07
「おい、ジャック、嘘だろ!」
少年は、その場に崩れ落ちた。
少年が部屋に戻ると、ジャックは既に絶命してしまっていたのだ。彼の部屋の窓の下敷きになって。
その惨状は、誰が見ても明らかなものだった。
「そんな…ジャック…嘘だと言ってくれよ…」
ジャックは、外に面するこの窓を突き破ろうとしたのだ。
そして、無理に力を加え続けた結果、元々建付けの悪かった窓が外れ、ジャックの真上に覆いかぶさった。
ージャックは、あの洋館に行くために、外に出ようとしたのだー
少年は今朝、ジャックを部屋から出ないようにして、学校に向かったのだった。それがいけなかったのだ。
少年は果てしない悲しみに襲われた。少年は唯一の親友を失ってしまったのだ。こんなことになるくらいなら、あの洋館に行かせた方が良かった。ジャックを、ここに閉じ込めたのがいけなかった。少年は後悔と自責の念にとらわれた。
少年はむせび泣きながら、ジャックの亡骸を庭にそっと埋めてやった。少年は静かに祈り、涙を流し続けた。
夕食を取る時間になっても、少年は自分の部屋に閉じ籠ったままだった。
何もする気になれなかったのだ。
少年は涙さえも枯れ、ただ茫然と壊れた窓の外を見ていた。
日は既に落ち、月明かりが街を照らしている。
寂れた池。古びた屋根。見えるもの全てが殺風景で、それがまた少年を悲しくさせるのだった。
しかし、活気のない街に全く相応しくない豪華な屋根が、微かに見えたのであった。
あの洋館だ。
少年は瞬時に悟った。
そうか。ジャックはこの窓からあの洋館を見ていたんだ。
あの美しい家を、この窓から見ていたのだ。
そして、突き破ろうとした。
今、こうしてジャックと同じ景色を見ている。
いや、景色などではない。
あの家を見ているのだ。
少年は居ても立っても居られない心持ちになった。
ああ、あの美しい家に行きたい。
少年の思いはそんな思考に埋め尽くされていた。
屋根だけでは物足りない。
あの家の美しいその姿を見たいのだ。
少年は慌てて家を飛び出した。
ああ、美しい。
その家の艶めかしいまでの容貌に、少年は溜息を漏らした。
モダンな屋根に、繊細に造られた外観。幾つもの窓にあたる月明りが、家の妖艶さを引き立てていた。
どうしてこの家はこんなにも美しいのだろう。ジャックが、どうしてもこの家を見たかった理由が、今になって分かったような気がした。どうして自分は今まで、こんな美しいものを見過ごしていたのだろうか。どうしてジャックの気持ちを理解してやれなかったのか。
少年は家をひたすらに眺め続けていた。見ているだけで、吸い込まれてしまいそうだ。少年は目尻から、先程とは種の違う涙を垂れ流していた。
少年がうっとりと家を眺めていると、玄関扉が開き、誰かが出てくる。
「坊や、よく来たね。さあさ、そんなところにいたら風邪を引くよ。中に入ってお茶でも飲んでおいき」
黒い服を着た老女が、少年を手招きする。
とても優しそうな住人だ。まさにこの屋敷の住人として相応しい。
少年は門を開け、誘われるがままに中へ入る。
老女は玄関を上がり、食堂の前を通り、あの居間へと少年を導く。
「さあそこのソファにお座んなさい。今からお茶とケーキを出してあげるからね」
老女は笑顔でそう言った。
少年はソファに腰かけ、部屋を見回した。
中も実に優美な造りだなあ、と少年が感嘆していると、
「さあさ、お食べ、ケーキだよ。お茶も淹れてあるからねえ」
老女はまたにっこりと顔を綻ばせた。
少年はフォークを手に取り、眼前のケーキを口に運んだ。
食べた瞬間に、喉がうっと詰まったような感覚に襲われ、ケーキを吐き出し、嘔吐いてしまう。むせるように咳が止まらなくなる。
「おや?口に合わなかったかい?」
よく見るとテーブルには、ケーキなどではなく、例の黒い塊のようなものが蠢いているのであった。
ー僕は、何をしてるんだー
少年は我に返った。
あの黒い塊を、あろうことか口にしようとしていたのだ。
そもそも、何故自分はあの洋館にいるんだ。
どうやら、ジャックが死んで、気が変になっていたらしい。
早くここから出ないと。
「じゃ、じゃあ僕は用事があるので、帰ります」
少年はこちらを見つめる”黒い影”に話しかけ、後退りした。
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