EP.18
ツナグは、遠くを見つめる。
「ツナグ、どうかしたのかい?」
林太郎が、ツナグに話しかける。
ツナグは、視線を逸らさずに返事をした。
「いや、あの二人は元気にしているだろうかと思っていたんだ」
ツナグの言葉に、林太郎がにこりと笑う。
「あの二人か。きっとあの二人なら大丈夫だ。ツナグに出会った人間は、もれなく幸福になると、俺は信じている」
林太郎の言葉に、ツナグは大きく目を見開く。
さぁぁっと、そよ風が二人の間を流れた。ほのかな森の香りが、鼻腔をくすぐる。
「林太郎は幸せになったの?」
ツナグは、目を見開いたまま林太郎に問う。
林太郎は、にっこりと笑うと、しゃがんでツナグを真っ直ぐ見つめる。
「僕は、ツナグに出会って小説を本にするという夢を叶えた。家族にもよくしてもらった。向こうの世界では、大往生だった。こんなにも幸せなことは、なかなかないよ」
ツナグは、照れ臭そうに右前足で、頭の後ろを掻いた。
林太郎は、そんなツナグの頭を右手で撫でた。
「わ、なんだよぅ」
「ツナグは、可愛くて良い奴だと思ってね」
林太郎は、にこにこと撫でている。
ツナグは、その手を離そうと両前足を耳の横でバタバタ動かしている。
「なんだよぅ。やめろよぅ」
林太郎は満足するまで撫できると、すくっと立ち上がった。
「さて、そろそろ日も暮れてきたし、晩御飯の準備をしようか」
林太郎の言葉に、ツナグは大きく頷く。
風は、相変わらずそよそよと吹いている。ただ違うのは、明るかった空が、カシスオレンジのような空に変わっていることだ。
「今日は、何を食べようか?」
林太郎が、ツナグに問う。ツナグのくりくりとした大きな目が、一際大きくなる。
そこに、剛がやってきた。どこか照れ臭そうにしている。扉の向こうから、良い匂いがする。
「ひょっとして、晩御飯を作ってくれたのかい?」
ツナグが、大きく目を見開いて剛に問う。剛は、ぶっきらぼうに答える。
「鮭の切り身が手に入ったから、塩焼きにしてみたんだ。あとは、ほうれん草のおひたしと味噌汁を作ってみた。ご飯は、麦入りだ」
剛のメニューに、林太郎が大きく反応した。ツナグも、目をキラキラさせている。
扉の向こうからは、和食の良い匂いが相変わらず漂っている。
「鮭の塩焼きか! 良いじゃないか! 他のおかずも良いな! ありがとう!」
ツナグは、ソワソワと扉と林太郎を見比べる。早く食べたい様子が、隠しきれていない。
そんな二人の様子に、剛は顔を赤くしながら、またぶっきらぼうに話す。
「口に合うかわからないが、味見した限りでは大丈夫だと思う。あたたかいうちに食べてくれ」
「ありがとう! んふふ、ほんと良い匂いだねぇ」
ツナグはそう返事をすると、早足で部屋を出ていった。
林太郎と剛が見つめ合う。静かに、時が動く。お互い言葉を発しない。特に睨み合っているわけでもない。ただただ、無言なのである。
そんな沈黙を破ったのは、林太郎だった。
「ありがとう。君のおかげで、ツナグがいつも笑顔だ」
「いや、俺は何もしていない。あいつが笑顔なのは、あんたがいるからだろう」
剛は、そんな馬鹿なといった風に、首を振って林太郎の言葉を否定する。
林太郎は、剛から視線を離して、窓の外を見る。さっきよりも空の紫が濃ゆくなっている。
「そんなことはないさ。僕が初めてツナグに出会った頃は、いつも寂しげだった。何度も人との別れを経験しているからだろう。僕がここに来て、あの二人がここに来て、君がここに来てから、ツナグはいつもにこにこしているよ。僕だけでは、できなかったことだ。ツナグを笑顔にしてくれて、ありがとう」
林太郎の言葉に、剛は顔を赤くした。
「別に……。たどり着いた先が、ここだっただけだ」
林太郎が、言葉を返そうと口を開きかけた時だった。ひょこっと、ツナグが扉から顔を出した。
「二人で、何をしているんだい? ご飯が冷めてしまうから、早く食べよう?」
「あ、あぁ。そうだね。早く食べよう。さ、君も早く行こう」
「お、おぅ」
慌ててツナグの元に寄っていく二人。
夜が、三人を完全に包み込もうとしている。そんな三人を守るように、部屋の明かりが窓の外に漏れている。
三人の声が光と共に漏れている。他愛ない会話。それでも、ツナグはとても愛おしそうに、その時間を噛み締めていた。いつか来るであろう別れをしばし忘れることにしながら。
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