第4話 いざNMAへ

 あれからはもう、マルティーニ家ではてんやわんやの大騒ぎだった。


「クラリスにNMAから招待状が!!」


 父が帰ってくるなり母と姉はダッシュで父に報告し、それからは使用人を交えての上へ下への大騒ぎ。

 いつもニコニコと柔和な父もこのときばかりは興奮し、「とうとう我が家からもNMA生が!」と、いつにないほどのハイテンションでそのままの勢いで胴上げでもされるのではないかというくらい褒められ、喜ばれ、大いに戸惑った。

 そのため、「実はNMAを辞退して別の学校を受験したいなーっと思って……」と静かに本音を漏らせば、家族どころか使用人達からも一斉に悲鳴が上がり、母なんかはあまりに驚きすぎたため卒倒してしまった。

 それからは大反対どころではなく、文字通り朝から晩まで家族や使用人達から延々とかわるがわる説得にあたられ、時には憤りながら脅され、時には情に訴えながら泣き落としをされ、私はついに根負けして渋々NMAに行くことに決めたのだ。

 我ながら、前世もそうだがどうやら押しに弱いらしい。

 以前の家族に比べたらマルティーニ家の家族はみんな優しいが、一度決めたらとても頑固なのだ。

 しかも、みんながみんな「高官になりたいのでしょう? だったら一番の近道はNMAに入学することよ! クラリスのために言ってるのよ?」と自分のためを想いながら言ってくれているのは理解していたので、余計に断りづらかったというのもある。

 そんなわけでNMAに入学すると決めたのだが、そこからは毎日が地獄だった。

 まず、今までちゃんとやってこなかったツケが回ってきた。

 そう、身嗜みについてである。

 NMAは優秀な魔法学校であるために、比較的に王族や貴族が多い。

 いくらコネで入学できないとはいえ、血筋などである程度の素質が決まっているそうで、必然的に庶民からの入学者よりも上流階級の人々が多いと言われている。

 そのため、寮暮らしで侍女も連れていけない以上、そんな上流階級もたくさん集まる学校に普段のようなみすぼらしい格好はさせられないと今までの家族とは打って変わって非常に口煩く、耳にタコができそうなほど身嗜みについて言われまくった。

 もちろん小言は身嗜みだけではなく、貴族としてのマナーはもちろん、一応マルティーニ家は伯爵家なのでそれに見合った教養などを全て手厳しく叩き込まれてきた。

 幸い以前の記憶があり、ある程度前世の知識と重複するマナーや教養などがあったのでゼロからスタートでなかっただけマシなのだが、それでも今までサボっていたぶん血反吐が出そうなほどビシバシとしごかれて毎日フラフラだった。

 正直、「違う意味で死にそう……」とも弱音を吐く日もあったが、社交界などを頑なに断り続けていたせいで人脈がまるでなく、入学したらマリアンヌ以外誰も知らないという中に飛び込むことになるため、前世のように受け身のままでいると何かイレギュラーなことがあったとき、そこで詰む可能性が非常に高いことは承知していた。

 なので前世の悪夢を繰り返したくない私は、今できる最大限のことはやっておかなければと、今世での最大目標である平穏な喪女生活を送るために、奮起し毎日そのノルマをこなしてきた。

 そしてあっという間に時は過ぎ、いよいよ今日はNMAの入学の日である。


「時にはつらく接することもあったかもしれないが、よく頑張ったな、クラリス」

「ありがとうございます、父さま」

「我が妹ながらここまで本当によく頑張ったわ、偉いわ!」

「ありがとう、ミランダ姉さま」

「わかった? クラリス。私達が近くにいないからと言ってマルティーニ家の人間として恥ずかしくない行いをするのよ」

「はい、母さま」


 私が返事をすると、今までのスパルタな彼らはどこへやら。

 みんな一斉に涙ぐみ、私に抱きついてくる。

 彼らは本当に優しかった。

 私のワガママに多少なりとも苦言を呈することはあったが、私の主張を認めてくれることが多く、社交界に出ないという貴族の中でも非常識なことであっても、私が本気で嫌がっていることを察して意思を尊重してくれた。

 今回のNMAへの入学辞退だけはさすがに認めてくれなかったとはいえ、私の将来を案じてくれていることは理解していたし、実際に私のことを真剣に考えてくれたことは知っていた。

 だからこそ、私も彼らの期待に応えるべく頑張らねばならないと今まで必死にやってきたのだ。


「寂しくなったり何かあったりしたらすぐに手紙を送ってね」

「わかったわ」

「マリアンヌちゃんにもよろしくね」

「えぇ、入学式の前に会えるといいのだけど」

「……何度も説得した僕が言うことではないが、もしどうしても会わないとか逃げたくなったらいつでも戻って来なさい。クラリスの居場所はちゃんとここにあるから」

「ありがとう、父さま。いってきます」


 予め用意しておいた荷物を片手に彼らに手を振る。

 そして、NMAの入学式へ行くために自分の井戸の前に立つと招待状に書いてあった通りの手順を復唱した。


「えーっと、荷物を持ち、『我、ノワール・マジカル・アカデミアに選ばれしクラリス・マルティーニ。道を拓き、我を導け』と井戸の前で唱えて、井戸の中に飛び込む、と」


 井戸に飛び込む、という部分は正直恐い。

 我が家の井戸の深さは結構あるし、万が一ちゃんと通れなかったら溺れて死ぬ可能性がある。


 (前世で火炙り、今世で溺死なんて勘弁よ……!)


 そう祈りながら、私はギュッと荷物を持つ手に力が入る。

 そのまま井戸の上に立つと、目を瞑ってゆっくりと深呼吸した。

 まだ怖気づいている部分もあるが、それをどうにか押し留めながら、心の中で自身に「覚悟を決めるのよ、クラリス」「目指せ、喪女生活!」と何度も言い聞かせる。

 そして心を落ち着けた私は覚悟を決め、大きく口を開いた。


「我、ノワール・マジカル・アカデミアに選ばれしクラリス・マルティーニ。道を拓き、我を導け」


 呪文を唱えた途端、井戸の奥から今までにない光が放たれる。

 そして、私はギュッと目を瞑りながらその中に勢いよく飛び込んだ。


「……す、すごい」


 なぜか水の感触はせずに、苦しさも感じずに目を開くと、そこは不思議な光の空間だった。

 眩しさを感じるわけでもない、優しい光が溢れる空間。

 こんなの初めて見た、とちょっと感動する。

 よくよく考えてみたら、今まで引きこもりだったため、家から出たのはこれが初めてだと気づいて我ながら情けなくもなるが、この一歩は大きいと自分で自分を慰めるように自身に言い聞かせた。


「一体どんなところなのかしら、NMA」


 場所も見た目も謎の学校。

 期待よりも不安が勝りながらも、私は光に身を委ねたのだった。

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