EP.10
男は、気温が下がった事を肌で感じ、目を覚ました。持っていた上着を羽織り、周りを見渡す。男の他には誰もいない。静けさと肌寒さが男の周りを囲んでいた。
男の腹が盛大に音を立てた。空腹の合図だ。腹をさすり、持っていたパンを胃袋に突っ込んで、空腹を紛らわす。
「宿でも探すか…」
男は、残りのパンを口に放り込むと、おもむろに立ち上がった。あたりを見渡すが、月明かり以外、人工的な明かりは一つも見えなかった。
「ここには、誰もいないのか……?」
人どころか、獣一匹見当たらない。男は、人工的な明かりを求めて歩き出した。黙々と道らしき道を歩く。疲労が限界点を突破しそうになったちょうどその時、人工的な明かりが視界の中に入って来た。
「灯りだ……っ!」
男は、ぬくもりを求めて灯りのある方へ歩く。最後の力を振り絞った先に、灯りが見えてきた。光源は、ツナグの館だった。
男は、玄関らしき扉の前で立ち竦んだ。ベルのようなものがあるが、果たして呼びだして大丈夫なのだろうかと、不安が男を襲う。
男が立ち往生していると、急に扉が開いた。
「おや? 君は……」
男は、返事をする前にツナグに向かって倒れ込んだ。慌ててツナグは男を抱き止める。
「誰か! 僕を助けてくれ!」
ツナグが、助けを求めると、涼太たち三人が、部屋から出てきた。慌てて駆け寄った涼太は、見覚えのある顔に目を見開く。
「あなたは……」
男は、ぴくりとも動かず、静かに寝息を立てていた。
「まさか、この男がまた僕の前に現れるとはねぇ……」
ツナグは、しみじみ男を見つめながら、涼太に男を任せた。
「二人は、この男を知っているのかい?」
林太郎は、ツナグと涼太に問いかける。ツナグは、大きく頷いた。
「この男は、この世界への移住を望んでいたんだ。しかし、その当時、彼はこの世界には呼ばれていなかったんだ。居場所のない哀れな男だよ」
ツナグは、男へ同情の目を向ける。涼太は、反論せずに頷いた。すると、まるで反論するように、男の寝息が大きくなった。
林太郎は、涼太を助けながら、空いているベッドがないかツナグに問いかけた。ツナグは、残っていたもう一部屋を案内し、一先ず男をベッドに寝かせる事とした。
男は、ベッドに寝かされても気付いていない様子で、眉間にしわを寄せたまま眠っている。
三人と一匹はそっと部屋を後にして、誰が提案するでもなく、全員で居間へと向かった。居間に到着すると、ツナグが口火を切った。
「あの男はこの世界に呼ばれていないはずだった……。ひょっとして……まさか……」
涼太はためらいつつも、カフェでのやり取り話した。涼太の言葉に、ツナグは苦い顔をする。叶奈は、そんなツナグの表情を見逃さなかった。
「どうかした?」
ツナグは、少し考える仕草をして、この世界について話始めた。
「この世界は、彼が思っているような優しい世界ではないんだ」
そう言うと、ツナグはこの世界について話し始めた。
この世界は基本的に生きた人間がいられる場所ではないこと。死人や物の怪、物の怪に近い動物が滞在できる場所であること。涼太や叶奈のように生きた人間が呼ばれるのは、珍しい彗星が叶奈たちのいる世界に近付いた時だけであること。生きた人間が長期滞在するということは、生きることを止めた――、すなわち死を意味するということ。そして、呼ばれていないあの男がいるということは、あの男が死を選んだ可能性があるということだった。
最後のツナグの言葉に、叶奈は絶句する。涼太も、宙を見ながら言葉を探す。林太郎は、冷ややかな目で男がいる部屋の方を見た。
ツナグは、そんな様子の三人を見て、言葉を選びながら男を弁護した。
「この世界に来る人間のすべてが自ら命を絶つわけではない。林太郎のように天寿を全うしてから来る者もいる。それこそ、事故などの可能性もある」
ツナグの言葉を聞きながら、涼太はあの男の事を考えた。あの男なら自死を選ぶ可能性も無きにしもあらずに思えた。
涼太は、「うーん……」と言いながら、腰かけていたソファーに座り直した。
「どうかしたの?」
涼太の様子が気になった叶奈は、涼太に話し掛けた。
「いや……。どんな事情でここに来たとしても、彼がこの世界で居場所を見つけられるのかな? って、思って……」
涼太の言葉に、叶奈は提案した。
「そうだ! だったら、この場所が彼の居場所になれば良いんじゃない?」
ツナグは、少し複雑な表情を見せつつも、叶奈の言葉に賛同した。
「僕は構わないけど……。当の本人はこの場所を受け入れてくれるだろうか……?」
ツナグはそう言うと、窓の外を見た。外には、たくさんの星が瞬いていた。
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