第3話 上悠とじゃんけん

村井騒動は一応の終息となった。

復帰した村井とクラスメイトとの間柄は相変わらずだったが、彼自身気にしていないようだったので放っておいても良いだろう。

で、例の小説についてだが、どうやら読むのを止めたらしい。

大方、他の作品のキャラクターに一目惚れでもしたのだろう。


担任の池田も村井の姿を見るなり膝から崩れ落ちた。

何せ職員の間ではコロンバイン高校の二の舞になりかねないとまで言われていたらしい。


吉沢はというと村井の提言により恩赦が為され、一週間の謹慎処分となった。


「今日は7月7日...コナン・ドイルの命日か。」


7月7日を七夕ではなくコナン・ドイルの命日として記念しているこの男こそ、今作の主人公である上悠然だ。


この法会高校での七夕のイベントは教室前の廊下に笹が設置されているのでそこに願い事を書いて吊り下げるという一般的なアレだ。

皆、受験や恋愛に関係することを書いている中、悠然は「ムハンマドに帰依」と行書体で記した。


というのも、とあるインフルエンサーがコーラン燃やしつつムハンマド馬鹿にしたという事件が発生したので悠然はムスリムへのささやかな敬意を払ったのである。


さて、そんな下らない話は隅に置いて、本日のメインイベントは昼食中に配給される索餅というお菓子だ。

悠然はいつも昼食時間はどう過ごしているかというと、弁当を持ってきていないので、空中に散乱している皆の弁当のおかずのカスであったり、埃、人の皮膚等を吸い込んで腹を満たしている。

この男にとってはあらゆる行動が面倒臭いに直結するので、最大限の省エネを理念として日々を過ごしているのだ。


「索餅は是非とも"二つ"食っておきたい所。」


悠然はこの七夕記念のお菓子だけは食うことにしている。

何故なら織姫と彦星の再会という感動的なイベントを存分に祝いたいからだ。

そして彦星になりきり、織姫の大陰唇を齧る妄想をしながら索餅を食う。

これこそが悠然流の七夕の過ごし方なのだ。


だが、一人一つずつ配給される索餅を二つ食おうとする場合、必ずライバルが現れる。

余りの品を賭けた熱いじゃんけんだ。


そして今、副担任の藤本が段ボールを教室に運んできた。

ついに配給が始まる。


索餅は一つずつ配給されて行き、恙無く終了した。

教卓を見ると、吉沢の分が一つ残っている。


「ありがたいな。初めて吉沢の存在がこの世界に貢献した瞬間だ。」


そして残った一袋を巡り、悠然の他に3人の男子生徒と2人の女子生徒が立ち上がった。

計6人の戦いの火蓋が切られた。


「よし、まずは先生とじゃんけんだ。」


池田はそう言うと左手を上に挙げた。

出た、先生との一斉じゃんけんだ。

何故か個人戦よりも勝率が悪くなる形式のマッチング。

だがここを切り抜けなければ先には進めない。


「行くぞお?じゃんけん......」


池田はチョキを出した。

そしてそのチョキをしっかりと確認してから悠然はグーを出した。

クラス中がどっと盛り上がる。

しかし悠然の後出しは誰にもばれてはいなかった。

原理は簡単だ。

悠然は一旦ミンコフスキーの時空外に肉体を転移させ、この教室で起こる事象の観測者となった。

そして蚊帳の外から池田の手を確認して、即座に現時空へ舞い戻りグーを出したということだ。


悠然がミンコフスキーの時空外に居る時、光は完全に停止して見え、まるでカメラのシャッターを切った時のような無数の波が錯綜している状態が観測出来る。

悠然はこれを瞬時に解析し、池田の輪郭を構成する光の行き着く先をシミュレーションし、チョキという手を予測、いや確定事項として"確認"したのだ。


「勝ったな。」


周りを見ると、悠然の他に一人だけグーを出している子がいた。

大崎だ。

女子生徒のヒエラルキーの中では中の上辺りに位置するくらいの子だ。

大崎は決勝の相手となる悠然を確認すると心底嫌そうな顔をした。

この女は男子に対して冷たいことでも有名なのだ。 


「おっ、勝ったのは大崎と悠然か。じゃあ前でじゃんけんだ。」


大崎はとぼとぼと教卓の側に歩いていく。

悠然は折角なので瞬間移動で教卓へ向かった。

皆は一瞬ん?といった表情をしたが、気のせいだろうと納得したのだろう、特に驚かれはしない。いつものことだ。


「上悠、私はあんたがこのクラスで一番嫌いなのよ。」


大崎は黒い艶のある髪をポニーテールで括ったかなりの美少女だ。

192cmある悠然の乳首と彼女の目が丁度同じ位置エネルギーを持っていた。


「大崎、お前は俺の乳首と会話してんのか?

