第6話 勉強

 学校の入学は、時期的に見るとあと1ヶ月半といった所らしい。

 それまでに寺門は、魔法の練習を行わなければならない。

 それにもう一つ、重要な練習が待っている。

 それは文字の練習だ。

 寺門は女神がかけた魔法の効果によって、コミュニケーションは可能な状態になっている。

 しかし、文字の読み書きまでは効果の範囲外だった。

 これでは、学校に入学しても授業が受けられない状態になる。いや授業自体は問題ないかもしれないが、筆記試験で落とされる可能性が十分に存在していることになる。

 それを回避するためには、今、全力で魔法と読み書きの練習を行う必要があるのだ。


「じゃあ、単語を書く練習からね」


 スカーレット家お抱えの魔術師をそばに置き、アキナが主導で文字の練習を行っていく。


「まずはリョウの名前から教えていくね」


 こうして文字を覚える時間が始まった。

 それと並行して、魔術師による魔法の練習も入る。

 魔法の練習は、至って単純な魔力の使い方、そこから特定の魔法に変換するといったものだ。

 魔法の練習に関しては、ビギナーズラックが発動し、何とか形になった。

 問題は文字の練習である。


「これでどうだ?」

「んー、ちょっと違うかな。ここは、こう」


 こんな感じで、文字書きはアキナと二人三脚、時々魔術師が混ざってやっていく。

 この生活を1ヶ月行っていく。

 そんなある日。


「今日は魔術学校の入学試験の模擬練習をします」


 そう魔術師が切り出す。

 スカーレット家の庭に、なにやら的のようなものが準備されている。


「試験は至って単純です。あの的に向かって、自分の得意な魔法を命中させてください」

「それだけですか?」

「えぇ、それだけよ。けどこれが意外に難しいものなの」

「そうなの?」

「魔力を込め、魔法を顕現させ、的に命中させる。冷静で精密な作業が求められるわ」

「そうなんですか……」

「物は試しよ。まずはアキナお嬢様からやってみましょう」


 そういって、アキナは距離をとって的と対峙する。

 そして精神を集中させる。


「ふぅ……」


 そして手を前にかざした。

 すると、アキナの手からは水の玉が生じる。

 そしてそれが、的に向かって飛翔した。

 水玉は見事、的に命中する。


「やった!うまくできた!」

「お見事です、お嬢様」


 喜ぶアキナに、それをほめる魔術師。こうやって教育していくものだと、寺門はしみじみ感じた。


「では次に、リョウ。やってみて」

「はい」


 そういって、寺門はアキナと同じ距離で的と対峙する。

 この距離、どのようにして当てようか考えものだ。

 その時、寺門の脳裏にある考えがよぎる。

 先ほど、アキナは手の平を的に向けていた。

 だが、それでは手のブレなどで方向が若干定まりにくい。

 ならば、直進性を持たせる手の形にさせれば良いと考えた。

 その結果、考えた手の形は……拳銃のジェスチャーだ。


「な、なんです?その手は」


 思わず魔術師は困惑する。

 しかし寺門は気にすることなく、狙いを的に定めた。

 そして魔力を指の先に込める。

 この1ヶ月の練習で、自分は火属性の魔法が一番得意であることは分かっていた。

 そこで魔力を火属性の魔法に変換する。

 指の先に火の玉が生じた。

 そしてそのまま狙いを定め、魔法を放つ。

 魔法は見事直進し、的に命中した。

 魔術師とアキナはその様子を見て、ほんの少しの間、口を半分開けていた。


「しょ、初級魔法でそれだけ出来れば上出来でしょう。模擬試験は終了します」

「ふー……」


 寺門にとっては緊張の瞬間であっただろう。終了の宣言と同時に、寺門は肩の力を抜いた。

 その寺門に、魔術師とアキナが近づく。


「リョウ、あれはどういった理屈なの?」

「あれとは?」

「これのことよ」


 そういって魔術師は拳銃のジェスチャーをしてみせる。


「あぁ、それは僕の世界での携帯火器を模したジェスチャーですよ。ある意味願掛けみたいなものです」

「そ、そうなのね」

「でも、そのおかげで命中させることには成功しましたし」

「そうね。初級魔法でも的に命中させるのは実演試験では重要よ。本番では冷静になってやり切ってね」

「はい」

「あとは筆記試験だねっ」


 アキナが言う。

 そう、いまだ読み書きが難しい程度の寺門には、残り時間がわずかである。

 今はそちらに時間を割くべきだろう。


「リョウ!早く部屋に戻って勉強よ!」

「はいはい、お嬢様は今日も元気ですね」


 そういって寺門はアキナに手を引かれて屋敷に戻るのだった。

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