第27話 幼馴染

「おはよう、クラリス。朝からキミの素敵な笑顔が見られるなんて、僕は幸せ者だよ」

「お、おはよう、エディオン。そんな大袈裟よ。いつもと変わらないわ」

「そうだね、クラリスはいつもと変わらない美しさだ。あぁ、その手をいただいても? エスコートしたいんだが」

「だ、大丈夫よ。今日の一限目の授業は確か校庭でしょう? 早く行かないと遅れるわ」


 朝からエディオン全開だなぁ、と思いながら苦笑しつつ移動教室へと向かう。

 今日の一限目は防衛術の授業だ。

 復帰早々に防衛術というのもハードな気もするが、リハビリがてら鈍った身体にはちょうどいいだろう。

 というか、防衛術をちゃんと学んでなかったからこうしてボロボロになってしまったわけだし、そういう意味でもちゃんとしっかり学ばなくてはならないと気合いが入る。


 ちなみに今日は座学ではなく、実技訓練なために校庭へ集合だ。

 行くまでの間エディオンがずっとペラペラと話しかけてくるのを上手く愛想を笑いしながら歩いていると不意にアイザックの背中が見える。

 そういえばあの一件のあとちゃんとお礼まだ言えてなかった、と小走りで駆け寄って声をかけた。

 すると彼が振り返った瞬間、びっくりするほど腫れ上がった頬を見て、私は思わず悲鳴を上げてしまった。


「ど、どうしたの!? その顔!!」

「……クラリスか。別に大したことない」


 素っ気なく答えてそのままスタスタと行こうとするアイザックの腕を「待って待って」と引っ張る。

 近くでよく見ると、左頬が大きく腫れ上がり変色していた。


「いやいやいやいや、大したことあるでしょう!? もしかして、私の巻き添えで!?? というか何でその怪我で医務室来なかったの? その傷、今すぐシーラさんに診せたほうがいいわよ!」

「いや、そういうんじゃない。とにかく大丈夫だから俺のことは気にするな」

「そんなこと言われても気になるものは気になるわよ! お願いだから、正直に言って」

「クラリス、大丈夫だよ。彼だってこう言ってるんだし」


 さっきまで大人しかったエディオンが私とアイザックの間に割り込んでくる。

 アイザックはエディオンの顔を見るなりバツの悪そうな顔をしていて、この二人の様子に引っかかるものがあった。


「エディオン! アイザックはオーガに何もされてないって言ってたじゃない、どういうことなの?」

「いや、彼の場合、別にオーガに何かされたわけではなくて」

「じゃあ何でこんな顔が腫れているのよ」

「それは……」

「俺が誤って転んだんだ」

「絶対に嘘! 転んでこんな顔が腫れるだなんてありえないでしょ! 本当のことを言ってちょうだい!」


 私がいつになく食ってかかると一瞬アイザックの視線がエディオンに行く。

 それを察して私もエディオンをジッと見つめると、困ったように彼は眉を下げた。


「僕が殴った」

「はい?」

「僕があいつを殴ったんだ」

「えぇ、何で!?」


 まさかエディオンが殴ったとは思わず驚くと、アイザックとエディオンはお互いそっぽを向いて複雑な表情をしている。


「エディオン?」

「ヤツが……キミを守れなかったから」

「え?」

「そばにいたくせに、きちんとクラリスを守れなかっただろう? だから、つい勢いで……」

「いや、それに関しては本当に俺が悪い。俺がきちんと魔法を使えてたらよかったんだが、やはり俺はダメだな。だからエディが怒るのも無理はない」

「ほら、アイクのそういうところ! そうやって何でも悲観的になって……っ! そうやって自罰的なとこはよくないといつも言ってるだろう!?」


(うん? なんだか話の展開がおかしくなってきたぞ?)


 エディオンが私のことでアイザックを殴ったというのはわかった。

 それに対してアイザックは素直に自分が悪いと反省するのもなんとなくわかるが、それに対して逆ギレしてるエディオンはどういうことなのか。

 というか、何気にさっきから愛称で呼んでいる気がするのだが、気のせいだろうか。

 エディオンが怒り、アイザックがそれに対してひたすら謝ってる状態のところに「ちょ、ちょっと待って」と割り込む私。

 すると二人がこちらを向く。


「二人って知り合いなの?」

「……誰がこんなヤツ」

「幼馴染だ」

「えぇ!?」

「空気読めよ、アイク!」


 エディオンが誤魔化そうとするが、アイザックは素直に答える。

 その様子にすかさずエディオンが突っ込みを入れるが後の祭りだった。

 考えてみたらエディオンは第三王子、アイザックは魔法統括大臣の息子だというのだから繋がりがあって不思議ではない。

 今更そんなことに気づいて、私の察する能力の低さに自分でもうんざりした。


「幼馴染だったの?」

「あぁ、エディとは親同士が仲がよくて俺達が同級生同士ということもあって昔から見知っているし、幼稚舎から学校もずっと一緒だ」

「エディオン、何で嘘ついたの?」

「……隠すつもりはなかったんだけど、最近のアイザックは見ていてイライラするからつい」


 エディオンの言葉に申し訳なさそうに眉を下げるアイザック。

 見た目はエディオンよりも大きくいかついのに、さながら主人に怒られた犬のようである。


「だから悪かったと言ってるだろう?」

「ふん、お前はいつも謝ってばかりだ」

「ちょ、もう喧嘩はいいから。とりあえずアイザックはその頬を治したほうがいいわよ?」

「いや、これは俺の罰みたいなものだからこのままでいい」

「そう言われても、結局原因が私みたいだし、見てるのがつらいんですけど」

「お前はまたそうやって……っ! お前の顔を見るとクラリスが気にするというんだ。さっさと治せ」

「いや、エディオンが言えることじゃないでしょ」


 エディオンは普段見せる顔とアイザックに見せる顔がどうやら違うらしい。

 その気安さは親しさゆえだろうが、私としては今のようなほうが普段の数倍好感が持てた。


「じゃあ、とりあえず簡易魔法で治すから、こっちに頬を向けて」

「……わかった」


 渋々と言った様子で向けられる頬に「身体に流れる生命の煌めきよ。彼の者を治し、痛みから解放せよ」と手を翳しながら唱える。

 すると、多少まだ痣は残っているものの、腫れはだいぶ引き、よく見ないと気づかないほどになった。


「これはあくまで簡易魔法だから、あとで医務室に行ってね」

「わかった」

「クラリス、僕もお願いしていいだろうか?」

「エディオンはどこも怪我してないでしょう」

「キミがアイザックばかり構うから、僕の心の傷は悪化してしまった!」

「冗談ばっか言ってないで、早く校庭行かないと授業遅刻しちゃうわよ」


 そんなことを言っていると予鈴が校内に響く。

 私達は顔を見合わせると、慌てて校庭に向かって駆け出すのだった。

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