第2話 街
寺門が目覚めた時には、体にそよ風を感じる、広大な草原の中にいた。
草原の真ん中には人の往来によって成形された道があり、寺門はその道端に生えている一本の木の下に立っていた。
心地よい風が通り抜けていくのを寺門は感じる。
「さて、これからどうしたものか……」
現状、寺門は異世界に転生したという実感が湧いていない。
とにかく、今は街でも村でも見つけて、生活の拠点を構築するのが先決だろう。
「とりあえず、右か、左か……」
寺門は道端の木を背にして、どちらに行こうか迷う。
「こういう時は直感が大事だよな」
そういうわけで、寺門は風の吹いている方向を見る。
風は左から右へと流れているようだ。
「それじゃあ、僕の行く先は右かな」
そういって寺門は右に向かって進むことにした。
周辺はなだらかにな丘に囲まれており、そこに爽やかな風が通り抜ける。
道は若干凸凹しているものの、歩くには問題ない程度だ。
そんな道を歩くこと1時間弱。
変わり映えしない風景に変化が訪れる。
前方に小さな小屋が見えてきたのだ。
とは言っても、廃屋のような見た目をしているため、実際に人が住んでいるとは限らない。
だがこれで、どのくらいの文明技術を持っているかを把握することができる。
「外見は木で出来ているのか……。屋根がそこまで勾配がないのは、この辺が温暖で雪があまり降らないからなんだろうな」
こう考えると、気候からしてみればロンドンあたりになるのだろうか。
そうなれば、比較的過ごしやすいとも言えるだろう。
「それに、こんな所に小屋があるってことは、人の住んでいる場所も近いってことかもしれない」
こんな辺境な地にぽつんと家があるのは、いささか考えにくいことだろう。
となると、近くに交易の場となっている街が存在するのかもしれない。
そう考えた寺門は、どんどん歩みを進める。
そしてその考えは的中する。
次第に家が密集する場所に出たからだ。
道もどんどん大きくなっていき、人通りも増えてくる。
「遠くから見た感じだと、城壁の類いはないみたいだな。どうしてだろう?」
そんなことを考えながら、寺門はもはや街といっていいほどの場所を散策する。
時間としては正午くらいだろうか。
賑わいを見せる露店では、様々なものが売買されている。
それを見て、寺門の腹がなる。
「そういや、この世界に来てまだ何も食べていないな……」
そう考えると、露店に並んでいる食料品が嫌でも目に付く。
見ているとだんだん小腹がすいてくる。
しかし、寺門はこの世界の通貨を持っているわけではない。
そのため、眺めているほかないのだ。
「せめて水は無料であってほしいものだな」
そういって街をブラブラ散策していく。
その時寺門の肩に、マントか何かで身を包んだ小柄な何者かとぶつかる。
寺門は問題なかったが、相手はバランスを崩して倒れ込んでしまった。
「だ、大丈夫ですか?」
「大丈夫です……」
その声は少女のものだった。
「すいません不注意なもので……。どこかケガとかしてませんか?」
「だ、大丈夫ですから」
そういった少女は遠くの何かを見つけると、急いで立ち上がって逃げるように去っていった。
「なんだったんだ……?」
マントをかぶった少女を目で追いかけると、とある裏路地に逃げ込んでいくのが見えた。
これ以上自分には関係ないと判断した寺門は、そのまま街の散策に戻ろうとする。
しかし、行く先を大柄な男性二人に阻まれてしまった。
「おい、兄ちゃん、さっきローブを来たこのくらいの女の子を見なかったか?」
その特徴は、先ほどの少女に一致している。
寺門は男二人を見る。
見るからに悪役そのもののような二人だ。正直に答えなければどうにかなってしまうだろう。
しかし、少女にも何か事情がある可能性を考えた寺門は、あえて嘘をついた。
「いえ、見ませんでしたね」
「本当か?嘘だったら承知しねぇぞ」
そう威圧的に見られるものの、寺門は冷静そのものだった。
「……っち。おい行くぞ」
そういって男性二人はそのまま少女の行った方向に走っていった。
「なんか嫌な予感がする……」
そう感じた寺門は、少女のあとを追いかけるべく、先ほど入った裏路地へと入っていく。
寺門の嫌な予感は的中した。
先ほどの男二人が、少女に対して暴行を加えようとしているところだったからだ。
「さっきはよくもやってくれたなぁ……」
「安心しな。抵抗しなければ痛い思いはしなくて済むからな」
そういってこぶしを振り上げていた。
「待て!」
とっさに言葉が出る。
「おん?お前、さっきの兄ちゃんじゃねぇか」
「まさかとは思うが、こいつをかばうっていうんじゃないだろうな?」
そう言われた時、寺門はハッとする。
この世界に来てから、魔法を使ったことがない。それはすなわち、やったことないことを本番でいきなりやるようなものである。
「おいおいおいおい、マジで俺たちとやりあうってんじゃねーだろうなぁ?」
「へっ、腰抜けが追加された所で何も問題なんかねぇぜ」
そういって片方の男が近寄ってくる。
こういう場合どうするべきか?
あの女神に魔法のコツでも聞いてくるんだったと若干後悔する寺門であった。
とにかく寺門は男が止まるように念じる。
すると、近寄ってきた男がふいに足を止める。
「な、なんだ?」
「おい、どうした?早くぶん殴れよ」
「そ、それが、動かねぇんだ。足が動かねぇ……」
よく見ると、男の足が震えているのが分かる。
「もしかしたら……!」
ある考えがよぎった寺門は、右手を前に出し、男を捕まえるような動作をする。
すると、今度は男が巨大な手につかまれたように体が動く。
「お、おいおい……。どうなってるんだ……?」
寺門は、巨大な手を想像し、それで男を握るようなイメージをしていた。それはそのままの通りに現実化したのだ。
少女を捕まえていた男は、今目の前で起きた出来事を受け入れられなさそうな感じであった。
一方、寺門が相手していた男は、圧迫され続けたせいなのか、気絶寸前まで追い込まれていた。
その様子を確認した寺門は、念じていた手を離す。
すると、男は地面に倒れ込んだ。
寺門は少女の方にいる男に目をやる。すると男は少しばかり情けない声を上げる。
「覚えてやがれー!」
男は、気絶した仲間を引きずるように肩を担いで、その場をあとにした。
寺門は少女の元に行く。
「大丈夫ですか?」
「は、はい……」
「立てます?手を貸しますよ」
そういって寺門は手を差し出す。
実際の所、自分の足も若干震えているが、問題ない程度だ。
少女は寺門の手を握り、立ち上がった。
そのまま数秒間、沈黙が続く。
口を開いたのは寺門だった。
「また変な輩に絡まれると厄介ですし、家まで送っていきましょうか?」
「いえ!大丈夫ですから……」
そういって、少女は路地を抜けようとしたが、すぐに立ち止まってしまう。
「……あの、やっぱり送ってってもらえませんか?」
「いいですよ」
そうして少女とともに街の中を行くのであった。
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