EP.9
叶奈は、リスの言葉を繰り返し思い出す。辿り着いた答えは、もう一度あの世界に行く必要があるという事。
「よし……もう一度、あの世界へ行こう。行けばどうとでもなるはず。私にできることをしていれば、自ずと結果も付いてくるよね」
叶奈は、簡単な荷造りを始める。それほど時間をかけずに荷造りは完了した。どんな世界なのだろうと想像しながら、大きく深呼吸をする。
靴を履いて瞬きをすると、そこは、さっきまで想像した世界が広がっていた。叶奈は驚き、慌ててもう一度瞬きをする。しかし、その景色が自宅に戻る事はなかった。この世界は、都合良くできているらしい。
叶奈はバッグを持ち、辺りを見渡す。想像した通りの場所にいるようだった。一先ず、どこかに宿がないか探す事にした。ちょうど道があった為、道に沿って歩いていく。
周りは綺麗な葉をつけた木々が生い茂っている。程よい湿気と気温を満喫しつつ、叶奈は歩くスピードを速める。
どんどん進んで行くと、前方から話し声が聞こえてきた。叶奈は、人がいる事に安堵し、歩く速度を更に速めた。そのまま進んで行くと、見覚えのあるシルエットと見覚えのないシルエットが見えてきた。叶奈は、思わず声をかける。
「あの!」
前方の二人と一匹が一斉に振り返る。ツナグと林太郎、そして涼太だった。涼太は、まさかこんなところで店の客と、出会うとは思わず、大きく目を見開いた。
「あなたは、あの時の……」
「あら、あなたはあのカフェの……」
「おや? 君たちは知り合いなのかい?」
ツナグは、叶奈と涼太を見比べる。叶奈は、ニコリと笑いながら、涼太に視線を向ける。
「マスター。あの時のレモネードとケーキ、おいしかったです。ごちそうさまでした」
涼太は驚きつつも、嬉しそうに叶奈に笑顔を向けた。
「こちらこそ、ご来店いただきありがとうございました」
叶奈と涼太は、微笑み合う。
「さぁさぁ、お二方。せっかくの所に水を差して悪いけど、話なら、楽しいティータイムの時に花を咲かせようではないか」
ツナグの言葉で、二人は話す事をやめて、ツナグの方向を見る。叶奈は、ティータイムの話に入っていない為、なぜティータイムの話が出たのかわからず、問いかけるような目でツナグを見た。
「今から僕の家でティータイムをするんだ。良ければ、君もどうだい?」
ツナグは、にこにこと叶奈に話す。叶奈は、宿探しの事も考えつつ、快諾した。
「もちろん! でも、私は宿を探さないといけないから、長居はできないけど……。それでも良いかしら?」
ツナグは、きょとんとした顔をしてから、彼女に提案した。
「それなら、僕の家に泊まると良い。僕の家なら、君もそこまで気兼ねしなくても良いだろう? 良ければ、林太郎もどうだろうか?」
林太郎は、嬉しそうに目を細めて頷く。
「ツナグさえ良ければ、ぜひそうさせてもらうよ。君とは積もる話がたくさんあるんだ」
ツナグは、嬉しそうに笑うと、涼太に話かける。
「涼太。君は元々僕の家へ招待するつもりだったのだけれど、君も異論はないかい?」
涼太は、大きく頷く。
「もちろんだ。何から何までありがとう」
三人と一匹は、大きく頷き合うと、ツナグの家を目指して進み始めた。林太郎が簡単に自己紹介をして、互いの出会いを話しつつ、ツナグと林太郎の話で盛り上がる。
「林太郎さんって、あの『星降る夜にひとときの願いを』を書いた、あの宮崎 林太郎さんですか?」
叶奈は、林太郎に尋ねる。林太郎は、にっこり笑って答えた。
「確かに、僕はその名前の本を出版したね。あの時は苦労したよ」
「私、その本買って持っています! ツナグさんとの日々を本当に大切にしているんだなと感動しました」
「ありがとう」
林太郎は、照れくさそうに笑った。
ツナグは、林太郎の外見の話になると、ここでの外見について話し始めた。
「この世界では、君たちの世界での寿命を終えた魂については、本人が一番印象に残っている時の姿でこの世界に滞在する事となることが多い。林太郎にとって、僕と出会った頃の日々が一番印象に残っているのかもしれないね」
ツナグは、嬉しそうに解説する。林太郎も心なしか、口元を緩めつつ、言葉を発した。
