第30話 愛される

「うんうん、いい感じだね」


 あのあとどうにか魔力を調整し、手の平にファイアボールを出せるようになり、それをある程度操れるようになった。

 イメージが大事だというエディオンの言う通り、魔力をどれくらい放出し、魔法をどのように自分がしたいかを具体的に考えれば考えるほど魔法が上手く発動することに気づく。

 一度気づくとその後はスムーズに魔法を扱えるようになり、だいぶコツが掴めたような気がした。

 これを危機的状況で失敗せずに瞬時に発動できるようになるのが理想だろうが、エディオンの言う通りとにかく何度も何度も繰り返し練習することで身につけていくしかないのだろう。


「アイザックはどう?」

「……………………」


 アイザックはずっと汗を流しながら自分の手を見つめていた。

 先程から私ばかり魔法を使っていて、アイザックはまだ魔法を発動していないようだった。


「アイザック、大丈夫?」

「……ん? あぁ、大丈夫だ」

「ちっとも大丈夫なようには見えないけど……」


 外で日が高く暑いとはいえ尋常じゃない汗のかき方だ。

 そんなにも魔法を出すのが大変なのかとちょっと心配になる。


「体調悪い? もし具合悪いなら医務室に」

「いや、そうじゃないから大丈夫だ」

「相変わらず、お前はまだしょうもないもの背負っているのか」


 エディオンがいつになく冷めた声で言い放つ。

 それを聞いて顔色がさらに悪くなるアイザック。

 二人のやりとりを見ても話の全容が見えてこなくて、「何の話?」とエディオンに尋ねた。


「誰かさんが無駄に優しすぎるという話だよ。背負わなくていいものを背負って、自らに枷をつけて勝手に苦しんでいるのさ」

「エディ……」

「いい加減、見ててうんざりなんだよ。本当は僕よりもすごいヤツの癖に、そうやって! 自分の正義を貫いたはずなのにうじうじうじうじと、見てて腹が立つ!!」


 珍しく荒ぶっているエディオンに驚く。

 彼にもこんな一面があったのか、と意外なエディオンの姿を知ってびっくりするも、この状況をどうすればいいのかと無力な私はおろおろするしかなかった。

 するとエディオンは「ごめん、クラリス。ちょっと今、頭に血が昇ってるから席を外す」と足早にどこかへ去っていってしまう。

 私はエディオンのことも気になるが、酷く項垂れているアイザックが放っておけなくて彼のそばにいた。


「……エディを追いかけなくていいのか?」

「エディオンも心配だけど、アイザックも心配だから。身体を二つに分けられたらそれぞれのところに行くけど、今のところ私の身体一つしかないし、今はアイザックのほうにいる」

「そうか。でもさっきのことに関しては俺が悪いんだ。あいつはなんだかんだで優しいからこうして俺に過去のことを吹っ切れと言ってくれる」


 重々しく吐き出す言葉と先程のエディオンとのやりとりは過去に何かあったことを暗示していた。

 それは恐らく、マリアンヌが以前話していた噂に関連することだろう。

 正直、アイザックの過去に本当は何があったのか気になる気持ちはあるが、無理に聞き出してもよくないだろうし、きっと答えてくれないだろう。

 実際私も前世での経験があるため、そういう聞かれたくないことには理解があるほうだ。

 だから追及することはせずに、アイザックに寄り添うことにした。


「どこの幼馴染も同じなのね」

「うん?」

「私の幼馴染のマリアンヌもそうだから。私のために、私にとって耳が痛いこととかも言ってくれるし、私を導いてくれる。全部が全部正解ではないかもしれないけど、それで私は救われたことがたくさんあったわ」


 幼少期からマリアンヌには世話になりっぱなしだ。

 こんな喪女生活を目指すしょうもない引きこもりな私を一生懸命導いてくれる。

 時に優しく、時に厳しく。

 それは彼女なりの愛情だということはわかっていた。

 だからこそ私はマリアンヌが大好きなのだ。


「そうか。クラリスは愛されてるんだな」

「エディオンもアイザックのこと愛してると思わよ?」

「その言い方は……ちょっと、あれだが、少なからず心配や気にかけてはいてくれるようだということはわかった」

「ちなみに、私もアイザックのこと心配してる」

「そうだな。ありがとう、クラリス」


 ふっと笑うアイザック。

 いつも強面なのに、こうして笑うとキュンとしてしまうほど胸が熱く苦しくなるのはなぜだろうか。


 (見慣れないものを見てときめいているとか、かしら? そうよ、きっとそうよね)


 自分で都合よく解釈して納得する。

 うん、これは慈しみの感情であると、私は結論づけた。


「そういえば、この前のオーガとの戦いのときは助けにきてくれてありがとう」

「……俺は全く戦力にならなかったがな」

「そんなことないわ。私を抱えて逃げてくれたじゃない。アイザックがいなかったら、きっと私は食べられていたわ。だから、本当にありがとう」


 深々と頭を下げる。

 実際、アイザックがいなかったら今頃死んでいたのは事実だ。

 何より、来てくれたことが心強かった。


「今はまだ難しいかもしれないが、今度こそはちゃんとキミを守ってみせる」


 手を握られて、真っ直ぐ見つめられる。

 まるでプロポーズのような言葉にドギマギしながらも、キュッと口元を引き結んで微笑んだ。


「その前にそういう状況に陥らないように努力するわ。あと、エディオンが言ってたみたいにまずは自分の身は自分で守らないとだものね」

「それは確かにな」


 頭をポンポンと撫でられて、きゅうんとなる感情を必死に押し留めながら、私はこの感情が何かは本当はわかっていながらもあえて名前をつけずにひっそりと心の奥へと沈めるのだった。

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