第16話 感謝と謝罪

「じゃあ、改めてよろしくお願いします。あと、今更かもしれないけど、入学式前に抱きついちゃったのごめんなさい」

「あぁ、そんなこともあったな」

「あと、魔力暴走したときに私を医務室に連れてってくれたの貴方だって。それも、ありがとう」

「いや、咄嗟に動いただけだから気にするな」

「昨日も助けてくれて……」

「クラリス、とりあえずレポートをやったほうがいいんじゃないか?」

「あっ、そうよね。ごめんなさい。とにかく、色々とどうもありがとう、と言いたくて」


 感謝を述べようとつらつらと話してしまったが、改めてこうして挙げていくと私が結構やらかしているということを再確認して情けなくなる。

 だが、アイザックはさほど大したことなさそうな反応で、思ってた反応とは違って、私はちょっと拍子抜けだった。


「善行をしろ、というのが我が家のしきたりのようなものだ。だからそう畏まらなくていい。あと、今更かもしれないがクラリスは俺が怖くないのか?」

「え?」


 怖くないか、と聞かれてはたと気づく。

 考えてみたら、前世のこともあって私は人間全般が苦手ではあるのだが、アイザックにはあまり恐怖心はなかった。

 元々やらかしてしまったことで第一印象が違うように固定されてしまっているせいか、どっちかというと好印象である。


「怖くはない、かな? え、怖いほうがいいの?」

「いや、そうじゃない。怖くないならいい」


 変わったことを聞く人だな、とジーッとアイザックを見つめる。

 最初こそ強面だと思ったが、短い濃紺の髪はスッキリとしているし、吊り上がった目元はよく見ると凛々しいし、鼻筋はスッと通っていて、唇は程々に厚くて見れば見るほど整った顔をしていると思った。

 まぁ、造形美で言ったらエディオンのほうがイケメンだと言う人は多いと思うが、個人的にはアイザックも負けず劣らずではなかろうか。


「あまりじろじろと見るんじゃない」

「あ、ごめんなさい」

「クラリスはいつも謝ってばかりだな」

「べ、別にそういうつもりではないけど。え、私そんなに謝ってる?」

「自覚ないのか?」


 言われて思い返すと、確かにアイザックには謝ってしかいないかもしれない。

 一応感謝もしてはいるけど、どっちかっていうと「ごめんなさい」という言葉のほうが頻度が高いかもしれないと気づいた。


「謝る、かぁ……」


 謝る、で思い出す昨夜の出来事。

 マリアンヌにも謝らないと、と思いながらも関係の近さゆえに素直になれず、なかなかどうにもきっかけがない。

 昨日は怒りのままに大嫌いなどと言ってしまったが、一日経った今思うとあれは完全な八つ当たりであったと反省する。

 マリアンヌが悪いわけでもないし、元はと言えば自分がエディオンのことを知らないことがいけないのに、自分の無知を棚に上げて親切心で気を遣ってくれたマリアンヌにあんなことを言ってしまうだなんて、と己の自己中さに嫌気がさしてくる。


「はぁ……」

「さっきからせわしないな」

「え?」

「謝ったり溜め息をついたり。さっきから感情の起伏が激しいと思ってな」

「ご、ごめんなさ……あ」


 また謝ろうとしているのに気づいてフリーズすると、アイザックがくつくつと笑い出す。

 この人も笑うのか、なんてことを失礼なことを考えていると、アイザックは一度大きな咳払いをしたあと「何か悩み事でもあるのか?」と私に聞いてきた。


「え?」

「いや、悩みごとがあるのかと思って。ないならいいんだが」

「あ、ある、あります! もしよければ聞いて欲しいんだけど、いいでしょうか?」

「俺がアドバイスできるかどうかはわからんがな」

「それでも!」


 珍しく私が食いつくようにお願いする。

 なんとなくだが、アイザックなら他言せずに有益なアドバイスをしてくれそうだと思ったからだ。


 (あと、すごい誠実そうな気がする)


