EP.27

 叶奈は、ほうっとため息をつく。


「いかがされましたか?」


 叶奈のため息に、悟が反応する。


「いえ、もうツナグたちには会えないのかなと思ってしまって……」


 叶奈は、窓の方に視線を向ける。そんな、叶奈に、悟は優しい視線を向ける。


「きっと、また会えますよ」

「そうでしょうか?」


 叶奈の不安げな声に、悟はにっこりと笑みを浮かべる。


「大丈夫ですよ。林太郎も再会できたのですから」


 叶奈は、ハッとした。林太郎は、再会を果たしている。ということは、叶奈にもそのチャンスがあることを示している。


「会いたいな……」


 叶奈が、そっと呟く。


「大丈夫です」


 悟が微笑みながら、コーヒーカップに手を伸ばす。

 叶奈はクッキーに手を伸ばすと、一口齧った。


「そうですよね。きっと会えますよね」

「そうですよ」


 二人の間に、あたたかい空気が流れる。


「そういえば……」

「どうしました?」


 叶奈の呟きに、悟が反応する。


「実は、向こうの世界で出会った人を、この世界でお見かけしたんです」

「ほう?」


 悟が興味深げに、コーヒーカップを持ったまま叶奈を見つめる。


「実は、この間とある喫茶店に行ったんです。どこか懐かしい雰囲気に釣られて入ったんですが、どうも見覚えがあるなと思って。そうしたら、私が夢の中で訪れたお店だったんです」


 叶奈の話に、目を見開く悟。言葉は何も発していない。

 叶奈は、悟の反応を気にせず、言葉を続ける。


「でも、その時は気づかなくて。で、マスターの声もどこかで聞いたことがあるなって思っていたんですけど、その時は悟さんとの出会いも含めて、向こうの世界との関わりを完全に忘れていて……。何かひっかかりを感じながら店を出たんですけど、ずっとそのことが頭に引っかかっていて。そうしたら、突然皆のことを思い出したんです。そこで気付いたんです。マスターと私は話したことがあるって」


 叶奈は、ここまで話すと、コーヒーを一口飲んだ。


「なるほど……。それは、とても興味深い出来事ですね」


 悟は、顎に手を添えながら、考える仕草をする。


「だから、悟さんに向こうの世界のことを伝えに行かなきゃと思ったんです」


 叶奈は、もう一口コーヒーを飲む。コーヒーは、まだ少しあたたかい。


「そうなのですね。伝えに来ていただき、ありがとうございます」

「いえ……。ひょっとすると、まだ何か忘れているかもしれないんですけど……」

「そのお気持ちだけで、十分です」


 悟は、優しく微笑むと、言葉を続けた。


「マスターとは、その後お会いしたのですか?」

「それが、まだなんです。昨日の出来事なので……」


 叶奈は、両手でコーヒーカップを持ち、肩を竦めた。


「なるほど……。それでは、今週のどこかで、一緒にその喫茶店に行ってみましょうか」


 悟の言葉に、叶奈は大きく目を見開く。


「え! 良いんですか⁉︎」

「えぇ、もちろんですよ」


 悟は、にっこりと笑う。


「では、今週の土曜日は空いていますか?」

「はい! 空いてます!」

「それでは、土曜日の午後二時に最寄りの駅で待ち合わせしましょう」


 悟の提案に、叶奈はコクコクと頷く。あっという間に、詳細が決まっていった。


「さて、それでは、そろそろ日も傾いてきましたし、お帰りになられますか?」


 悟の言葉に、叶奈はハッとして窓を見た。窓の向こうが、オレンジ色に染まっている。時計を見ると、午後五時を指していた。


「本当だ! もうこんな時間! ごめんなさい! 長居をしてしまって……」


 叶奈が謝ると、悟は微笑んで言葉を返す。


「いえいえ、こちらこそ、楽しいひとときをいただきありがとうございました。まだ完全に日は落ちていませんが、お気をつけてお帰りくださいね。土曜日、楽しみにしております」


 悟の言葉に、叶奈はにこっと笑った。


「私も、楽しみにしてます」

「さて、それでは、出入口までお見送りいたしましょうか」

「ありがとうございます」


 出入口に着くと、叶奈は振り返って、ぺこりとお辞儀をした。


「今日もごちそうさまでした。土曜日、よろしくお願いいたします」

「こちらこそ、ありがとうございました。土曜日、楽しみにしておりますね」


 悟は、微笑んだ。

 叶奈もにっこり笑うと、夕焼けに向かって歩き出した。

 夕暮れが、叶奈をオレンジ色に染める。

 悟は、そんな叶奈を眩しそうに見つめた。

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