第17話 親近感
◇
「ふぅ、こんなもんかな。というか、アイザックって意外に勉強不得意?」
「そうだな。勉強だけではなくて魔法も不得意だ」
「何で自慢げなのよ。それ、自慢できないから」
あのあと慌ててレポートをまとめたはいいが、思いのほかアイザックは戦力外だった。
エディオンがあんなことを言ったのもちょっと頷けるほど、ひきこもりだった私よりも物覚えが悪いというか知識が薄くてちょっと心配になるレベルだ。
同じ優秀だと言われる火の寮だというのに、勉強も魔法も苦手というのも珍しい気がするが、本人もその辺は何か思うところがあるようではあった。
「勉強苦手?」
「あー……そうだな」
「魔法も?」
「あぁ」
見た目では完璧にできそうなのに、ギャップが凄い。
教えればちゃんと理解はしているようだから、勉強の仕方が悪かったのかもしれない。
「それでNMAに入れたのも凄いね」
「そうだな。正直、俺もびっくりした」
「自分で言っちゃうんだ」
「事実だからな」
アイザックとの会話はとても楽しかった。
アイザックは素直で、マリアンヌとはまた違った楽しさがある。
とても気安く、この見た目を晒しても、本来の自分を曝け出しても対応を変えることなく接してくれるのはとてもありがたかった。
「もしアイザックが嫌じゃなければ、これからも勉強とか魔法とか教えようか? 私が教えられる範囲でだけど」
「いいのか?」
「えぇ。ほら、入学式前から色々迷惑かけちゃったし、色々悩みも聞いてもらったからそのお礼として」
「では遠慮なく。同じ寮だし、談話室などを使わせてもらおう」
「えぇ、そうしましょう。私、引きこもっていたぶん勉強はしてたから、それなりに勉強は得意なほうなのよ」
自慢することではないが自慢げにそう言うと、アイザックはびっくりしたのか目を見開く。
「クラリスは引きこもりだったのか?」
「えぇ」
「それはその……学校で虐められた、とかか?」
「え? あー、まぁ、そんなところかしら」
さすがに前世のことが原因で、とは言えずにぼかして言えば、「そうか、それは大変だよな」となぜか優しい眼差しを向けられる。
そしてそれはどういう感情なのかはわからないが、なぜかアイザックに頭を撫でられ、それが嫌じゃない自分がいた。
というか、先程からアイザックは私のことを面白いというが、彼も十分面白い気がする。
「アイザックって変わってるわよね」
「そうか?」
「えぇ、私も大概だとは思うけど」
「そうか、クラリ……〜〜〜〜っ!! っっっっっっ!!」
私の名前を呼びかけたかと思うと急に椅子ごと後ろに飛び下がるアイザック。
一体何をしているんだ、と思えば彼の視線の先には黒く光るあの虫がいた。
「ご、ご、g……っ!!」
「あー、古い建物だものね」
バシン……っ!
私が丸めた教科書で思い切り叩くと、アイザックが目を丸くしながら何も言わずに潰れたヤツと私を交互に見つめていた。
私は消滅魔法と浄化魔法で綺麗さっぱりヤツを消すと、「さすがに防衛魔法でも虫の侵入は防げないのねぇ、このこともレポートに加えようかしら」と一人で考察する。
「く、クラリス……キミは虫が平気なのか?」
「ん? えぇ、実家は田舎にあるから、虫は平気よ。え? アイザックは虫苦手なの?」
「あぁ。特にヤツは無理だ」
顔を真っ青にしているアイザックを見て、口元が緩む。
最初のイメージとはまるで違うが、いずれも親近感が増してさらに距離が縮まったような気がした。
ジリリリリリリ
授業終了のチャイムが鳴る。
レポートは仕上げたので、先生に提出して次の授業へと向かわなければならない。
私が勉強道具一式を持つと、アイザックがあからさまに「うげっ」という顔をする。
「何よ、その顔」
「いや、それでヤツを叩いたと思うと」
「ちゃんと浄化魔法使ったから大丈夫だし」
「そうかもしれないが気持ちの問題というか……。そもそも、なぜ魔法ではなく物理」
「先に手が出ちゃったのだもの、仕方ないでしょう?」
まだ思いきり顔が引き攣っているアイザック。
意外と彼は顔に出やすいようだ。
私が仕留めた教科書を振り回すと、無言で大きく身体を捻ってその教科書に触れぬように避けているのを見て、思わず私はくつくつと笑った。
「本当に苦手なのね」
「嘘を言っても仕方ないだろう。というか、本当にやめてくれ。……ヤツが触れたと思うとできれば近づきたくない」
そう言ってジリジリと私から距離を取るアイザック。
それがなんだか面白くなくて、離れていくぶん私は距離を詰めていく。
「む。そんなこと言うならもう退治しないわよ」
「そ、それは困る!」
「じゃあ文句言わないで。いいじゃない、素手で倒したわけじゃないんだし」
「素手!?」
アイザックの声が裏返る。
そんなに驚かれるようなことなのだろうか。
「クラリスがヤツを倒してるところをエディオンが見たら、きっと卒倒するぞ」
「そう? だったら今度目の前で披露しようかしら」
「……案外、性格悪いな」
そんな軽口を言い合いながら、私達はレポートを提出し次の授業へと一緒に向かうのだった。
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