第20話 飛行術
「ふぁあああ」
「何だ、寝不足か?」
「うん、そんなとこ。ちょっと寝る前に女子会トークが盛り上がっちゃって」
大きなあくびを噛み殺しながら、うーんと精一杯伸びをする。
引きこもっていたせいで無縁だった女子会、さらに初めて聞く恋愛トークが展開されて、ついつい楽しくなって夜更かししてしまった。
みんなの話はどれもこれも興味深くて、今まで恋愛のことなんて恋愛小説でしか読んだことがなく、前世でも恋愛どころじゃない人生だったゆえに等身大の恋愛トークにどハマりしてしまった。
とはいえ、さすがに夜更かししすぎてしまってあまり寝れてないため非常に眠たい。
朝から寝不足のせいでぽやぽやとしていて副寮長には怒られるし、朝食は食べ損ねるしで散々だ。
「お腹空いたー……」
「まだ授業始まったばかりだぞ」
「そうなんだけど。朝食を食べ損っちゃって」
「女子会トークというのは俺にはよくわからないが、ほどほどにしろよ」
「うん、そうする。さすがに懲りた」
うーん、ともう一度伸びをする。
そうでもしてないと重い目蓋がすぐにでも落ちてしまいそうだった。
「ところで、先程からエディオンの視線を感じるんだが」
「気にしないで。私も見ないようにしてるから」
「でも、いいのか? すごい視線で見てるぞ?」
「いいの。アイザックも気づかないフリしといて」
エディオンと一緒になるのを避けるために、今日は教室でアイザックを見つけるやいなやすぐさま声をかけて一緒に授業を受けていた。
ちなみに今受けているのは飛行術の授業である。
一通り説明を受けたあと、現在は実技訓練中なのだが、授業開始から今までエディオンからの視線を感じるも気づかないフリをしている。
どうやらエディオンはアイザックが一緒にいると声をかけづらいのか、視線は感じれど近づいてきたり声をかけてきたりする様子はないのでそのまま放置していた。
「そういえば、フードはもうやめたんだな」
「だって、アイザックが禿げるって言ったんでしょ」
「あぁ、そんなことも言ったな」
軽口を言い合っていると、不意に頭を触られて、びくりと大きく身体が跳ねる。
あまり人から触られることに慣れてないため不意打ちに驚いたが、触れられて嫌ではない自分がいて、この気持ちはなんなんだ、と自問自答するもすぐには答えは出そうになかった。
「すまない、驚かしたか?」
「い、いきなり触られたからびっくりした」
「悪い。綺麗な髪だと思ってな。陽の光を浴びると綺麗に輝いて見える」
褒め言葉は嫌なはずだった。
嫌なはずなのに、アイザックに言われて嬉しい自分がいる。
前世でもなかった感情に、私はとても戸惑った。
「あ、ありがとう」
「うん、そのほうがずっといい。やはり顔が見えたほうが落ち着く」
なんだか口説かれているような気分になって、こほんっと一度咳払いをする。
チラッとアイザックの顔を見れば、特に下心などなさそうな、いたって普通の表情で、こちらを見ながら「うん?」と小首を傾げていた。
「それは……どうも」
言いながら赤面しているのを見られぬように手で口元を押さえる。
それがアイザックにはまだ眠くてあくびをしているように見えたのか、「とりあえず授業に集中して気を紛らわせたらどうだ?」と提案された。
「そ、そうね。集中しないと酷いことになりそうだし」
今回習っている飛行術は自らに魔法をかけて背中から翼を生やしてそれを動かさなくてはならないため、難易度が非常に高い。
理論的にはある程度理解しているものの、実際にできるかどうかは別である。
寝不足も祟って集中力が薄くなっている今、ちゃんと意識しないと失敗するのは目に見えていた。
「集中、集中、っと」
まずは翼を生やすことを意識する。
背中に魔力を編み込み、羽を構築するために意識をそちらに集中させた。
「我が翼、風を纏いてこの背に生えよ」
自らの身体を抱きしめながらそう唱えると、背中がなんだかムズムズしてくる。
そして次の瞬間、バサッと勢いよく背中から翼が生えてきた。
「うっわぁ、本当に生えてきた!」
「凄いな、クラリス。どんな感じだ?」
「どんな感じ? え、えーっと生えるときはなんだかムズムズする感じ。いや、今もちょっと違和感はある、かな」
「ほう。ちょっと触ってみてもいいか?」
