06

「おい、無事か。何があったんや」


「おう、田村か」


「ん?」


「何や、さっきまで違う奴が喋っとったやないか?」


「いや?」


「まあええ、それより、どうしようもなくなってしもたで」


「どないしたんや。今何処やねん」


「今は婦人寝室みたいなとこに隠れとんねん」


「人形は消えたんか」


「いや、追ってきとる。さっきは主人寝室みたいなとこにおって、あいつらがドア破ってきよったから、バルコニー通ってこっちに逃げたんや」


「ほんで今は?」


「バルコニーも閉めたけど…どうせ破って来よるや…あっ!ほんまに来よったで…」


「今そこのバルコニーにおるんか?」


「ああ…うわっ!何や!あいつや!台所におったあいつや!ナイフ持ってこの窓壊そうとしとんで」


「何ちゅう奴や!とにかく早う逃げ!」


「逃げ言うたかて…このドアの向こうで挟み撃ちしとるかも分からんねんで?」


「もうそこやったら子供部屋が奥にあるやろ。そこに逃げた方がええんと違うか」


「…子供部屋に、行けいうんかいな…」


「おう、その方が安全とちゃうんか」


「…なあ、田村」


「何や」


「俺、分かってもうたわ…」


「何がやねん」


「…なあ田村、俺の名前言うてみ」


「はぁ?」


「ええから、言うてみ。今日、一回も俺の名前呼んどらんやろ」


「…何を…」


「ほらな。やっぱりや。お前は俺の名前なんて知らんねん」


「すまん、忘れてもうてたんや」


「そら悲しい話やなぁ。中学の時からずっと一緒におって、名前忘れられるやなんて、俺は悲しいわ。けど、ちゃう。お前は、ちゃうんやろ、田村と」


「な、何を言うてんねや」


「お前がほんまに田村なんやったら、子供部屋に行けやなんてことは、言う筈があらへんねん」


「はぁ?俺はお前の安全の為に…」


「安全の為に、”五年前、あの黒い影が出てきた部屋”に行け言うんか」


「…」


「幾ら緊急時や言うても、あそこに入れっちゅうんは、おかしすぎる。あの慎重派の田村がそないなこと言う筈ないねや」


「…」


「思えばおかしなとこはなんぼもあったんや。最初は早う帰れって言っとった筈のお前が、階段のとこで、上からおかしな音が聞こえてる言うてんのに、ごちゃごちゃ理由つけて、二階に上がれってしつこく俺に言うとった」


「…それはお前が宮上さんが見えた言うから…」


「五年やぞ。あれから五年も経っとんねんぞ。こないなこと言いたないけど、ほんまにあの人がここの二階で生きとるって思たんか?そら俺はしゃあない。ここに来て取り乱しとったからな。せやけど、普段のお前やったら、こう言うやろな。そんなもんおる筈があらへん。罠や。お前を二階に誘うてんねや、ってな」


「…」


「お前の彼女についてもそうや。あの子は大学の後輩やから、ついこないだ俺に連絡してきよったんや。そん時に、俺はちゃんと聞いてたで。お前とはまだ関係続けとるって。まあこれやったらその間に別れた言うたら済む話やけど、そもそも、その彼女の名前、言えるか?」


「…」


「他にもあるで。お前は五年前の件を微妙に忘れてたやないか。さっきの子供部屋の話もせやけど、浴室の事もそうや。それぞれの部屋に浴室があるんやなぁって最初に言うたのは、他でもないお前やったからな」


「それは…ちょっと忘れとったからで…」


「せやのに、俺でも覚えてないような細かい出来事やら、細かい部屋の間取りは覚えてんねんなぁ」


「…」


「お前は、田村のフリをしとるお前は、五年前のことは知っとる。せやけど、それはあくまでも”お前の視点”や。”ここに住んどるお前”は、俺らの会話なんて知っとる筈あらへんもんな」


「…」









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