EP.32
しとしとと雨が降っている。
ツナグはソファに座って、眠気を拭うように右目を擦った。
林太郎は、その隣で読書をしている。
剛は部屋に篭っているのか、この場にはいない。
「ねぇねぇ、林太郎」
「なんだい? ツナグ」
「僕は、とっても幸せだよ」
ツナグは、幸せを噛み締めるように言葉を紡ぐ。
「僕はね、たくさんの人に出会えて、みんなに良くしてもらってきたんだ。みんながみんな優しいわけじゃない世界だけど、出会った人は、みんな優しかった。僕は幸せ者なんだ」
ツナグの言葉に、林太郎は微笑見ながらツナグを静かに見つめる。
そして、優しく穏やかな口調で、ツナグに言葉をかける。
「それはね、ツナグ。君が周りのみんなにまっすぐ向き合ったからだよ。君が周りを大切にするから、周りも君を大切にする。周りの人や生き物は、君の鏡なんだ」
林太郎の優しい声は、ツナグを眠りの森へと誘う。優しく、ゆっくりと。
「林太郎」
「なんだい?」
「僕は、みんなに幸せになってほしいんだ」
ツナグは、半分夢の中の状態で、言葉を発する。
林太郎は、その言葉に大きく目を見開くと、またすぐに優しく微笑んだ。まるで、聖母が幼い子どもを慈しむように。
林太郎は、ツナグの背中をゆっくり優しくトントンとし始めると、子守唄を歌い始めた。
「ねーんねーんころーりよー、おこーろーりーよー。ぼーやーはぁ、よいーこーだー、ねんーねーしーなー」
その優しい歌声は、優しくツナグを包み込む。
程なくして、ツナグからすーすーという寝息が聞こえてきた。
「ゆっくりおやすみ」
雨は、まださーさーと音を立てながら、降り続いている。
自室にいた剛は、ふと本から視線を外し、窓の外を見た。
よく見ると、木の穴の中でリスが丸くなって眠っている。
「あいつも、ツナグの知り合いなのか?」
剛が呟く。しかし、雨の音でその声はかき消されていった。
リスは、剛に気付くことなくすやすやと眠っている。
「平和だな……」
剛はそう言うと、本へと視線を戻した。
雨の匂いと湿気が、二人と二匹の世界を包む。
林太郎は、ツナグの背中を優しくトントンとしながら、自身もうつらうつらとし始めた。
「もう食べられないよぉ……」
ふいに、ツナグの口から言葉が出てきた。ツナグ自身は眠っている。
可愛らしいツナグの寝言に、林太郎はふふっと笑った。
「美味しいものでも食べているのかい? たくさんお食べ」
林太郎はそう言って、自身もツナグの隣で眠り始めた。
一人と二匹は夢の世界へ、そしてもう一人は本の世界へ。それぞれの世界に入っていく。
何も起こらない。穏やかな一日。
そんな一日に、二人と二匹は身を委ねた。
星降る夜にひとときの願いを 黒田真由 @kuronekomugendai
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