第8話 医務室

 すんすんと啜り泣くような声が聞こえて意識が浮上する。

 ゆっくりと重たい目蓋を持ち上げると、そこは見慣れない天井だった。

 天井に星空があるのを見て、一瞬外にいるのかと思ったがどうやら違うようで、何度か瞬きすると、魔法によって創られたものだと気づく。


「……ん、ここ、は……」

「クラリス! あぁ、もう……よかった……っ、本当に、よかった……っ!!」


 顔をぐしゃぐしゃに歪めるマリアンヌ。

 どうやらずっと泣き続けていたようで、目元は真っ赤に腫れて、いつもの穏やかな表情とは一変していた。


「ごめんなさい。私……」

「いいのよ、謝らないで。私が勝手に不安になって泣いてただけなのだから」


 涙をポロポロと流しながらも気丈に振る舞うマリアンヌに申し訳なさが込み上げてくるが、そんな私の様子を察して頭を撫でてくれる。

 いつもマリアンヌには甘やかされてばかりだと思いながら、彼女をこれ以上泣かせてはいけないと元気な素振りを見せるようにした。


「心配かけてごめんなさい。もう大丈夫だから」

「本当? 具合が悪かったりどこか痛んだりするところはない?」

「特には……。というか私、寮の振り分けから記憶がないのだけど、あのあとってどうなったのかしら?」


 身体が焔に包まれてパニックになっていたのは覚えているのだが、いかんせんその後の記憶はまるっきりなかった。


「魔力暴走を起こしてしまったようよ。クラリスは元々魔力が強いほうだから、エルフの聖水と反応していつも以上に力が放出されてしまったみたい」

「それで、焔が……。あ、でも私の身体は燃えてないわよ?」

「それはあくまで疑似だから。あれは魔力の質を確認するだけのものだから実際の焔とはちょっと違うのよ」

「それで……」


 確かに前世のような焼けつく痛みや焦げた臭いなどはなかったと思い出し、そういうことかと納得する。

 つまり私は偽物の焔にパニクって魔力暴走させてしまったのかと、入学式早々またとんでもないことをやらかしてしまったと頭が痛くなった。


「それで、意識を失って医務室に運ばれてからずっと寝てたのよ」

「そうだったのね。マリアンヌはずっと付き添っててくれてたのね、ありがとう」

「親友だもの、当たり前でしょう? それにしても本当に目が醒めてよかった」

「そんなに私ずっと寝てたの?」

「えぇ、もう今は夜だからね」


 言われて窓の外を見つめると、確かにとっぷりと日が暮れていた。

 入学式は朝からの開始だったことを考えると相当寝ていたらしい。


「ごめんなさい。せっかくの入学式だっていうのにマリアンヌまで巻き込んでしまって」

「いいのよ、私が待ちたくて待っていたんだから。それにしても同じ寮でよかったわね」

「えぇ、そこに関しては本当によかったわ」


 火に関連した寮というのは気に食わないが、マリアンヌと一緒ならば話は別である。

 寮が一緒ということは今までよりも一緒に過ごせる機会が多いということだし、素直に嬉しかった。


「おや、起きましたか」

「学園長……っ!」


 ツカツカと入口からやってくるのは入学式よりもいくらかラフな格好をした学園長だった。

 私が起きているのを確認すると、突然私の腕を掴み、そのあと「ふむふむ」と頷きながら私の瞳を覗き込んでくる。


「あ、あの……っ」

「おや、失敬。突然では不躾でしたね。魔力が安定しているかどうか確かめていましたが、落ち着いたようでよかったです」

「ご迷惑をおかけして申し訳ありません」

「いえいえ、気になさらないでください。それよりもこんなに魔力の強い生徒が入学してくれたことが何よりも誇らしい! マルティーニさん、貴女は今まで入学してきた生徒の中でも一、二を争うほどの魔法力の持ち主です。これからが楽しみですねぇ」


 立て板に水を流すように一気に捲し立てるような勢いで喋りかけてくる学園長。

 入学式のときとの話し方とは違って、早口で情報量も多いために起きたて頭にはつらいものがあった。


「は、はぁ……?」

「しかも、なんとも美しい! エルフか妖精のハーフです? 今まで出会った人の中でこんなに美しい人間を初めて見ました!! ぜひとも広報としてその美を我が校の宣伝に役立て……いってぇ!!」

「……学園長。何をなさってるんです?」


 学園長が喋ってる途中で突然スパーンと彼に雷が落ちたかと思えば、学園長の背後には青筋を立てた白衣を着た女性が仁王立ちで立っていた。


「し、シーラくん。突然雷を落とすなんて酷いじゃないですか」

「それはこっちのセリフです。先程まで寝込んでた生徒に何迫ってるんですか! しかも口説いてるし! 教職員ともあろう人がまだ年端もいかない生徒を誑かそうとしてるなんて、NMAの学園長としての品位をお考えください!」

「いやっ、違っ、誤解ですよ!」

「黙らっしゃい!!」

「痛ーーーーー!!!」


 再び雷が学園長に落ちる。

 それを口をあんぐりとさせながら、私とマリアンヌは傍観していると、シーラと呼ばれた女性はこちらに気づいたようで「はっ」と驚いた表情をしたあと「ほほほほ」と口元に手をおいて笑い始めた。


「見苦しいものを見せてしまってごめんなさいね」

「い、いえ」

「とりあえず、ここにいても落ち着かないでしょう? 体調が戻ったのなら寮に戻りなさい。ってあぁ、寮の場所とかわからないわよね」

「あ、私はわかります」

「そう? じゃあ、デルトロさん、よろしくね。マルティーニさんは、もしまた体調が悪くなったらすぐに医務室へ来ること。このバカ……んん、失礼。学園長は私が責任持って処理するから気にしないで」

「わ、わかりました」


 なんとなく力関係が見えたような気がしたが、気づかないフリをして私はお礼を言うとそそくさとマリアンヌと共に医務室を出るのだった。

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