前世で傾国の悪役令嬢と呼ばれた私、今世では喪女を所望します！

第25話 大罪人

「どうかなって言われても……。エディオンには婚約者がいるんじゃ？」

「僕に、婚約者……？」

　エディオンが突然難しい顔をする。

　私はなぜそんな顔をするのかわからず、私が婚約者のことを知らないと思ってアプローチしたのかと眉を顰（ひそ）めた。

　だが、返ってきた言葉は思ってもみないものだった。

「すまない、婚約者に心当たりがないのだが、一体誰と勘違いしてるのだろうか？」

「え？　ミナ・ブランシェットさんがエディオンの婚約者だと言っていたけど……違うの？」

「ミナ・ブランシェット、だって？　いや、彼女と僕は婚約した覚えがないが……」

　(どっちが本当のことを言っているのだろう？)

　まさかの回答に困惑する。

　するとエディオンがちょっと困った表情で話し出した。

「あー、いや、正確に言うとそんな話も持ち上がったこともあったかな。でも、あくまで可能性としてあっただけで実際には彼女とは婚約していない」

「どういうこと……？」

「彼女の家は色々あってね。……ここだけの話、家柄がそぐわないということで早々に断ったんだ」

「え、でも彼女の家系って大魔法士ミゲル・ブランシェットが祖先にいるんじゃ」

「だからだよ」

　だから、と言われても理解できずに首を捻る。

　一体どういうことだろうか。

「ミゲルについてクラリスはどこまで知ってる？」

「えっと、とてもすごい大魔法士でいくつも魔法も生み出して、防衛術の考案者だとか」

「あぁ、そうだね。では晩年のことは？」

「晩年？」

　晩年と言われて、特にミゲルの晩年についてはどの書籍にも書かれていないことが多くて知らなかったため、てっきりその後の彼は英雄として扱われていたと勝手に思っていたが、よくよく考えてみたらマリアンヌもハーパーもオリビアも彼のことを知らなかった辺りどうにも違うようだ。

「彼は大魔法士であると同時に大罪人でもあるのさ」

「大罪人？」

「晩年のミゲルはあまりに優秀すぎたゆえに次々と魔法を生み出したはいいが、有益な魔法だけでなく、人を殺傷したり洗脳したりととても危険な魔法をも生み出そうとしてたんだ。そのため、国としてはあまりの危険性にそれを認めることができなかった。だが、彼は実験を諦めず、隠れて次々と魔法の実験と称して一般人を誘拐し人体実験をした。……その後はそれに飽き足らず、もっと大それた魔法で国を混沌に貶めようと計画して、実行する前に処刑されたんだ」

「処刑……？　でも、そんな記述、全然……」

「それに関しては彼の一族から今までの功績を鑑みてどうにか負の記録だけは残さないでくれとの強い希望があってね。そのため公にはそういった彼の負の部分は残ってない。とはいえ、やった事実はきちんと残っているため、例えブランシェット家が優秀だとしても僕と婚約することはありえないんだよ」

「そうだったの……」

　思わぬ事実に動揺する。

　けれどエディオンが嘘を言ってるとは思えなかった。

　(でも、それならなぜミナはエディオンの婚約者などと言っていたのだろう？)

　考えても答えは出そうになく、つい嫉妬でそう言った嘘でも言ってしまったのではないかと勝手に想像して納得することにした。

「あぁ、ちなみにこの話はトップシークレットだから口外しないようにしてほしい」

「も、もちろん。誰にも言わないわ」

「そうか、いい子だね」

　よしよし、と幼子を褒めるときのように頭を撫でられる。

　それがなんだか気恥ずかしいのだが、腕を上げるのすら億劫なので抵抗することはできずにされるがままだった。

「とにかく、これで誤解は解けただろうか」

「え？　えぇ、理由はわかったわ」

「なら、僕とお付き合いしてくれるかい？」

「え、と……それは……」

「あぁ、もしミナが僕の婚約者だと触れ回っていることが気に食わないならきちんと彼女自身に訂正させるから大丈夫だ。心配はいらない。それにいつでも僕が近くにいたほうがきっとキミを守れると思う。いや、今後はずっと僕にクラリスを守らせて欲しい」

　再びまっすぐ見つめてくる瞳は真剣そのもので、この告白が冗談などでないことはすぐにわかった。

　だからこそ、戸惑う。

　エディオンはとても優しくて気遣いができるいい人だとは思う。

　ネックがあるとしたら、彼が王子であり、そのせいで前世のことがフラッシュバックしてしまうことくらいだ。

　だから彼が悪いわけではなく、あくまで自分の気持ちの問題である。

　とはいえ、やはりすぐにそのトラウマを払拭できるほどのメンタルを持ち合わせているわけでもなく、あまり積極的な人が得意ではないというのもあって、すぐさま「はい、喜んで！」とはどうしても言えない。

