第10話 因縁と因縁の狭間で陰茎の神経はコントロール出来ないようだ。許可区画あるべしなんて口で言う程簡単じゃねぇ
前々から池田は、この悠然という男に苦労させられていた。
話は彼の元々勤務していた小学校にまで遡る。
二年で転勤となったという、謂わば彼の黒歴史となった舞台、それが今回の
テーマである公立蛇腹小学校である。
7年前、それは池田が小学校教師をしていた時代。
3年1組の担任をしていた時の話だ。
行く先々で「鬼の池田博文」と恐れられていた彼が受け持ったのは総員32名
というクラスだった。
「泣く子も黙る」「鬼車」等という渾名で彼は子供達の間でもかなり有名であ
った中で、彼自身も子供達にそのような呼称で恐れられていることは承知し
ていた。
いかんせん、当時の池田は、大学でも物理一本という頭の固い男であり、教師
たるもの生徒から畏敬されて然るべきだという思想を持っていた。
この為、それらの呼称は当時の彼にとっては凡そ誉め言葉に等しく、子供達に
とっては正に出会したくない存在として忌避されていたのだ。
申さんや、彼が担任として抜擢された3年1組の32名の生徒達は見るも無惨な
仕打ちを受けることとなってしまった。
訳もなく常に威圧感を漂わせながらホームルームを行い、又宿題の欄が少し
空いていたりしたらもう燃えるように怒鳴りつけたのだ。
理科の授業中は特に厳しく、指名された生徒が即答出来なかった時は、怒鳴る
までは行かないものの、ひたすら無言の圧力をかけた後次へパスするという、
先生としてはこのご時世、厳し過ぎるスタイルを取っていた。
で、3年1組の雰囲気がどうなっていったかというと、やんちゃ盛りの筈の男
子達はすっかり圧政により大人しくなってしまい、女子はただただ涙を溢し
たのだった。
。
池田自身、そんな悲惨な状況が本来の小学生の姿だと思っているものだから、
全く悪びれる様子も無くそのまま一学期が過ぎていった。
そんな中、夏休みを経て二学期の初め、ヤツがこの蛇腹小学校にやって来たのだ。
「ここに転入することになった、闇のセックスキング。お前は何だ。」
そう言って、3年1組へ新しく入って来た転入生は、黒板に線文字Aで名前を書いた。
普通なら笑いが起きる筈であった。
だが、3年1組の場合は違った。
転入生が来たというのに別段盛り上がることもなく、池田によって縛り付けられた
3年1組の面々はひたすら暗い顔をしていたのだった。
線文字Aを書き終え、すました顔でクラスメイトの方へ振り返ったのは、今作の主人公である上悠然。
クラスメイト達はこの転入生に何とか池田の危険性を伝えようと、顔でメッセージを送っていた。
だが、その努力も空しく、右奥で難しい顔をして座っていた池田が動き出してしまったのだ。
「何だね、この文字は。
ちゃんと日本語で書きなさい。」
池田は微笑みを浮かべながら話かけた。
「そう言えばそうだったな。
お前達の文明レベルではまだ線文字Aは解読出来ていなかったな。」
既に池田よりも背の高かった悠然は、線文字Aを消し、万葉仮名で名前を書いた。
その瞬間、クラスメイト達から不安そうな声が漏れ始めた。
正に、これからこの転入生に起こる惨劇を予期したのだろう。
「貴様、私を舐めているのか?」
池田が眼鏡の奥で眼光を轟かせる。
「ふむ、その眼鏡、見てくれは小綺麗なようだがア○ガンで買った安物か、パッドに老廃物が溜まってたから今除去してやった。あーでもシリコンにこびりついた苔までは無理だったようだ。」
悠然は指で何かを丸め、そしてデコピンで池田の顔面へその茶色い塊を弾いた。
遂に、この瞬間池田の怒りはマックスに達した。
すかさずクラスメイト達は耳を塞ぎ、必死で目を瞑った。
「──────!!!
──────!!!!!」
だが、鳴り響く筈だった池田の怒声は誰の耳にも届くことはなかった。
池田も自分の声が骨伝導でしか聞こえてこないという異変に気付き、さらに顔を歪ませながら身振りを激しくした。
「ああ、すまない。皆煩そうだったから先生の声帯付近の媒質を消した。
つまり、今先生の周りは真空になっているということだ。」
「─────!?!?」
「安心しろ、先生の赤血球はちゃんと俺が血管内に転移させた酸素を運んでるよ。」
そして、悠然は悠々とした足取りで自席についた。
クラスメイトは終始驚いた表情で彼を目で追っていたが、池田の完全敗北を察知した瞬間、一気に大歓声を上げたのだった。
「......ぶはっっ!?
上悠......貴様......これは犯罪だぞ......」
「どうぞ、日本の司法でこの俺を裁けるなら裁いてみろ。
そして一般人用の檻にでもぶち込めば良い。」
「ぐっ......」
(鬼の池田として畏敬されてきた自分が小学生相手に起訴するなど......
こいつは絶対に俺が教育してやる......)
そして、その日を境に3年1組の雰囲気は一変した。
池田よりも確実に強い味方が参入したことにより、生徒達が池田を恐れることは無くなったのだ。
忽ち悠然は人気者となった。
休み時間も、彼の席の周りには自然と人だかりが出来た。
「上悠ってどこから来たんだ?」
「オスマン帝国からだ。」
「ふっ、ふーん......」
「ねぇねぇ上悠君、誕生日いつー?」
「俺の誕生日は虚数だから君達が祝うことは出来ないよ。」
「きょすうって何~?」
「寝させてくれ......」
そう言うと悠然は複素数空間へ身を隠した。
そう、悠然の誕生日はこの複素数空間でしか祝うことが出来ないのだ。
さて、現在法会高校にて勤務している池田。
彼があの頃と比べてすっかり丸くなった理由については、今後語ることにしよう。
そして、彼はまだ知らない。
数年前、蛇腹小学校合併に伴い法会高校へ黒板や机などが寄贈されたということを。
そして、v=√gRという文字が浮かび上がった今目の前にある黒板は、嘗て悠然が線文字Aや万葉仮名を用いて自己紹介をしたあの黒板であるということを。
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