第5話 失態
「とうとう、来てしまったわ……、NMA」
あのあと滑り台のように長い間光を滑り続け、吐き出すように出されたのがNMAの校門前だった。
どこかの森の中なのか、朝だというのに鬱蒼としているせいで日が届かず、多少寒さを感じる。
周りには同じように井戸から来たのであろう新入生達がたくさんいて、みんな利発そうな見た目に早速怖気づく。
しかもみんな知り合いなのか、到着するなり和気藹々としていて誰もぼっちがおらず、自分だけぼっちな状況に肩身が狭く心細くなった。
とはいえ、この事態は自業自得であるので、私は目立たないようにコソコソと移動していると不意に「クラリス!」と聞き慣れた声が聞こえてそちらを向くと最も会いたかった人物が目に飛び込んできて、思わずあまりの嬉しさに勢いあまって飛びかかるように宙を舞った。
「マリアンヌ!!」
ガバッと抱きついたはいいが、何やらやけに温かく、堅い感触。
マリアンヌはもっと胸元が豊満で、柔らかかったはずなのに随分とがっしりとした体躯になっているなぁ……と顔を上げると、そこにはマリアンヌと似ても似つかない少々強面の整った男性の顔があった。
「うっひゃああああ!? ご、ごめんなさい!!」
慌てて飛び退いて頭をペコペコと下げる。
(まさか、初めて家を出て早々男性に抱きついてしまうだなんて……!)
私は今まで味わったことがないほどの羞恥で頭がいっぱいになる。
顔も今なら火が出せそうなほど熱く、きっと私の顔は真っ赤だろう。
「いや、すまない。こちらもタイミングが悪かったようだ」
どうやら状況を察するに、マリアンヌに抱きつこうとした瞬間に彼がちょうど光の空間から現れたらしく、そのまま彼に抱きついてしまったらしい。
男はバツが悪そうに頭を掻く。
私が悪いというのに、謝ってくれるところを見ると案外見た目のわりには優しい人なのかもしれない。
そんなことを思いつつも、申し訳なさと羞恥心とで私はいっぱいいっぱいの状態でひたすら何度も頭を下げた。
(なんというタイミング! 恥ずかしすぎて、死にたい!! いや、死にたくはない! てか、こんなに注目を浴びさせてしまって申し訳ない!!!)
周りでは私があまりにも慌てているからか、くすくすと笑い声が聞こえる。
入学式の前からなんて恥を晒してしまったのかと頭が痛くなりつつ、喪女生活目指して静かに目立たないはずだったのに、なんてことをしてしまったのかと出だしから躓いて泣きそうになった。
「いや、そんなに謝らなくていい。気にするな」
それだけ言うとすぐに私に背を向けて行ってしまう彼。
(男の人でもこんな人がいるのか……)
とても男前で、こういう対応してくれる男性が初めてで、思わずポーーッと彼を見つめていると、マリアンヌに肩を叩かれ我に返る。
「もう、クラリスったら何をしているの〜」
「マリアンヌ〜!」
呆れたように笑うマリアンヌに今度こそ抱きつく。
そうそうこの感触だ、と私はすりすりと彼女に擦りついた。
「もう、そそっかしいんだから。ほら、行くわよ?」
「うぅ。はーい」
半泣きになりながら、マリアンヌに手を引かれて校門をくぐる。
まるで保護者とその子供のようだが、やらかしてしまった手前恥ずかしいからやめてとも言えずに大人しくついていく。
「凄いわね、NMA。引きこもってたから色々と知らないことばかりな私が言うのもアレだけど」
「ふふ、そうね。でも実際に私も凄いと思うわよ? 噂でしか聞いたことがなかったけど、とにかく他の学校と比べて一味違うことは間違いないようね」
校門をくぐると先程まで森の中にいたはずなのに景色が一変する。
そこは幻想的な世界だった。
至るところの花が満開の状態で咲き誇り、空からキラキラと光の粒子が降り注ぐ。
初めて見る光景に思わず「綺麗……」とうっとりと声を漏らした。
「さすがNMAね。新入生歓迎のための演出だろうけど、凝っているわ」
「え、これ今日のためだけ!?」
「多分そうじゃないかしら? 毎日ではないと思うのだけど、私もよくわからないからあくまで憶測ね」
「凄すぎる、NMA……」
NMAは謎に包まれていることが多く、どんな学校なのか噂の範疇でしか知らない情報が多い。
なぜ毎年卒業生がいるにも関わらず、こうも情報が外に漏れずに謎に包まれているかというと、実際は情報が出ないのではなく、学園長の気まぐれで学校の場所も校舎の見た目なども毎年様々なものが変わるからである。
そのため、全てが全て憶測や過去の例からの推定することしかできず、未だこの学校は謎に包まれているということらしい。
正直、手間と労力がかかりすぎでは? とも思うが、それも含めてこの学園が魔力に優れ、優秀であることの誇示になるそうで、とことん喪女を目指す私とは考えが合わないなと思う。
「これが、校舎……?」
そして今回のNMAの校舎は湖の上空に浮いていた。
水晶でできたような光沢のある校舎は光を受けて乱反射しているようで、あたり一帯に虹彩を放っていてとても綺麗である。
「どうやって行くのかしら」
「あそこを見てみて。あれに乗って行くようね」
マリアンヌが指差した方を見ると、新入生らしき人が何かに乗っているのが見える。
どうやら、魔法がかかったリフトのようなものがあり、それに乗って校舎に行くらしい。
私達も早速リフトの前に行くと、妖精達が目の前に現れて私達に魔法をかけてくれて、一緒のリフトに乗せてくれる。
ふわっと身体が宙に浮かぶのに多少恐怖は感じるものの、初めての体験に心躍った。
未知のものばかりに、思わず私が「凄いわね!」と興奮しながら話すとマリアンヌは嬉しそうに微笑んだ。
「ふふ、クラリスのそんな顔が見れるなんて、私もNMAに入った甲斐があったわ」
「な、何を言ってるの。マリアンヌには色々な私を見せてるじゃない」
「でも、一緒に出かけるのって初めてでしょう? 今まで頑なに外に出ようとしなかったじゃない」
「それは、そうだけど……」
「だからこうして一緒に出掛けられたのは嬉しいわ」
「マリアンヌ……!!」
実際にNMAに招待されてなければこうして外に出ることもなかったし、マリアンヌと一緒に過ごすこともなかっただろう。
外に出てみると案外平気かもしれないと思いつつも、どうしてもマリアンヌ以外から顔を見られるのは抵抗があって、誰かと目が合いそうになるとすぐに逸らしてしまい、顔を見られたかもしれないと思うと胸が騒つく。
でもこれからこの生活が続くと思うとずっとソワソワしているわけにもいかないし、そもそもこの心理状態が続くようならメンタル的に死ぬ。
だから克服しなければならないのだが……。
「早くクラリスのトラウマがなくなるといいんだけど」
「うーん。そう、だね……」
もはや呪いに近い前世の記憶。
未だに思い出せるほどの苦痛や絶望感は並大抵のものではなく、これを克服するのはなかなか難しかった。
けれどいくら幼馴染で大親友のマリアンヌといえどそんなことまで言えるはずもなく、苦笑しながら誤魔化す。
「なくなれば、いいんだけどね……」
そんなことをぼそりと呟きながら、私は静かに空中浮遊を楽しむのだった。
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