「ご、ごめんなさい。お付き合いはちょっと、今は考えられない、かな？　ほら、まだ入学して間もないし、それにまだエディオンのことも私、よく知らないし」

　我ながら非常に無難な答えをしたつもりである。

　実際、まだエディオンのことをよく知らないのは事実だ。

　イケメンで明るくて積極的、第三王子で水の寮生で同い年。

　私が知ってるのはそれくらいだ。

　それにエディオン自身もきっと私のことをよく知らないだろうし、以前にアイザックが言っていたように私が虫が平気なのを引かれる可能性だってあるし、性格だって素の私を見せたら思ってたのと違う、ということになるかもしれない。

　だからこそもっとお互いをよく知ったほうがいいと思ったのだが。

　……あからさまにエディオンはショックを受けた顔をしている。

　今まで見たことないようなしょんぼりとした顔。

　さながら叱られた犬のような表情である。

　エディオンってこんな顔もするんだ、とちょっと自分の中で意外ではあったが、だからといってやはりすぐには頷けない。

「そうだよね。確かに、まだ入学して間もないし、僕の一方的な片想いだ。よし、じゃあ、お友達からのお付き合いというのはどうだろうか？」

「お友達、から？」

「あぁ、まずは友達からで、それで交流して僕のことをいいな、と思ってから付き合ってほしい。いいだろうか？」

　ギュッと手を握られる。

　思いのほかその握る手は強く、大きい。

　線は細いようでやっぱりエディオンも男の人なんだなぁと思いながら、アイザックはこの手よりも大きかったなぁとなんとなく思いながら、「何で私ったら今アイザックのこと考えてるのよ」と心の中でツッコミを入れる。

「クラリス？　どうだろうか、ダメかな？」

　子犬のような潤んだ瞳で見つめられて、さすがにこれ以上拒絶することは私にはできなかった。

「え、と……じゃあ、お友達から、で。よろしくお願いします」

「ありがとう、クラリス！」

　ガバッとまた抱きしめられる。

　一応先程に比べて優しい力で抱きしめられたため、痛みはさほどなかったもののちょっと苦しい。

　というか、さっきまでのしょんぼりしてたのはどこに行った？　というくらいの変わり身の速さだ。

　(……もしかして私、謀られた？)

　そんなことを思いながらも、例えそうだとしても拒絶できなかった自分がいけないのだし、そもそも勝手に苦手意識があるだけで交流すれば彼のいいところとかが見えてくるかもしれないし、と気持ちを切り替えることにした。

「そういえば、アイザックは大丈夫だったのかしら？　エディオンは知ってる？」

「ん、あー……大丈夫だよ。特に彼自身はオーガになんかされたわけじゃないし」

「うん？　無事ならいいんだけど……」

　随分と引っかかる言い方だなぁと思いつつ、これ以上聞かないでくれオーラを出してるエディオンにそれ以上は聞けなかった。

「でも、そもそも何で校舎にオーガなんかいたのかしら……」

　率直な疑問だった。

　入学してまだ日が浅いとはいえ、学生がいる校舎にあのような怪物がいるというのはどうなのか。

　今回私は死ななかったとはいえ、下手したら食べられていたかもしれないと思うと、生徒を危険に晒すのはいかがなものかと今更ながらちょっと腹が立ってくる。

「あぁ、あのオーガは生態などの調査で飼われていた個体のようだね。元々あんなに暴走するようには躾けてないらしいから、なぜあんなことになったのかはわからないらしいけど」

「そうなのね」

「そもそもあそこの地下は一般生徒が入らないように隠匿術で見えないようにして結界まで設けてたらしいけど、それも破られていたらしい。どういった理由かは不明だけど、それで先生達も調査やら何やらでバタバタしてるみたいだ」

　それでシーラさんは私が起きて早々に色々質問してきたのかと思い至る。

　(あの少女は一体誰だったんだろう、そもそもなぜ私をあそこに？　オーガも意図的に操ってたってこと？)

　謎が多い今回の事件だが、私が考えても何もわからなかった。

　先生達が動いているというし、きっと先生達が解決してくれるであろう。

　とにかく生きててよかったと、話を聞いて改めて思った。

「エディオン本当にありがとう。エディオンのおかげで助かったわ」

「そんな……っ！　僕は当然のことをしたまでだよ。本当にクラリスを守れてよかった。今後もずっと一緒にいてキミを守るからね！」

「ず、ずっとは一緒じゃなくてもいいわ。ほら、寮も違うし」

「なんなら僕が転寮を……っ！」

「さすがにそこまでしてもらう理由はないから！　私も魔法をしっかり勉強して、自分の身は自分で守れるようにするし」

「そ、そうかい？　でも、クラリスを守りたいというのは本当だから、遠慮なく僕を頼ってね」

「う、うん。ありがとう」

　やはりまだこのグイグイくる感じちょっと苦手だなぁ、と思いながら私はエディオンをどうにかあしらうのだった。