第8話 野良モンスター退治
「くくく……。勇者どもめ。洞窟へと出かけたようだな」
銀狼ロキが巨体を揺るがして、この攻略ベースへと現れた。傍には右腕の氷の騎士と雪霊の魔女、そして先兵として氷の操り人形が10体いる。
氷の操り人形は、氷でできた鋭い剣を装備し、ベテラン戦士と同じだけの剣技をもつ魔物である。
その攻撃はパターン化されているところはあるものの、中級冒険者程度では倒せない攻撃力と防御力をもっていた。
「ロキ様、残っていたのは人間の子供だけです」
そう氷の騎士は報告した。
洞窟近くにある拠点には、一応、魔よけの呪文は施されていたが、ロキ級の強大な魔獣に全く効果がなかった。
「ロキ様、わたくしの魔法解除の術で一応、結界は破壊しました。破壊しなくてもなんの問題もないとは思いましたが」
そう雪霊の魔女も報告する。
ロキは少しがっかりした。
しかし、ロキは大魔王軍の中でも性格は残忍で弱いものに情け容赦がない。
勇者の付き人というか弱い少年を残酷に殺して勇者を悔しがらせたいと考え直していた。
「相手としてはゴミ以下だが、我が直々に嬲り殺してやろう……」
「いやいや、ロキ様。相手は一般人です。しかも子供です。どう考えてもロキ様が出るまでもありません。むしろ、ロキ様の名誉が損なわれるかと」
そう氷の騎士は止めた。
一般人で子供なら、操り人形たちだけでも過剰なくらいだ。
「うむ、全力で戦うと言ったが、確かに相手が子供では吾輩の名誉にもかかわる……そう言われれば確かにそうだ。では、操り人形どもにやらせるとするか」
氷の騎士に言われて、ロキも大人気なかったと反省した。
部下の操り人形が少年を嬲り殺すのを座って見学することにした。
「おや?」
朝食の片づけをしていたユートは、突然現れた魔物たちを見て、少しだけ驚いた表情を見せた。
但し、その驚いた度合いが、部屋に出た害虫を見つけたレベル。
普通なら、大魔王配下の幹部であるロキの魔力に当てられて呼吸もできないくらいに恐怖するはずである。
「出ましたか……」
ユートの反応は全く違っていた。
氷の
「はははっ……これは愉快だ。武器もないとは……気の毒過ぎてこれは可笑しい……」
ロキはそうユートの行動を見て笑う。
つられて雪霊の魔女も氷の騎士も笑った。しかし、3秒後にひきつった顔になる。
「ほい、ほい」
ボス、ガス、グワシャ……。
まずは3体。ユートに近づいた氷の操人形が粉々になった。
どうやってこの少年が粉々にしたのか、全く分からない。
細かい破片で白く彩られた樫の棒を見ると、それで叩いたことは間違いなさそうだが、それがヒットした瞬間を誰も見ていないのである。
さらに斬りつけようとする7体の操り人形たちは、次々と、自爆するように氷の破片に姿を変えられた。
破壊されるたびに鈍い破壊音が森の木々の中に木霊する。
「ば、ばかな……。そんなに奴らは弱かったのか?」
銀狼ロキは不愉快になった。
もしかしたら、この少年の持っている武器は勇者が与えた魔法の武器で、そのスペ シャルパワーで氷の操り人形を破壊したのかと思った。
(そうでなければ、この状況は説明できない!)