「確かに、ツナグと出会った頃が、一番印象に残っているよ。ツナグに出会えたことで、僕はやりたいことを見つけられたからね」
そんな話をしていく内に、三人と一匹は少し大きな館に辿り着いた。ツナグの家だった。
「さぁ、ここが僕の家だ」
涼太と叶奈は、予想外の大きな家に驚く。林太郎は懐かしそうに館を眺める。
「相変わらず、大きな家だなぁ……」
ツナグは、くすっと笑うと、三人を招き入れた。涼太と叶奈は、予想外に大きな館にすっかり委縮してしまい、恐る恐る館に足を踏み入れた。
「さて、順番に部屋を案内するから、ついて来ておくれ」
ツナグはそう言うと、叶奈から順に部屋を案内していった。叶奈の部屋からは、あの湖が見えていた。そして、涼太と林太郎のそれぞれの部屋からは、緑の木々が見えていた。
ツナグは、部屋を案内し終えると、庭へ来るように伝えて、ティータイムの準備をしに林太郎の部屋を後にした。
叶奈は、湖を見つめながら、ほっと一息つく。心細さを感じていた叶奈にとって、ツナグたちに出会えたことは、願ってもないことだった。
涼太は、窓から綺麗な緑の絨毯を見た。ほんの少し窓から身を乗り出して見てみると、右側に湖が見えている。叶奈の部屋から見えるあの湖だった。
林太郎は、懐かしそうに部屋と窓を一望する。林太郎が以前来た時のままの部屋であった。景色も、以前来た時のまま、変わらず林太郎の視線を受け止めていた。
「さぁて、ツナグを手伝おうかね」
林太郎は、部屋を出た。すると、同じことを考えたであろう涼太と叶奈に鉢合わせた。
「おや、君たちもツナグの元へ?」
林太郎はにっこりと笑って、二人に問いかける。涼太と叶奈は、「はい」と短く返事をして、微笑み返した。
叶奈は、返事と同時に林太郎に問いかけた。
「台所の場所を知っていますか?」
「あぁ、知っているよ。ちょうど行こうとしていたところだ。一緒に行こうか」
「「はい」」
二人は、綺麗に同時に返事を返す。林太郎は満足げに頷くと、二人を先導して台所へと向かった。
台所は正確に言うと、ダイニングキッチンであった。ダイニングキッチンには、お湯の沸騰を待っているツナグがいた。
「おや、お三方揃って、どうかしたのかい?」
ツナグは、にこにこしながら三人に問う。その問いかけに、林太郎が答えた。
「三人共、君を手伝おうと思ってね。どうやら、私たちは考えることが似ているらしい」
残りの二人は少し照れくさそうに笑って、林太郎の言葉に賛同した。
「ありがとう。それじゃあ、このワゴンを誰かに押してもらおうかな」
お湯の沸騰する音が鳴る。ツナグは、茶葉の入ったポットに湯を入れ、蓋をした。そして、ポットにカバーを被せると、砂時計をひっくり返した。
「よし、僕が台車を引き受けよう」
林太郎が、台車の取手に手をかける。残りの二人は、少しの差で林太郎に出遅れた。そんな二人を、林太郎は優しく手で制し、林太郎はダイニングキッチンを後にした。
「さて、一緒に僕の庭へ行こうか」
ツナグは、二人を庭へ行くよう促した。林太郎は、一瞬立ち止まり振り返ると、にこりと笑って再び前を歩き出した。
不意に、叶奈は涼太に話しかけた。
「マスターは、どうしてこの世界へ?」
涼太は、少し驚きつつも、返事をする。
「自分探しのため……ですかね」
「私もです。同じですね」
叶奈は、そう言って微笑んだ。涼太も、同胞ができたのが嬉しくなり、笑顔で返した。
「さて、ここが、僕のお気に入りの庭だ。ようこそ! わが家へ!」
ツナグは両手を広げ、改めて三人を歓迎した。
「ここは、相変わらず綺麗な庭だなぁ……」
林太郎は、懐かしそうに言葉を発した。涼太も、綺麗に手入れされた花々を見て、思わず息を飲んだ。
ツナグが自慢げにしていると、砂時計が最後の一粒を落とし終えた。
「さて、ちょうど紅茶も良い頃合いだ。さぁ、ティーパーティーといこうではないか」
ツナグは、ティーポットのカバーを外して、ティーカップに紅茶を淹れた。紅茶の良い香りが三人と一匹の鼻をくすぐる。
穏やかに通り過ぎて行くそよ風を感じる三人と一匹。空気と時間は、穏やかで緩やかに過ぎて行った。
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