 全然今まで話したことがないはずなのに、アイザックとの会話は気負うことなくスムーズで、自分でも驚くほどだった。

 アイザックの話し方が上手いのか、私が人間的に成長したのか。

 確実に前者であろうが、それくらいアイザックは気安く話すことができた。


「わかった。ただし、悩みを聞いたぶんだけ勉強を教えてもらうぞ?」

「え? いいけど。……アイザックって勉強苦手なの?」

「……俺のことはいいんだ。とにかく、どんな悩みなんだ」

「それが……」


 昨日大親友と喧嘩してしまったこと。

 彼女が自分のためを想ってしてくれたことが自分にとってはお節介だと感じ、感情が爆発してしまったこと。

 それからお互いギクシャクしてしまって気まずいことなどを話した。


「なるほどな。俺からしたらそんなに仲がいい友人がいることは羨ましいが」

「え?」

「だってキミのことを想ってくれての行動だろう? クラリスはお節介と感じたとはいえ、早々人のために何かするっていうのはできないと思うがな」


 言われて、確かにマリアンヌはずっと私のワガママを聞いてくれて昔から私のために色々としてくれていたことに気づく。

 今回NMAのことだって積極的に誘ってくれたのはマリアンヌだし、初対面のときはずっと拒絶して酷いことも言ったのに、それでもずっと辛抱強く一緒にいてくれた。

 それからは唯一無二の親友として私はマリアンヌ以外に心を開いていなかったのだが、ハーパーとオリビアだってマリアンヌがいてくれたからこそ仲良くなったわけで。

 いっつもマリアンヌが譲ってくれて、私を尊重してくれて、それに私は胡座をかいて、前世で私が酷くされたことなんてマリアンヌは知らないっていうのに。


「私、本当に子供だったんだな……」

「そりゃ、十五歳なんてまだまだ子供だろう」

「そ、そういうことじゃなくて」

「クラリスは面白いな」

「アイザックって優しいようで意外に意地悪ね」

「どっちも初めて言われたが、そうか?」

「えぇ、言われたことない?」

「友達自体いたことがないからな」

「えぇ!? 嘘!!」

「嘘をついてどうする」


 こんなに優しいのに友達がいないのか、と素直に驚く。

 そして、もしかしてアイザックも私と同じ引きこもりだったのかもしれない、と思い至り勝手に親近感が湧いてくる。


「なるほどなるほど〜、そうだったのね……」

「何だ急に。その意味ありげな笑みは」

「いえ、別に〜?」


 類友かもしれない、と思うと同時に気安くなった私を不審げに見るアイザック。

 だがそれも、「うんうん、わかるよ〜」と内心で思うくらいにはなんとなく心の距離が縮んだ気がする。


「というか、前々から気になっていたんだが、なぜクラリスはフードを被ってるんだ? というか、それ式服だろ、なぜいつも着ている?」

「え、いや、だって……目立ちたくないから」

「うん? それ被ってるほうが逆に目立つぞ」

「えぇ!? 本当!??」

「あぁ、陰でヴィリイとか呼ばれてるぞ」

「ヴィリイ!?」


 ヴィリイとは確か森の妖精のことだ。

 ヴィリイは人目を忍ぶ妖精で、その姿を見た者は誰もが虜になってヴィリイを恋しくなり、そして最期は泣き果てて死ぬだとかなんとか。

 当たらずとも遠からずの例えに、まさかそんなあだ名がついているとは思わず頭を抱えた。


「じゃあ、フード、外そうかな」

「そうしておけ。せっかく綺麗な髪をしているのにもったいないし、帽子を被ると禿げると聞くぞ」

「〜〜っ、言い方! もっと他に言い方ないの!?」

「というか、そろそろレポートやらないとマズいんじゃないか?」


 言われてそこでレポートのことがすっぽりと頭から抜けていたことを思い出す。

 あまりにも会話が楽しすぎてついつい時間を忘れていた。


「そうだった! ちゃんとやらないと」

「あぁ、よろしく頼むぞ」

「わかった。って、あくまで共同作業なんだからそっちも調べてよね」

「それは……善処する」

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