第9話 寮

「学園長のイメージが入学式のときと全然違ってびっくりした」

「私も」

「保険医のシーラ先生も美人で男子生徒から大人気と聞いてたけど、まさかあんな人だとは……」

「人は見かけによらないものね」

「えぇ、そうね」


 そんなことを話していると、あっという間に寮に着く。

 寮のある棟は校舎とは別棟に建てられているが、それぞれ転移魔法陣が設置されていて行き来はしやすかった。


「ここよ、火の寮」


 案内された先には煌々と燃え盛る焔がある。

 それを見て再びフラッシュバックしそうになるのを抑えながら、冷や汗をかきつつマリアンヌを見つめた。


「……もしかして、この中に飛び込むの?」

「えぇ、残念だけど。大丈夫、熱くないし燃えないから。なんだったら私が手を引いてあげるわよ? 目を瞑っててもいいし」

「お、お願いします」


 マリアンヌの手をギュッと握って目を瞑る。

 そして「行くわよ」と声をかけてもらった瞬間足を踏み出すとふわっとした感触のあと、すんっと薫ったのはちょっと古い木の匂いだった。


「クラリス、目を開けて?」

「っ、……わぁ……っ!」


 ゆっくりと目を開けるとそこは校舎とはまた違って自宅のような空間が広がっていた。

 今いるところは大きなリビングルームのようで談話室というらしい。

 校舎のバロック調の造りとは違い、モダンな雰囲気はとても落ち着いて自宅に帰ってきたような心地になった。


「あぁ、来た来た。デルトロさんとマルティーニさんだね。僕がここの寮長のピノだ。よろしくな!」

「よ、よろしくお願いします」


 寮長はハキハキとした背の高い男性だった。

 見た目からして陽キャで、思わず私は身構える。


「おやおや、怖がらせてしまったかな? 本当は色々と聞きたかったのだけど、もう時間も遅いから挨拶はこのくらいにしておこうか。部屋割りはもう済んでいるから割り当てられた部屋に行ってくれ。では、おやすみ〜!」


 話すだけ話して自室へと戻っていく寮長。

 マイペースなのか、あれが陽キャパワーなのか、とちょっと恐ろしくなる。


「では、私達も部屋へ行きましょうか。ちなみに、クラリスと私は同室にしてもらったわ」

「そうなの? 嬉しい!」

「あ、でも四人部屋だから他に二人いるわ。入ったら挨拶しましょう?」


 まさかマリアンヌ以外にも同室の子が二人もいるだなんて思わず、身構える。


(仲良くできるといいんだけど……)