「雪霊の魔女よ。あの子どもがもつ木の棒。どんなの威力があるのか透視せよ」
ロキはそう配下の雪霊の魔女に命ずる。雪霊の魔女は敵のもっている武器の鑑定をすることができるのだ。
「わかりました、ロキ様」
雪霊の魔女は赤い瞳をユートがもつ樫の棒に当てた。
それだけで、その武器の能力が可視化され、数字で教えてくれるのだ。
樫の棒 攻撃力5
樫の木でできたちょっと固い棒。ヒノキの棒よりは使える。
あまりにしょぼい武器なので、通常の武器屋には置いていない。これは森で拾った枝を削って作ったものである。
「ロ、ロキ様~。あれは……」
「やはり、勇者のもつマジックアイテムか」
ロキはゆっくりと雪霊の魔女に尋ねる。
目の前では最後の氷の操り人形が粉々になっている。
「いえ、ただの棒です。しかも森で拾ったもののようです」
「は?」
「ただの棒です」
冷静にそう答える雪霊の魔女。
しかし、10体の氷の操り人形を破壊し、今は氷の騎士のもつ剣と切り結んでいる少年の武器が、ただの樫の木の棒であるはずがない。
そうでないと、氷の騎士の魔剣が弾かれていることへの説明にならない。
「ロキ様、この子ども、魔力で武器を強化しているのではないでしょうか?」
そう言いながら氷の騎士はユートの攻撃を自分の愛剣ブリザード・フルーレでやっと受け止めた。
剣に当たった瞬間に凄まじい衝撃で弾かれ、氷の騎士は10mほど後方へ退けられた。
それだけではない。受けた瞬間い凄まじい衝撃が体全体を貫き、着ていた鎧に細かいヒビがいくつも入ってしまった。
どう考えても子どもの攻撃力が氷の騎士を上回っている。というか、その差は絶大である。
「いちかばちか、この私の最大の奥義を繰り出すしかありません。ロキ様、この少年は危険です。すぐ逃げてください」
氷の騎士はそう叫んだ。
だが、ロキはまだ目の前の光景を受け入れられていなかった。
人間が、それも人間の中でも最も弱い子供が自分の右腕である氷の騎士と互角、いや、圧倒しているのである。
「我が最大の奥義、七剣乱舞」
氷の騎士がそう叫ぶと七体に分裂し、ユートの周りを囲んだ。そして七方向からの鋭い突き。
通常なら、この技を受けた者は心臓を七方向から貫かれ絶命する。
パキン……。
甲高い音が響く。結果は全くの正反対であった。腰を少し落とし、右足を前に出した格好でユートは止まっている。
右手には樫の棒が握られ、横一閃した状態で固定されている。
「ば、ばかな……本体を見抜いただけでなく、一撃で首を飛ばすなどと……」
ロキは樫の棒でもろくも首を飛ばされ、その場で体が粉々になった氷の騎士を見た。
七体に分裂した体は全てコピーであるが、その攻撃は本物と同じ。
但し、攻撃されてもコピーはダメージを受けない。
本体を見抜き、七方向からの攻撃前に瞬殺すればこの技は敗れるが、そんなことができるものは魔界でも数多くない。
「ロキ様、このわたしくしめが……」
雪霊の魔女が氷結系の魔法、『氷弾』を唱えたがユートはそれを涼しい顔で見つめる。
無数の鋭い氷の弾丸が猛烈なスピードで対象者の体を貫く魔法。
それを30発も放ったのだ。
普通の人間なら間違いなく絶命。
固い鱗をもつドラゴン族でも、この攻撃にはかなりのダメージを受けることは必定である。
しかし、銀狼ロキはまたしても信じられない光景を見る。
氷の弾丸は全て回転した樫の木によって撃ち落され、地面に虚しく次々と転がっている。
そして放った術者はそのまま樫の木で殴られてそのまま消えてしまった。
雪霊の魔女は闇属性のモンスター。
聖なる武器による攻撃で魂が浄化されて成仏してしまうのだ。
(ば、ば、ば、馬鹿な……。雪霊の魔女は我の直属の部下だぞ。大神官ですらターンアンデットは難しいのだぞ。それを……それを……こんな子供が!)
「お、お前は誰だ、何なんだ!?」
「僕はユート。勇者アリナ様に仕える、ただのしがない付き人です」
平然とそう答えるユートにロキは恐怖した。
「そんなわけあるか~っ!」
ロキは息を吸い込んで魔力を乗せた。
自分の最大の攻撃を放つ。そうしないと生き残れないと本能で察したのだ。
「喰らえ、絶対零度の息吹!」
あの騎士団を一瞬のうちに全滅させた攻撃である。
受けた人間は凍り付き、ガラスのように砕け散る。
銀狼ロキの必殺技である。
「ああ……そよ風が吹いている……」
絶対零度の猛吹雪の中を普通に歩いて近づいてくるユート。
猛吹雪は彼の体に当たると2つに割れて後方へと流れていく。
ユートのさらさらの髪の毛がわずかに動く程度。
「ごめんね。アリナ様の休憩場所に君たちを招くわけにはいかないんだ。大人しく死んでね」
ガツン。
樫の棒は真っ二つに折れた。
頭を殴られた銀狼ロキはその衝撃で意識が飛んだ。そのまま、体が消えていく。
「う、嘘だろ……我は大魔王様に仕える将軍で……たった1発殴られただけで……消えるわけには……ありえない……」
銀狼ロキは体が維持できなくなり、消えてしまった。
悪魔族であるロキも強烈な耐魔力のある攻撃を受けると悪しき魂から破壊されてしまうのだ。
「はあ~棒が折れちゃったじゃないか……。また森で探さなくてはいけないなあ」
ゾモラの洞窟の主、銀狼のロキとその親衛隊を倒したユート少年。
彼にはボスキャラを倒したという自覚は全くない。
餌を求めてやって来た野良モンスターを追っ払ったという程度なのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます