第31話 あーん
防衛術の授業が終わり、カフェテリアに着くと私は昼食を注文し席を探す。
すると探して早々、マリアンヌ達が座っているのが見えて「マリアンヌ〜」とトレイを置きながら甘えるように彼女に抱きついた。
すると「あらあら」と言いながら、マリアンヌが私を抱きしめて隣に座らせてくれる。
「随分とぼろぼろね、クラリス」
「あんまり見ないでよ、マリアンヌ」
「あれ、クラリスちゃんの授業って防衛術だったっけ?」
「えぇ、おかげでこのザマよ」
「とりあえず、焦げてる部分は直しておきましょう」
「ありがとう、オリビア」
防衛術の模擬戦は散々だった。
エディオンに言われた通りに魔法を放とうとすると、どうしても相手を自分に置き換えて想像してしまい、思うように魔法が出せずに結局何度もコテンパンにやられてしまった。
我ながら相変わらずのメンタルの弱さである。
とはいえ、現実として人と対峙することも大いにありうるだろう。
だからこそ、こういう精神的な部分はネックだなぁ、と改めて思うのだった。
「なんかつい、戦うときに相手が傷ついたらどうしようとか思っちゃって」
「あー、わかるー。女の子だと顔傷つけただなんてなったら大変だものね。特に自分よりも爵位が上の子とか!」
「男の子も大概面倒臭いわよ? 自分より爵位が下の子に負けるとヘソを曲げてしまうだとか」
「色々あるのね、しがらみが」
なるほどなー、と女子会トークに花を咲かせていると、「とはいえ、あまり遠慮するのはよくないよ? ここは学校なのだからね」と聞き覚えのある声に顔を上げるとそこにはエディオンがいた。
「エディオン!? 何でここに!」
「昼食をとろうと来たらクラリスがいるのが見えてね。相席させてもらおうと思ったんだが、いいかな?」
「えーっと、みんなに聞かないと……」
言いながら周りを見れば、マリアンヌもハーパーもオリビアもみんな顔を真っ赤にして「どうぞどうぞ」とすぐさま相席を促す。
心なしかみんな目がキラキラしているのは気のせいだろうか。
「あぁ、それはよかった。では、お邪魔させてもらうね」
自然に私の隣に座るエディオン。
あまりにナチュラルすぎて身構える余裕すらなかった。
「エディオンさまもカフェテリアを利用されるんですね!」
「さま付けはしなくていいよ。僕も同級生だからね。あと、カフェテリアはもちろん利用させてもらってるよ。ここの料理は美味しいからね」
そう話す彼のトレイに入っているのは白身魚のポワレやサラダにパンだ。
ある意味イメージを裏切らないチョイスに納得する。
「クラリスはハンバーグかい?」
「えぇ、野菜たっぷりのソースが美味しそうだったから」
「確かに、美味しそうだよね。僕もこれにするか悩んだんだ。どうだろう、一口いただいても?」
「え!?」
「ダメかな?」
上目遣いでキラキラの瞳でおねだりされたら断れるものも断れない。
「じゃ、じゃあ一口だけ……」
一口サイズに切り分けてエディオンの口元にやると、なぜか頬を染めるエディオン。
そしておずおずといった様子でパクリと食べると満足そうに微笑んだ。
「まさかクラリスの手ずから食べさせてもらえるだなんて」
うっとりとした表情でそう言われて、「うぇ!?」っと焦って変な声が出る。
言われてみれば王子様に対して、「あーん」なんてするなんて不躾にもほどがあるだろうと青ざめた。
「ご、ごめんなさい、不躾で。ついいつもマリアンヌにしているみたいにしてしまったけど、そんなつもりじゃ……っ!」
「僕はクラリスから食べさせてもらって嬉しかったよ? もう一口またキミに食べさせてもらいたいくらいだ」
「だ、ダメよ。私のぶんがなくなっちゃうし」
「はは、冗談だよ。あぁ、せっかくだ。クラリス、僕のポワレも食べるかい?」
そう言って私が断る隙すら与えずにポワレを一口サイズにすると、お返しと言わんばかりに「あーん」と口元に出される。
(こ、これを今この場で食べろと!?)
周りをチラッと見れば、興味津々に三人がこちらを注視していて非常に気まずい。
とはいえ、食べないのも不敬になりそうな気がしてゆっくりと口を開いてポワレを口の中に入れた。
「どう? 美味しいかい?」
「え、えぇ、美味しいわ」
「それはよかった」
本音を言えば緊張で味どころの話じゃない。
けれどそんなことを言えるわけもなくて愛想笑いをすれば、エディオンは嬉しそうに微笑んだ。
(めちゃくちゃ気まずい)
三人の顔を見ずとも喜色のオーラをひしひしと感じる。
だから私は彼女達から目を背けて、紅茶を飲んで精神を落ち着かせていたのだが。
「ぶっちゃけ、クラリスちゃんはエディオンさまとノースくん、どっちが好きなの?」
ハーパーのぶっ飛んだ質問に思わず「ぶーーーーー!!」と勢いよく紅茶を噴き出す。
目の前にいるオリビアに思いきりぶっかけてしまって慌てて「おぉおおおお、オリビア、ごめんなさい!」とすぐさま魔法で綺麗にした。
「ハーパー!!」
「えー、だって気になるじゃない〜」
(だからっていつもみたいに寮内で話すならまだしも、直接当人の目の前で聞く質問か!?)
「僕も気になるなぁ、どうなんだい? クラリス」
ニコニコと微笑むエディオンだが、なんとなくその笑顔に威圧感を感じるのは気のせいだろうか。
「え、えーっと、まだ、そういうのは早いかなって」
「いや、早くないでしょ!」
「じゅうぶん適齢期!!」
「う」
すかさずハーパーとオリビアからツッコミが入ってマリアンヌに涙目で縋れば、「もう、二人ともクラリスを困らせないの〜」と助け舟を出してくれる。
「でも、私も正直どっちが好きなのか気にはなってるわ」
「マリアンヌ〜!!」
マリアンヌにまで裏切られて万事休すな私。
すると、あまりにおろおろしすぎたせいか、「すまない、これではあまり紳士じゃなかったね。以前も話した通り、こういう答えは急ぐものでもないし、じっくり考えてくれたら僕としては嬉しいよ」とエディオンが話題を切り上げてくれた。
その優しさにちょっとホッとする。
(別に、エディオンも悪い人じゃないのよね)
相性的に言ったらあまり合わないとは思うが、別に嫌いではない。
あくまで苦手なだけなのだ。
(……では、アイザックは?)
ふと、そんな疑問が脳裏をよぎって頭を振る。
ついすぐにアイザックのことを考えてしまうのは私の悪い癖だ。
まだ入学して間もないのだし、そういうことにうつつを抜かしている場合ではない、と気持ちを改める。
(そもそも喪女を目指しているんだから、そういう愛だの恋だのとは無縁の生活を送るんでしょ、私!!)
私はそう自分に言い聞かせると、まだ不本意そうな三人の視線を感じながらもそれを無視して昼食のハンバーグを食べることに集中するのだった。
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