「え? いいけど……うひゃあ!」
魔法で編んだ翼だが、どうやら触覚があるらしい。
触られた途端にくすぐったさが来て、ぞわぞわっと背筋を駆け上がる感触に、思わず変な声を上げてしまった。
「す、すまない。大丈夫か?」
「え、えぇ。翼にも感覚があるのねぇ……。これ攻撃受けたときとか痛いのかしら」
「それはあるかもな。ということは戦闘には不向きそうだ」
「そうね。他にも飛行術はあるし、戦うときはこれじゃないほうがいいのかも」
「それにしても立派な翼だな。しかも髪の色と同様、黄金に輝いているぞ」
「え、そうなの? 私には見えない……っ!」
「動かせれば多少見れるかもしれないが、どうだ? 動かせそうか?」
「うーん……」
意識を翼に集中させる。
今までなかったものに意識をするというのは難しく、どこに力を入れたらいいのか、何をどうすればいいのかまるで勝手がわからず悪戦苦闘するも、落ち着いて自分の魔力の輪郭を追うようにしていくと、なんとなくだんだんとコツを掴めたような気がした。
「よい……しょ、っと……。お、おぉおおおお、ちょ、ちょっと見えた!!」
一瞬だがバサッと翼を動かすことができ、視界に黄色い何かが見えたことだけはわかった。
これを動かして空を飛ぶと思うともっと訓練せねばいけないと頭が痛いが、自分に翼が生えていると思うとテンションは上がる。
「どうだ? 綺麗な翼だっただろう?」
「何でアイザックが得意げなのよ。確かに綺麗だったけど。ていうか、ほら、私だけじゃなくて貴方もやらなきゃいけないんだから、しっかり翼に意識して!」
「クラリスは意外にスパルタだなぁ」
「ほら、ぼやいてないでやるの」
アイザックは渋々と言った様子で難しい顔をしながら拳を握って集中を始める。
すると「……っく、……っ」と声を多少漏らしながら一生懸命魔力を集中させて翼を編んでいくのが見えた。
ポンっ
「はぁはぁはぁはぁ……っ」
「か、可愛いぃいいいい!」
アイザックが出した翼は彼の大きな体躯には見合わないほど小さな濃紺の翼だった。
イメージとしてはペンギンに近いだろうか。
あまりにそれがアンバランスで、口元が緩んだ。
「か、可愛いとはどういうことだ」
「え? いや、ちょっと、小さくって……」
「やっぱりダメか……」
あからさまにしょんぼりとするアイザック。
私は人の身体に流れる魔力をある程度視認することができるのだが、私が見た限りだとアイザックは魔力自体が少ないわけではなさそうだと思う。
(もしかしたら上手く魔力を引き出せないのかもしれないのかも……?)
そう思って、私はアイザックの両手を握る。
自分から握ったが、自分よりも大きくて節張っていて体温の高い男性らしい手にちょっとだけドキリとしたのは内緒だ。
「クラリス?」
「魔力の流れを見たいからさっきと同じように翼を構築してくれる?」
「あ、あぁ、わかった」
握った手からアイザックの身体に魔力の流れができるのが伝わってくる。
すると、身体の中心部でぐるぐると魔力の塊があり、流れを堰き止めて滞らせていることに気づいた。
どうやらこれが原因で魔力が十分に引き出せていないみたいだ。
「クラリス……? 何をしてるんだ?」
「大丈夫、そのまま続けて」
不審がるアイザックにそのまま続けるように促す。
人の魔力に干渉することはあまりよくないらしいのだが、アイザックのためだしこれくらいならいいだろう、と私の魔力を使ってその塊を除き、魔力の流れを正常に戻そうとしたときだった。
「やめろ!!」
バチン……っ!!
魔力が反発し、私の身体が吹っ飛ぶ。
幸い下が芝生だったので怪我はなかったが、あまりにびっくりして何がなんだかわからなかった。
アイザックを見れば、そこには立派な濡烏色の大きな翼が彼の背から生えていて、私の翼なんて比じゃないほどの大きさでとても綺麗だった。
「す、すまない! 怪我はないか?」
「ううん。私のほうこそ、勝手にごめんなさい」
「いや、俺が悪いから気にするな」
気にするな、と言われてもやっぱり気にしちゃうわけで。
この日はなんだかギクシャクしてしまって、ずっと落ち着かなかった。
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