第10話 始業
「クラリスちゃんいい匂い〜」
「はぁ、癒される〜」
「こら、二人とも。寝なさい、って言ったでしょう」
寝れない。
全然、寝れない。
二人にくっつかれ、匂いを嗅がれ、色々身体中をまさぐられるように触られて寝ようとしようにも寝れる状態ではなかった。
「そういえばさ、入学式のときの彼。クラリスちゃんの知り合い?」
「入学式のときの彼……?」
ハーパーに言われた人物に心当たりがなくて、オウム返しすると「え、知り合いじゃなかったの?」とオリビアの声が弾んだ。
「入学式で魔力暴走したあと、クラリスちゃんを抱き上げてくれた彼よー!」
「抱き上げ……? え?」
「そうそう。クラリスちゃんが倒れ込みそうになったのところに颯爽と現れて、ガシッと力強く抱きとめてて、まるで王子様のようだったわ」
「ちょっと強面なのが残念だったけど」
「それを言わないの!」
何やらよくわからない話がハーパーとオリビアの二人が繰り広げられていて、助けを求めるようにマリアンヌを見つめる。
そして、「マリアンヌ、一体どういうこと?」と尋ねると「んー……」と言い淀むマリアンヌ。
なぜか言うのを躊躇っているようで、私また何かやらかしたのかと不安がこっそりと顔を覗かせる。
「実は、魔力暴走してクラリスが倒れそうになったとき、ノースくんが貴女を抱きとめてくれたのよ。そのおかげでどこも怪我しなかったでしょう?」
「言われてみれば……でも、え、抱き……っえ?」
「ちなみに、そのまま医務室へと運んでくれたのも彼よ」
「えぇぇ!?」
思わぬ事実に思わず大きな声を上げる。
入学式前に不可抗力とはいえ抱きつき迷惑をかけたというのに、まさか倒れたときも迷惑をかけただなんて……!
意識がなかったとはいえ、まだちゃんと面識すらないのに申し訳なさすぎると私は頭を抱えた。
「だから明日にでもお礼を言っておいたほうがいいわよ?」
「わ、わかった」
「でも、咄嗟にあーやって動けるって素敵よねぇ」
「本当本当! 女子はみんなテンションあがってたわよね」
「……え? みんなって……」
「そりゃ新入生全員よ! みんなが注目してたもの!」
「ねー! もう彼がクラリスちゃんと一緒にホールから出た瞬間、きゃあきゃあと黄色い悲鳴が上がって、先生に怒られたくらいだし」
早くも目指してたはずの喪女生活が暗礁に乗り上げそうな危機に青ざめる。
(なぜこうも注目を浴びるようなことばかりやってしまうのか……!)
理想とは真逆の事態に泣きたくなってくる。
「あ、だったら、新入生歓迎会のパーティーは彼と出たら?」
「そうよそうよ!」
「新入生歓迎会……?」
またまた聴き慣れないワードが飛び出して混乱する。
さっきから情報が多過ぎやしないだろうか、と私は目を白黒させた。
「あぁ、クラリスちゃんは聞いてなかったのか! 早速週末に新入生歓迎会のパーティーをするらしいわよ!」
「だからダンスのペアとか決めておけって」
「ドレス何にしようかしら〜」
「あ、クラリスちゃんのドレスは私が選びたいわ」
「あ、オリビアだけズルい! 私もクラリスちゃんのドレス決めたいー!!」
その後も盛り上がるハーパーとオリビア。
私は入学式のことや歓迎会のパーティーのことで頭がいっぱいで、「どうしよう、どうしよう」と一人内心パニックになるのだった。
◇
「……うー。本当ツイてない」
結局寝るに寝られず朝を迎え、ぼんやりしていたせいで始業早々遅刻しかけてしまった。
そのせいで同じ寮だというのにノースくんにも会えずじまいで、未だにお礼が言えていない。
しかもマリアンヌと寮は一緒だったのに、どうやらクラスは違うらしい。
さらにマリアンヌとハーパーとオリビアは同じクラスらしく、私だけ仲間外れのような形になってしまって泣きたくなった。
せめてもの救いはマリアンヌから昼食の誘いを受けたことだ。
とはいえ、ひとりぼっちで授業を受けているのだが、周りの視線がどうにも痛い。
なるべく目立たないようにずっとフードを被っているというのに、先生はなぜかバンバンと私を指名するし、「あ、昨日の魔力暴走の子」「うっわ、超キレーじゃん!」「すっげぇ美人〜」と周りで聞こえるくらいの音量で遠巻きにされて早速心が折れかける。
「ある意味喪女生活かもしれないけど、これは望んでたものじゃない……」
引きこもりだったし、前世のことも相まって私のメンタルは強くない。
そのため、今の中途半端な状態が一番精神的にキテいた。
「つらい」
泣きそうになりながらも授業を受けていると、突然先生が「ペアを組め」と言い始めて、いよいよ私に死亡フラグが立った。
いきなりペアを組めと言われても知ってる相手もいなければ、見知らぬ人に声をかける勇気もなくて途方に暮れる。
目の前で次々とペアができる中、「あぁああああぁああ、どうしよう!!」と半泣きでいると目に飛び込んでくるのはノースくん。
(ノースくんも同じクラスだったのか!)
見た限りまだ彼もペアを作れていないようで、「せっかく同じクラスなのだし、これはもうお礼ついでにペアになるのも手では?」と腰を半分上げたところで、誰かが私の隣の席に腰掛けた。
「もしよければ、ペアにならないかい?」
言われて顔を上げてこっそりフードの影から覗き込むと、アメジストの綺麗な瞳と短い金髪が似合う超絶イケメンが、爽やかな笑顔でこちらを見ていたのだった。
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