 マリアンヌ以外に友達らしい友達がいなかったため、仲良くできるかどうか不安で顔が強張る。

 最初が肝心だと、前世のときのように関係を拗らせないようにグッと拳を握って覚悟を決めた。


「う。が、頑張る」

「ふふふ、そんなに気構えないで。私は何度か社交界で会ったことがあるけど、悪い子達じゃないわよ」

「うぅ……とにかく、頑張る」


 扉をノックすると「はーい!」と明るい声が聞こえる。

 どうやらまだ起きているらしい。

 私はドキドキし過ぎて口から心臓が飛び出しそうになりながら、意を決して中に入る。

 すると、突然視界が真っ暗になり、柔らかい何かに包まれた。


「〜〜〜〜っ!?」

「やーーーーん! お人形さんみたいって聞いてたけど、本当に可愛いー!!」

「さっきの魔力見たわよ〜!! すっごかった! あれってどうやるの!?」

「ハーパー、オリビア、落ち着いて。クラリスが死ぬわよ」


 酸欠であうあうしてると「あら、ごめんなさい!」「つい、興奮しちゃって!!」とそれぞれ離れてくれて、私はふらふらになりながら近くの椅子に腰を下ろした。


「クラリス、さっき言ってた同室のハーパーとオリビアよ」

「は、はじめまして、クラリス・マルティーニです」

「いやん! 声まで可愛い! 私はハーパー・ブランシルよ! ハーちゃんとかハープちゃんとか呼んでちょうだい」

「私はオリビア。オリビア・キャリーよ。本当もうなんという美しさなの? 美の秘訣を教えてほしいわ〜! 魔法使ってるわけじゃないのよね?」


 ハーパーは肩まであるブロンドの髪がウェーブがかった多少背の低い可愛らしい女性だ。

 どうやら可愛いものが好きなのか、ハイテンションで可愛い可愛いと言われ、あまりの勢いに圧倒されて怖がる暇もなかった。

 オリビアはマリアンヌよりも身長が高く、細身で長い黒髪の中性的な顔立ちの女性だ。

 ハーパーより多少テンションは劣るものの、私の魔力や美容が気になるようで手や頬など色々触られて、思わず目が白黒してしまう。


「ハーパー、オリビア。もう夜なのだからもう少し声は抑えめで話してちょうだい。あと、クラリスは先程まで寝込んでたんだから、あまりちょっかい出さないの」

「マリアンヌはいいわよねぇ〜! 幼馴染だからってクラリスちゃんに昔から会ってたんでしょう?」

「そうよそうよ。自慢ばかり聞かされて、私達はずっと会いたいのを我慢して今を迎えたんだから、ちょっとくらいはしゃいだっていいじゃない!」

「べ、別に自慢はしてないでしょう!」

「えー、マリアンヌったら『クラリスって可愛いお友達がいるの』っていつも言ってたじゃなーい」

「そうそう。魔力も高くて素晴らしいお友達だって!」


 マリアンヌは自分のいないところでそんなことを言ってくれてたのか、と彼女の視線を向けると、珍しく恥ずかしがっている様子で耳まで真っ赤にしたマリアンヌが恨めしげに二人を見ていた。

 マリアンヌのそんな様子を見て、二人はニヤニヤすると「とにかく、私達ずっと貴女とお友達になりたかったのよ?」「そうそう、やっと会えて嬉しいわ! 人見知りとは聞いているけど、ぜひともマリアンヌだけでなくて私達とも仲良くしてちょうだい」と微笑まれる。


「こ、こちらこそ。よろしくお願いします」

「やーーーーん、かーわーいーいーーー!!」

「クラリスちゃんって呼んでいい? っていうか、呼ぶわね? あー、もう今日は初めて一緒に寝るんだし、ベッドをフラットにしてみんな同じベッドで寝ましょうよ〜!!」


 二人はこちらの意見も聞かずにキャッキャキャッキャと魔法を使ってベッドの配置を変え出す。

 そして、サイドボードなどを取っ払って一つの大きなベッドを作り上げた。


「これ、怒られないの?」

「大丈夫じゃない? 朝、直せばいいでしょ!」

「私はクラリスちゃんのとーなり!」

「私も隣もーらい!!」

「あ、抜け駆けズルい! 二人とも〜」

「マリアンヌはいつも独り占めしてるんだからいいでしょ〜?」

「そうよそうよ〜」

「だから違うってばー! あーもー!! 今度は私がクラリスの隣に寝るからね!」

「ふふ、どうしようかしら」

「ねぇ?」

「きーーーーー!!」


 珍しいマリアンヌの姿が見れてちょっと面白くなる。

 入学式は不安なことも多かったが、こうして受け入れてもらえるのは嬉しかった。


「あ、クラリスちゃん笑った? 笑顔も素敵!」

「顔も小さくて本当天使だわ〜! いい夢見れそう」

「もういいから寝るわよ、貴女達」

「はーい」


 魔法で寝間着に着替えるとそのままベッドに横たわる。

 傍らにはハーパー、その反対にはオリビアと二人に挟まれて、ぎゅうぎゅうとくっつかれた。

 これはなかなかすぐには寝れそうにもないな、と思いながらも久々に感じる人の温もりに胸がほんのりと温かくなる。


 (仲良くなれそうでよかった)


 ハーパーとオリビアが良い子そうで良かったと安心しながら、私は明日から始業だから早く寝なければと目をギュッと瞑り、まだ起きたばかりで眠くないながらも寝ることに努めるのだった。

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