まあ確かに俺の乳首は黒目のように漆黒だし、睫毛のように乳首周りに毛も生えているから間違えるのも無理はないが。」


クラス中、いや池田や藤本までもが言葉を失った。


「キモ......」


大崎は目線を吊り上げ、ひたすらに真顔の悠然を睨み付けた。


「私のお母さんは一人で私と弟二人を育ててくれたわ。

日雇い仕事、水商売何でもやって、毎日疲れはてて深夜に帰ってくるの。

それでもお母さんは私をこの高校に通わせてくれて......」


突然大崎が身の上話を始めた。

情に訴えかける作戦だろうか。


「お陰で弟二人は栄養失調間近でガリガリなのよ。

この前膝の上で抱っこしてあげた時のあの体重の軽さ......」


大崎は泣き始めた。

池田も突然の出来事にどうすればいいかわからない様子だ。

悠然は死んだ魚のような顔で一通り聞き終え、一言発した。


「それは災難だったな。」


「あんた......それだけ!?」


大崎が怒鳴ると、クラス中からブーイングが飛ぶ。




※CAUTION※この先の悠然の発言はかなり危険なので苦手な方はブラウザバックを推奨致します。




「お前の生い立ちは誰も求めていない。皆が真に求めているのは即ち、誰がこの索餅を食うか、だ。それにお前の弟はガリガリなんだろ?それなら本当の飢餓状態とは言えない。本当に飢えている奴は腹がぽっこり膨れるもんだ。」


「ひどい......」


大崎がめそめそと泣き始め、さらにクラスは沸き立つ。

悠然への罵詈雑言が飛び交い始めた。


「それにお前らが俺に文句を言うことは出来ない。」


悠然が言い放つと、一旦皆は静まりかえり、次の台詞を待った。


「何故なら、俺はユニセフに毎月10万円募金してるからな。」


無論、この散財は苦しむ子供達の為ではなく保身の為に過ぎない。

意外と実用的だ。


クラスは微妙な雰囲気となった。

確かに10万円の募金が品行方正な行いであるのは事実だが、悠然に倫理観がないのも事実だという二律背反の中で揺れているのだ。


「......分かったわ、早くじゃんけんをしましょ。皆、私を応援してくれる?」


勿論だ!と男達が沸いた。

これを機会に仲良くなれるかもしれないとでも思っているのだろう。


「えっと、話は終わったのかな......」


池田は完全にこのくだりから置いていかれていた。


「やるぞ。」


悠然は構えた。

そして池田が掛け声を出す。


「じゃんけん......ぽん!!!」


悠然はパーを出した。

対して、大崎は───チョキ。


静寂が暫く流れ、勝利に気付いた大崎は大喜びで飛び跳ねた。

クラスメイト達も勝鬨を上げる。


「いや、まだだ。」


ふと喝采の中、喧騒を鋭い声が貫いた。


「俺は今、グーを出している。」


だが悠然の手は開いたままだ。


「あんた、今から掌を閉じるなんてしょうもないこと考えてるんじゃないでしょうね。それとも、もう片方の手はグーでしたーとか、超下らないんだけど。」


大崎は勝ち誇った表情で悠然を見下した。

だが悠然の表情はピクリとも動かない。


「では証拠を見せてやろう。」


そつ言うと、悠然は口の中へ腕を突っ込んだ。

大崎は目の前の男の突然の奇行に口を押さえて絶句した。


悠然は腕を左右に動かして自分の体の中をまさぐった。

そして、引き抜かれた掌の上にはちょこんと腎臓が乗っかっていた。

周りから黄色い悲鳴が上がる。

池田と藤本は腰を抜かした。


「なに......これ......?」


「ん?見ればわかるだろ。これがグーだ。」


悠然は腎臓を高々と掲げた。




「俺は最初から腎臓でじゃんけんをしていたんだよ。」






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