第10話 事件
それから数週間、寺門の身に特にこれと言ったいじめやいたずらが発生することはなかった。
おそらく、モニカの強迫がガウェンらに効いているのだろう。
その点で言えばモニカには感謝しかないのだが、問題はその後だろうか。
モニカのおかげで、いじめやいたずらが抑制されたとモニカが判断すると、必ずと言っていいほど寺門の元にやってくる。そしていつも同じようなことを言うのだ。
「今日もいじめは私が抑え込んだからぁ。リョウ君のことは私が守ってあげるからね」
語尾にハートマークがついてそうな、甘ったるい言葉が寺門に降りかかる。
その言動は、まるで寺門に媚びているような、それとも恋する乙女のような感覚を彷彿とさせる。
ある日、寺門はそんな疑問をぶつけてみた。
「モニカさん、どうしてそこまで僕に親身になってくれるんですか?」
ポカンとするモニカ。一瞬、言っている意味が分からない感じだった。
そして小さく笑い出す。
「だってリョウ君は私が見てきた中で、一番強い人なんだもの。強い人にはこうやって従っていないと、あとでどうにかなっちゃうから」
それは戯言でも狂人の発言でもない。モニカから発せられた純粋な言葉である。そう寺門は感じた。
「リョウ君のいうことならなんでも聞いてあげたいくらい、すっごく慕ってるんだぁ」
前言撤回。もしかしたら狂人かもしれない。
このようなこともありつつ、寺門の学園生活は非常に慎ましやかに過ごしていく。
そんなある日のこと。
移動教室で校舎内を移動している時である。
寺門は一人で移動していたが、その後ろには不穏な影があった。
寺門は、どうせガウェンのやつらだと考えて、完全に無視して歩く。
しかし、状況が若干異なっていた。ガウェンたちは寺門の死角にいる。寺門も、常時周囲を警戒しているわけではないため、ガウェンたちがやろうとしていることに気が付かなかった。
寺門が階段に差し掛かったときである。階段を降りようとした寺門の足元に、水属性の魔法をガウェンたちがかけた。
それにより寺門は、運悪く足を滑らせてしまう。そしてそのまま、階段を転げ落ちていった。
「よっしゃあ!」
ガウェンは雄たけびを上げながら、寺門の様子を見に行く。
すると、階段の踊り場には、寺門が横たわった状態でいた。
しかし、彼らにとって誤算だったのは、血が一面に広がっていたことだろう。
「……は?」
ガウェンと取り巻きは、何が起きたのか把握出来なかった。
「リョウ君!」
一方で状況を一発で把握したモニカは、いち早く寺門の元に近寄り、応急処置を開始する。
その傍ら、寺門のことを危険な状態にした張本人たちは、足早にその場を去ろうとする。
「待ちなさい」
その瞬間、風属性の魔法による拘束が行われる。魔法の主はもちろんモニカだ。
「あなたたち、一体何をしたか分かっているの?」
これまでの口調とは異なり、かなり厳しい口調をしている。
「いや、……近くにいる先生を呼びに行こうと思ってな……」
「嘘を言わないで。私、全部見てたんだからね」
「うぐっ……」
完全に言い訳が思いつかないガウェンは、ぐったりとその場に座り込んでしまった。
一方で、応急処置を終えたモニカは、寺門の意識を確認する。
「うっ……。あぁ……」
「リョウ君!大丈夫?」
「ぼ、僕は……?」
「大丈夫、応急処置は済ませたから。安心して」
それを聞いた寺門は意識が遠のいてしまう。
それからは大騒ぎだ。
モニカが確保しておいたガウェンたちに話を聞くと、寺門に対して行ったいじめやいたずらの数々が出てきた。寺門自身、これをちょっかい程度に解釈していたこともあって、ここまで大事にならないと発覚しなかったのも問題だとなる。しかし、そこはモニカが庇うことによって、ガウェンたちの一方的な暴力が引き起こしたことであると結論づけられた。
これにより、ガウェンたちは無期限の停学処分を受けることになった。これは事実上の自主退学を迫っているのに等しい。
そして、当事者である寺門は保健室に運ばれて、そのまま専門の先生による、完全な治療を受ける。頭部打撲や右腕骨折など、症状は重かったものの、モニカの応急処置がよかったおかげか、後遺症が残らないほど回復するに至った。
そして丸一日眠り、ようやく寺門は目を覚ます。
その目に飛び込んできたのは、モニカとアキナの二人の姿だった。
「リョウ!大丈夫だった!?」
寺門が目覚めたことを確認すると、アキナが容態を確認してくる。
「アキナ……、僕は……?」
「私から簡潔に説明するわ」
いつにも増して、真面目な表情のモニカ。
そして寺門とアキナは、彼女から事の顛末を聞かされる。
「こんな感じかしら」
「ガウェンが……」
「彼らの心配をするだけ無駄よ。彼ら、そのうち退学するかもしれないわね」
「そう、ですか」
そこまで言うと、モニカの様子がおかしくなる。
「もー!めちゃくちゃ心配したんだからぁ!でもこれからはモニカが守ってあげるからね!」
いつもの調子のモニカに戻ったようだ。
その様子を見たアキナが、寺門に耳打ちする。
「この人大丈夫?」
「うん……、多分」
こうして、寺門の身に降りかかった事件は、幕を閉じるのだった。
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