第7話 やはり頭がどこかおかしい
夕飯を食い、何事も無く三時間程経過した。
相変わらず悠然はパソコンとにらめっこをしている。
大崎もバスローブのままソファに寝そべりスマホを弄くっていた。
スマホを触るのは実に家に居た時以来だ。
前に居候していた佐藤は全くWi-Fiを貸してはくれなかったし、勿論充電も禁止だった。
そんな中で常に汚いオッサンにいやらしい目で見られ続けていたのだから、今考えれば正に最悪の環境だったのだが、居候という身である手前、何も言い返すことは出来なかった。
それに対して悠然はすんなりとWi-Fiも充電も貸してくれた。
ただ、遇に小腹が減った時に飛んでいるWi-Fiを食うことがあるらしいが。
大崎はいつの間にか自分の部屋のように寛いでいることに気付き、はっと我に還った。
そしてスマホを閉じて立ち上がった。
悠然は動画を見ていた。
白を主とした色々なコメントが流れている。
「それって確かニ○ニコ動画...だっけ、」
大崎はほんの少しだけネットに首を突っ込んでいた。
よ○つべのみならずニ○ニコや掲示板にもちょくちょく足を運んではいた。
「ああ。」
暫く一緒に見ていると、どうやら悠然が見ているのは生放送らしかった。
生主がカメラを持って夜道を走っている様子が見える。
だいぶ焦っているようだ。
何かに追われているのだろうか。
「何でこんなに慌ててるの?」
「夜の東京都信濃町を歩いてみた!
......これがこの配信のタイトルだ。今こいつは集スト(集団ストーカー)に追われている。」
悠然はパチパチッとQWERTYを軽快に叩いた。
すると画面に『草』というコメントが現れた。
(意外と普通のコメントするのね......)
いや、よく考えたら『草』も十分変なのだが、現実の変人ぶりに比べたら確かに狂気が足りない気もする。
悠然はタグ編集で「ゴリホーモ」と追加すると、動画を停止し、ランキング画面に移った。
ニ○ニコでは日々ランキングが更新されているのだ。
最近はウマの動画が上位を席巻している。
悠然は1位から順に動画を再生し始めた。
「ああ、私これ知ってる。最近流行ってるらしいね、このウ○娘っていうゲーム。」
中でも特に流行っているのは『デ○ルマン』と掛け合わせた~マンというタイトルの動画だった。
暫くの間真顔で動画を見ていた悠然は突然キーボードを打った。
そして現れたコメントは、『桐村萌絵』という謎の人名。
「誰......?"きりむらもえ"って」
「これは十年程前のことだった。」
悠然はパソコンを見たまま何か語り始めた。
その間も連続で『桐村萌絵』を大量にコメントしていく。
同じコメントは連続で投稿できないのでピリオドを付けて区別する。
「ある日夢の中に神が降りてきた。神は、俺に対し『知恵を授けてやる』と言ってきた。だが俺は『お前よりも俺は賢いから要らん』と言い返してやった。」
(夢の中でも相変わらずなのね......)
大崎は苦笑いした。
「すると爺の格好をした神は憤慨し始めたのでそのまま論破してやった。そして朝目覚めると俺には『桐村萌絵』『スベリータは神』と無性にコメントしたくなる呪いが掛けられていた。」
ランキング上位の動画にどんどん『桐村萌絵』と『スベリータは神』が増えてゆく。
動画を見ていて突然何の脈絡もなくこれらのコメントが流れてきた時は、それは悠然の仕業なのだ。
歯を磨いている途中、大崎は考えていた。
気付けば、自分は普通に悠然に話かけていた。
無意識に心を開き始めているのは確かだった。
ただ本人が必死にそれを否定するだけであって。
そして時間は過ぎ、就寝の時間となった。
「さて、寝よう。」
悠然はさっと立ち上がった。
「上悠って睡眠、必要あるの?」
大崎は興味本位で訊いた。
大崎自身、この男の生態にとても興味を引かれていた。
「勿論必要無いが、俺も一人の人間だ。ちゃんと寝て一般人の真似はするようにしている。それに夜、俺が活動していたら、驚異的な知能に危険を感じた宇宙人が俺を殺しに来てしまう。小学校の時に一度それでUFO騒ぎになってしまった。」
やはりこの男は大崎の想像を遥かに超える回答を示してくる。
正直大崎は心の中で思った。
この男───面白い、と。
悠然は布団を二つ用意し始めた。
「あっ、いいよ、私床で寝るからさ」
流石の大崎も遠慮し始めた。
「これはお前用ではない。お前はまず俺と同じ部屋では寝ないだろ。これは飼っているヒトガタの物だ」
悠然はそう言うと口笛を吹いて合図を出した。
すると奥の扉が開き、黒い巨大な影がぬっと顔を出した。
背丈は悠然より少し小さいくらい。
「ひゃっ!なっ、何よそれ......」
突然の出来事に腰を抜かしてしまう。
「これは南極で捕まえたヒトガタの『龍之介』だ。猿の一種。こいつは布団のダニを食ってくれるからいつも一緒に寝ているんだよ。」
悠然はヒトガタの頭を撫でる。
グオォォォ......と龍之介は唸った。
「あっ、あの......」
実は、大崎は怖いものが大の苦手なのだ。
小さい頃に夢枕におじいちゃんが現れたという体験をしたのが今でもトラウマになっているのだ。
ここだけの話、高校生になっても一緒に住んでいるおばあちゃんの横で寝ている。
流石に佐藤の所にいた間は自分に鞭打って一人で寝ていたが。
悠然なら襲ってくる心配も無いだろうし、ここは是非とも同じ部屋で寝たい所だった。
この龍之介とかいう謎の生物は恐ろしかったが、お化けよりはマシだ。
主食はダニらしいし。
「私もこの部屋で......寝たいんだけど......」
「そうか。じゃあ龍之介の横で寝ればいい。」
悠然はさらっと流すと、ベッドの上でスマホを弄り始めた。
アラームと、就寝用の音楽でも流すつもりらしい。
大崎も布団を舐め回す龍之介の横で、絨毯に寝転がった。
「はぁ」
(こいつの家に来て良かったのかなぁ......でも待遇は一番良いんだよなぁ。
まっ、そんなことは明日から考えれば良いことだし、今日は寝よう。)
大崎が目を閉じようとした時、悠然の方から男が叫ぶ音が聞こえ始めた。
「ん......何?」
龍之介を隔てて向こうから『ウォォオッ!!』という男の叫ぶ声と、ギターの余韻が連続的に響いて来る。
『ウォォオッ!!ウォォオッ!!ウォォオッ!!ウォォオッ!!.......』
「ちょっと、うるさいんだけど」
「知らん、俺はこれを聞きながらじゃないと寝られないんだよ。『you suffer』、睡眠用BGMとしては非常に出来が良い。」
悠然はこの曲を毎晩連続再生しながら寝ている。
よ○つべでのこの曲の再生回数の約半分が悠然による物だ。
「まさか、それで安眠するつもり!?どうかしてるわよ!?」
返事がない。
寝てしまったようだ。
「もう!!」
大崎も根負けして、騒音鳴り響く中、じっと目を瞑った。
こうして、激動の一日はあっという間に過ぎていったのである。
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