EP.26
涼太は、河原に腰掛けて、風に吹かれていた。そよそよと風が流れる。
「静かだ……」
ここは、涼太の夢の中。しかし、涼太がいつか訪れたあの場所。
「懐かしい香りがする」
そうだ、と涼太は不意に思い出す。不思議な猫に出会ったこと、三人の人間に出会ったこと。そして、そのうちの一人が、先日店に来ていた女性だということを。
風は、変わらず静かに流れる。涼太の前髪を揺らす。
日差しが、涼太の体を温かく柔らかく包む。涼太は、目を細める。
「そうだ。僕は忘れていた。彼らとの出会いを。そして、やりたかったことをここで見つけたことを」
涼太は、客として来ていた彼女のことを思い出す。
「どうして、声をかけてくれなかったんだろう?」
涼太は、叶奈が自分のことを覚えていると思っていた。自分と同じように、「忘れている」という可能性を忘れていた。
「またここに来ることがあるなんて……」
そこで涼太の夢は、終わりを告げた。
涼太は、パチリと目を開ける。部屋はひんやりとしており、涼太は布団から出ることを躊躇した。
「夢か……」
あれは、夢か現実か。涼太にはわからなかった。夢の中では、現実だと思っていた。しかし、涼太はあの世界から目覚めた。
涼太にとって、目覚めたということは、夢だということを示していた。
「あんな場所、日本ではなかなかないよな」
一人呟く。呟きは、誰が拾うでもなく、空気の中に溶けていった。
「さて、起きようか……」
涼太は、すっと布団から出ると、さっさと洗面所へ行き、ばしゃしゃっと、顔を洗った。
顔を洗い終え、お手洗いを済ませると、さっさと昨夜の残りで冷蔵庫に入れていたご飯を電子レンジで温め、味噌汁を作る。味噌汁ができたら、冷蔵庫から漬物を取り出し、少し切り分け、小皿に入れる。
「いただきます」
涼太は、味噌汁を一口飲むと、ほうっとため息をついた。味噌汁が、涼太の五臓六腑に染み渡っていく。
「うん、良い感じの味噌の量だ」
涼太は、満足そうな顔を浮かべると、箸を進めた。
さっさと朝食を終え、準備を済ませると、涼太は自分の店に向かった。外は、まだ暗い。しかし、通り道にあるおパン屋からは、明かりが漏れている。
今日は土曜日。涼太は、腕まくりをしながら、開店準備に取り掛かる。窓やテーブルなどを順に拭き、床をはく。
掃除などが終わったら、ケーキを準備する。本日のケーキは木の実のタルトと、チョコレートブラウニー。そして、シフォンケーキ。
涼太は、早起きについて苦手意識はなかった。個人の店なので、全て自分で用意しなければならない。しかし、それすらも楽しいと、涼太は感じている。
「今日は、あの人来るかな……?」
涼太は、淡い期待を込めながら、出来上がったケーキを、器に載せる。
ちょうど準備を終えたところで、開店時間になった。外には、三人の客がいる。常連の三人組だ。
「いらっしゃいませ」
「おはようマスター。今日はいい天気だね」
「おはようマスター」
「グッドモーニングマスター」
「皆様、おはようございます。ほんと、いいお天気ですね」
ゾロゾロと入ってきた三人は、いつものようにカウンターの奥に並んで座ると、一人の男性が涼太に声をかけた。
「マスター、俺らいつものね!」
三人組は、男性三人だが、みんな個性的な風貌をしている。
天気の話をした男は、ずんぐりとした背格好で、身長は170センチあるかないかくらいだろうか。
二人目に挨拶をした男は、中肉中背でメガネをかけている。物腰の柔らかい印象を受ける格好だ。
三人目は、ひょろりとした紳士で、ハンチング帽を被っていた。見た目は、英国紳士といった風貌で、イギリスから移住してきて二十年になるという。本人曰く「日本の怪談や昔話が好き過ぎて移住してしまった」とのこと。
「今日は、何か予定でもあるんですか?」
涼太は、三人に問いかける。
「いんや、特にないな。どうする?」
「そうだねぇ……。ゲートボールって気分でもないしねぇ……」
「そうですねぇ……。あ、それなら、久しぶりに、私の家に遊びに来ますか? ちょうど、良い紅茶が手に入ったんですよ」
イギリスから移住してきた男は、流暢な日本語で、二人に提案する。
「そりゃいい! たまには、てぃーぱぁてぃーもありだな!」
「そうですねぇ。ブライアンさんが言う良い紅茶なら間違いなさそうですしね」
「よし、決まりましたね!」
ブライアンと呼ばれた三人目の男性は、パチリと手を合わせると、にっこりと笑った。
カランカラン
そんなやりとりを繰り広げていると、扉が開いた。
「いらっしゃいまいませ」
涼太は、出入り口の方を向く。そこには、また会いたいと思っていた彼女……叶奈が立っていた。
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