思ったが初級の魔導書を渡して読むように課題を課したのだ。

 魔導書はただ読むだけではない。

 読んでその魔法を習得すると魔力を奪われるのだ。

 よく訓練された人間は1ページ分の魔法を読んで取得すると倒れてしまう。

 習得せずに読み飛ばせばそういうことはないが、代わりにその魔法も使えないのだ。普通の人間では1行読んだだけで倒れてしまう。


「はい。なんとか読み終えて、次の魔導書に挑戦しています」

「ふふふ……。読み終えただと。それはただ読み飛ばしただけだろう。まあ、よい。お主のような少年では、まだ魔力は十分ないから習得は無理だろう。興味付けに読み飛ばすだけにはなるが、違う魔導書を読むことも悪いことではない」


 そうユグノーは目を細めた。初級の魔導書と言っても全てを理解するには、少なくとも10年の歳月は必要なのである。

 それは先ほどいった魔力の消費量が理由である。


「ユート君、まずは奉仕と善行。それあるのみ。奉仕と善行を積み重ねれば、神より恩恵を賜り、その力を少しだけ使うことができるのです」

「はい、サラディン様。僕は毎日、神様に感謝し、皆様に、特に敬愛する勇者アリナ様に誠心誠意お仕えすることで、この世界に貢献しています」

「うむ。その心がけ、素晴らしい。神への感謝、そして神から祝福された勇者アリナに対する奉仕を忘れぬことだ」

「はい。1秒たりとも忘れません」


 ユートは深々と頭を下げる。

 その角度、90度。かっきり90度である。


「それにしても先日の森の巨人、一体、どうなってしまったのだろうか……」


 サラディンは話題を変えた。

 ここへ来るまでに立ちはだかると思われた森の巨人退治が、思わぬ結果で終わったのだ。

 人々を喰らい、退治にしに来た冒険者を何百人と葬ってきた森の巨人が焼け焦げた姿で息絶えていたのだ。


「せっかく腕試しができると思ったのに、勝手に死んでいるとはな」


 意外な結末に新しく手に入れた魔剣の性能を確かめられずに落胆した戦士ダンテは、もう話すのも面倒だと苦々しい表情をした。


「魔法が暴発でもしたのであろう。あの焼き焦げ状態は、火炎魔法の暴走に違いない」


 そう分析したのは大賢者ユグノー。

 勇者の使う爆裂魔法『火炎弾改』の10倍以上の熱量がなければ、あの巨大な巨人を消し炭にはできない。

 そうなると、魔力の暴走で制御不能になった上での爆死と考えていた。


「森の巨人が自爆してくれてよかったじゃない。面倒な戦いは少ない方がいいわ」


 そう勇者アリナは、ちょうどよい具合に焼けた目玉焼きを頬張る。

 温められた黄身の甘さが口の中に広がる。トロリとした食感に思わず舌を少し出して唇をそっと舐めた。

 黄身の触感と自分の唇の柔らかさを思わず比較したくなってしまったのだ。


「アリナ様、ナプキンでございます」


 そっと女勇者に真っ白な布が即座に手渡される。ユートが差し出したのだ。敬愛する勇者の唇を気遣っての行動だ。


「あ、ありがとう、ユート」


 当然のごとくそれを手にするとそっと唇を抑えた勇者。ユートは何事もなかったよ  

うにナプキンを受け取るとスス……っと下がる。主人たちの会話を中断させぬよう に気遣うのも付き人の役割だ。


「だがな、アリナ。強敵と戦わないと俺たちの経験値も稼げない。大魔王を倒すためには、もっともっと強くならないとな」


 戦士ダンテはそう話した。ここのところ、雑魚モンスターは数多く倒しているが、強敵と思われるモンスターと出くわしていないのだ。


「まあ、強敵と戦えばこちらに被害も出るじゃろう。戦わないに越したことはない……」

「賢者ユグノーのおっしゃる通り。きっと神のご加護のおかげでしょう」


 そうサラディンは信仰する愛と慈愛の神ミランダに祈る。

 ミランダの象徴、Mの字を象った白銀のペンダントを両手で握って天を仰いだ。


「皆さま、そろそろお時間です。装備については全て用意させていただきました」


 いつの間にかユートは、洞窟探索用の道具や食料を満載したバックパックを運び出していた。


「アリナ様は武具を装備するお手伝いをさせていただきます」


