エピローグ
火曜日、帰宅すると冷め切った部屋にとつぜん一人が寂しくなって、久々にテレビをつけた。まだアニメもバラエティも放送していることに安心する。でも境目の時間になるとやっぱり始まるのは『あれ』だ。
『地球のカウントダウンが始まっています。正確な日数はまだ特定することができないということですが、あと一年以内ということで間違いないそうですね。どう思われますか』
『会社も学校も行かなくていいんじゃないのと言う方々は大勢いますね。他国ではそうしているところもありますが、もしそうなってしまえば飲食店に行きたくても営業していないだとかそういう事態になりかねません。僕たちも最後まで情報を伝え続けなければならないですしね。とはいえやっぱりまだ心のどこかで、落下するまえに燃え尽きてくれとか、奇跡が起こらないかなあと思ってしまいますね』
『ええ、そうですよね。きっと誰もがそう思っているのではないでしょうか。ここで街灯インタビューの映像があります。町のみなさんの意見ですね。ご覧ください』
消そうか迷っていると、ごん、と音がしてからすぐに部屋のチャイムが鳴った。隕石が落ちたのかと思った。来そうなのは誰かだいたい分かっていたが、それは来てほしいと思っているのと同じことかもしれない。
「ねんちゃん帰ってきたでえ」
専用のゲージを抱えながら上野が303号室にやってきた。さっきのはこれをぶつけた音のようだ。
「おかえり」
「おん! ただいま!」
ねんに向かって言ったつもりが、上野がいちばん元気に返事をする。やっとゲージから解放されたねんは倫の部屋にピョイと降りて、暖房のかかっている方にさーっと行ってしまった。
「二人ともずうずうしくなりましたね」
「ひましてなかった? ごめんやで」
「あ、いや。嬉しいんやで」
「はは、そうなんや。変な言葉、おもろい」
一人だった部屋は急に三人になって、知らないスイッチの明かりがついたみたいだった。
「これ。見てたん」
上野はテレビに気がついて首だけ動かした。
「つけてただけなんで変えていいですよ」
「や。ちゃうくて。世界、続けたい?」
「なんですかそれ。ゲームみたいに」
続けたいならそうしてあげるよと、かみさまは言ってはくれないだろう。
「これが最後になるだろうっていうものがいくつか、そろそろ始まりましたね」
「うん。俺もや」
「終わるけど、終わるからってなんか色々あきらめるのはちがうと、思うようになりました」
「うん。俺もや」
「人工知能ですか」
「ばれた? でもさ、終わらんかったら?」
上野は勝手にテーブルの上のみかんに手をのばしてむきはじめる。冷蔵庫にじゃがいもがごろごろあるのを突然思い出して、今日はカレーにして全部ぶちこもうかと考え始めた。倫もみかんに手を伸ばす。
「いや、でも、終わるじゃないですか」
「知っとるか? 俺が誰だか」
「上野さん」
「そうやな、上野さんや。上野さん、かみさまやん」
「そうらしいですね」
上野はみかんの白い筋は剥がさずに一粒ずつ口にはこんだ。
「ホンマに落ちてきてるんよ。けっこうデカいやつ。ビビるくらい」
「ホンマに」
「そ、ホンマに。やけど、一年くらいやん、もう」
地球のカウントダウンは始まっています。アナウンサーもそう言っていた。全人類の寿命がおとずれるのはそう遠くない。
「それが見えてるわけよ。せやから諦めててん。終わりやーて」
「終わりやー」
倫は上野の真似をしながら最後の一粒を口にふくんだ。こうして話しているつもりでも、本当に自分が死んでしまう日を受けいれることができているのかは分からなかった。
「でも、理由にはならんな」
みかんを食べ終えて、手持ちぶさたになった上野はついにテレビを消した。そっぽを向いていたねんを持ち上げ、ひざの上に乗せる。
「もし終わらなかったらの話ですけど」
「そこ話戻すんかい」
上野はねんの右腕を持ってなんでやねんの形に振った。ねんは迷惑そうな顔をすることもない。
「もし終わらなかったら、いや、終わるとしてもですね。生きて会えてよかったと思います。上野さんと、ねんさんに」
「ふつうやけど」
めがねの奥の目をちょっと細くして、上野はそばかすのある鼻を掻いた。
「ふつうやけど、めっちゃうれしいこと言うんやなあ」
ねんに視線をやった上野はまた口を開いて、
「ふつうって、すごいんや」
と言った。それから倫の言葉も自分が言った言葉もかみしめるように口を結ぶ。ねんと上野はしばらくじっと目を合わせていた。ねぐせパーマが暖房の風に揺れる。次に上野が前を向いたとき、瞳の色は倫を通り越して、ずっと遠くを見つめていた。
「なあ。やってみんと、分からんやんな」
ここにかみさまがいるのだから、秋はもう一度きたっておかしくない。
ふつうのかみさま 鴨荷モカ @moca_mimae
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