第11話 ヤンデレな後輩の家に遊びに行った件

あかね先輩、どうぞ中へ」

 とある休日の昼下がり。私は九段坂くだんさかの家に遊びに来ていた。

 彼の住むアパートは鉄骨の丈夫そうで小綺麗な景観で、内装も白い壁紙が清潔感を感じさせる。

 玄関のドアを開けるともうワンルームが見えていて、一人暮らし用のそこまで広くない構造だ。

 テレビと机、ベッドに冷蔵庫や炊飯器などの必要最低限の家具が置かれているだけで、殺風景とは言わないまでも、どこか寂しい感じはした。

 玄関で靴を脱いで部屋に進むと、壁一面に写真がたくさん貼られているのが見える。

 ――それは、すべて私が写った写真だった。

 私の笑顔がほとんどだったが、中には私が目線を合わせていない、仕事中の横顔や、背を向けた写真もいくつかあった。おそらくは彼の胸ポケットに差したカメラ付きボールペンで撮ったものなのだろうと思われた。

「先輩に、この光景を見せたかったんですよね」

「随分撮ったね」

 壁をしげしげと見つめる私に、九段坂が肩を並べる。

「先輩の写真でモザイクアートが作れそうな勢いです」

「それで何を作るんだい?」

「もちろん先輩です」

 九段坂の発言に、私は思わず噴き出してしまう。

「君、私のこと好きすぎるだろう」

「ええ、大好きです先輩」

 九段坂の言葉に、パッと横を見る。彼は映画館のときのような、愛おしくてたまらないといった笑みを浮かべていた。

「先輩、俺はね」

 九段坂はそっと私を腕の中に閉じ込める。

「もう先輩を帰したくないって思っちゃうくらい大好きなんです。ずっとここにいてほしい……」

「同居……ということか?」

「うーん、ちょっと意味合いは変わるけど、まあそんな感じ……なのかな……」

 九段坂は言葉に窮したらしく、どう言ったらいいのか考えているのだろう、視線をさまよわせる。

「ふむ……君が同居したいというのならやぶさかではないのだが、引っ越しやら転居やらの手続きで時間はかかるぞ」

「えっ……本当に一緒に暮らしてくれるんですか……!?」

「なんだ、冗談で言ったのか?」

「いえ! いえ……! 嬉しいです……!」

 九段坂は頬を紅潮させ、さらに強く抱きしめる。

 その後は九段坂とベッドの縁に並んで座り、ビデオカメラをテレビに接続して鑑賞会をした。

 いつの間に撮ったのか、彼は私の映像まで撮影していたようだ。

 他人の視点から見た私の振る舞いはこういう感じなのか、と、なんだか気恥ずかしい感じがした。

「先輩と一緒に暮らしたら、ホームビデオとか撮れちゃいますね。楽しみだなあ」

 九段坂は上機嫌でニコニコしていた。

 そうして過ごしているうちにやがて日も暮れ、私はそろそろ御暇することにした。

 玄関で靴を履いていると、袖をくいっと引っ張られる感覚があった。

 振り向くと、九段坂が私の袖をつまみながら、寂しそうに俯いている。

「……やっぱり、帰ってほしくないです」

「手続きを済ませたら、ここに戻ることになるだろう」

「本当に、……帰ってきてくれますか?」

「ああ、約束だ」

 私は九段坂の頬をそっと撫でる。彼はうっとりしたような目でこちらを見ていた。


〈続く〉

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