 そう言ってユートはアリナの手を取る。勇者の装備である光の鎧、光の剣、光の盾、兜等の装着を手伝うのだ。

 やがて勇者パーティ一行は、準備を終えると、いよいよ冒険の途につく。ゾモラの洞窟の入口へと進む。


「それではユート、後を頼むわ」

「はい。アリナ様」

「最初のトライは2,3日というところ。目標の階まで到達したら、すぐにエスケープの魔法で帰ってくるわ」

「はい。それでは御馳走を用意してお待ちしております」


 そうユートはうやうやしくお辞儀をする。

 そんな彼に戦士ダンテが忠告する。


「おい、ユート。俺たち留守中に魔物が襲ってくるかもしれない。一応、サラディンが魔物封じの魔法を使ってくれているから、大抵の魔物は寄ってこないが、馬車を中心とした10m四方からはあまり出るなよ」

「はい、ダンテ様。気を付けます」


 ユートはそう返事をする。

 そんなユートの格好はというと、仕立てのよいシャツと上着。そして半ズボン。小さな執事見習いの格好だ。

 上品で清潔な服装であるが、野外では違和感がある。

 武器はというと、馬車の立てかけている樫の棒と木製の盾。

 盾は一応、耐熱煉瓦を薄く表面に張ったものである。下級の火の魔法の攻撃を少し緩和してくれる効果がある。

 だが、よく見ると耐火煉瓦は割れてところどころ欠けており、とても防げるようには見えない。


「ユート、その盾、そろそろ修理したらどうだ。その状態だと最下級魔法の『炎の矢』で燃え尽きてしまう」


 そう賢者ユグノーは忠告する。ユートは頷く。

 これは早急に直しておかないと、自分の主人の寝ぼけ魔法攻撃で壊れてしまいかねない。


「はい。すぐに修理します」


 ユートは今朝のアリナの寝ぼけ魔法攻撃で少々痛んだのだと考えた。

 実際は最初から賢者が言うように、最下級攻撃魔法『炎の矢』でさえも防げない程に壊れていたのであるが。


「それではユート、出かけてくる」

「いってらっしゃいませ、アリナ様。少し掃除をしておきましたので、気分良く戦えるかと思います」

「掃除?」

 

 勇者アリナはユートの言っている意味が分からなかったが、洞窟に足を踏み入れるとユートの言っていた意味がすぐに分かった。

最初の20mほどは赤絨毯が敷いてあったのだ。


「おいおい、ユートの奴、いつの間にこんな無駄なことを」


 戦士ダンテは過剰な演出に眉をしかめる。

 勇者アリナを崇拝する付き人は、少しでも勇者の足が土で汚れないように赤絨毯を敷いたのだ。


「あの少年、夜の間に準備をしたのじゃろう。まあ、3日前に王国騎士団が洞窟に入ったということだから、入り口付近じゃモンスターは出なかったののじゃろうが……子供が洞窟に入るなんて危険じゃ。だが、この心意気は心地よし」


 そう賢者ユグノーはくすくすと笑う。

 この洞窟は王国騎士団が掃討作戦をしていたので、かなりのモンスターが退治されていた。

 この入り口付近20m程度ではモンスターは現れようがないから、無力な付き人でもこんな演出ができたのだと思ったのだ。

 さて、その無力でまだ子供の付き人、ユート。

 彼は最近、パーティに加わった一般人である。

 魔物に襲われて全滅したある村で、勇者アリナに命を救われたことで、彼女を崇拝し、彼女の付き人となったのだ。  

 年齢は13歳。サラサラの髪にまだ幼さが残る顔立ち。

 身長は150センチを超えたばかりで、同年の少年たちと比べると小柄である。

 一般人だから当然、戦闘には加わらない。

 付き人である彼の仕事は、勇者アリナの身の回りの世話。

 掃除、洗濯に食事作り、お風呂の用意にベッドメイキング。時には疲れた勇者の体をマッサージする。

 買い物の時には荷物持ち。冒険では勇者用にあつらえた連結馬車の御者をしている。

 そして勇者一行が洞窟や塔への冒険に出発すると、その近くで待機する。

 設置した攻略基地(クエストベース)で、勇者パーティの帰着をひたすら待つのが仕事なのである。

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