第2話 生まれました
「……ふふ、すやすや眠ってるわね」
「あぁ、気持ちよさそうによく寝ている。それにしても、我が子ながら惚れ惚れするほどの美しさだ」
「えぇ、私達の子とは思えないほど綺麗なお顔。まるで生ける天使のようね」
「お互いのいいとこ取りというやつだな。ほら、この鼻の高さや綺麗なバターブロンドの髪はメルルそっくりだ」
「そんなことを言ったら、このふっくらとした唇はオスカーそっくりよ。睫毛の長さも貴方に似てとっても長いし、肌の色もまるで人形のように美しいわ」
何やら話し声が聞こえる、とぱちりと目を開けるとそこは知らない場所だった。
先程まであった光景とは違い、とても穏やかで暑さも痛みも何もなく、嘲笑される声もない。
(あれ、私……処刑されて、火あぶりの刑で死んだはずじゃ……!?)
混乱しつつぼんやりとする視界の中、身動きを取ろうにも身体は重く、何かを喋ろうと口を開くも出てきた言葉は意味をなさない音。
だが、その声で気づいたらしい二人が私の顔を覗き込むように大きな顔を近づけた。
「あら、クラリスが起きたわ」
「おや、本当だ。あぁ、やはり大きくてつぶらな瞳はメルルそっくりだ」
「瞳の色はオスカーよ? 綺麗に澄んだ青空のような瞳」
何やら二人が話しているのが聞こえる。
私の顔をじーっと見つめて、ニコニコと微笑む彼らを私も見つめ返した。
「まぁ、こっちをじっと見ているわ」
「本当だ。あぁ、なんと愛らしい! クラリス〜、僕がキミの父さんだよ〜」
「私が母さんよ〜」
そして彼らはあやすように手を振ったあと、私の身体を持ち上げ、私をギュッと抱きしめた。
(温かい)
あの身を焦がした炎なんかとは比べものにならないほど心地よく、私は思いっきり声を上げて泣いたのだった。
◇
どうやら私は前世の記憶を持ったまま転生したらしい。
この世界は前世の世界とは違い、魔法のある世界で、かつて過ごした世界のように貴族制度は現存すれど、それ以外は言葉も世界も何もかもが違っていた。だから、いくら前世の記憶があると言えども私にとって初めてのものばかりで、どれもこれも新鮮に感じられる。
そして今世では以前の家族とは違い、父のオスカーも母のメルルも私に優しく、姉のミランダも可愛がってくれて、以前の世界に比べたら天国のような場所だった。私は彼らにクラリスという名を与えられ、マルティーニ家の伯爵令嬢として、それはそれは慈しんで育てられた。
全てが全て前世とは違って理想的な生活。
だが、唯一前世との共通点があった。
「あぁ、クラリス。今日もなんて美しいの! せっかくですから、もっと美しく見えるように髪を結いましょう?」
「ほら、こっちの服もきっと似合うわよ。ぜひ着てみてちょうだい」
「嫌よ! 絶っ対に嫌! 私は地味な方が好きなの!!」
十五歳になった今、今日も今日とて私は逃げ回る。
なぜなら……
(また私は美人に生まれてきてしまったから!!)
バターブロンドにスカイブルーの瞳。
高くスッと通った鼻筋にふっくらとした唇。
睫毛も長く、色も薄くまるで陶磁器のようなきめ細やかさ。
(自慢じゃないが、自他ともに認める美人として、私は再び生まれてきてしまったのだ……!)
よりにもよって、なぜこんな美人で生まれてしまったのか。
前世のことを思い出すだけで身震いをする。
見た目がいいというだけで処刑されたかつての私。
あの灼熱で身を焦がしたことを今でも鮮明に覚えている。
だからこそ、今世こそは……
(喪女として生きると決めたのだ……!!)
今世こそ前世とは違って目立たず、引きこもり、己の力のみで生き抜いていき、生涯を全うすると生まれてすぐに誓ったのだ。
そのためにはこの見目の良さを隠さねばならない。
だから私は生まれてからずっと髪を伸ばし、ボサボサで服も目立たないような色や流行りとは違ったアースカラーのドレスばかりを着てきた。
社交界にも出ずに引きこもり、男性からの誘いも尽く断り、この世で生きるために何が必要かをひたすら研究し、結果自分の力だけで生きていくために手に職をつけることに決めた。
私の魔法の能力は比較的に高いそうで、母曰く、それだけ能力があれば高官として重用してもらえるかもしれないらしい。
もし高官になれたなら、例え求婚されても仕事を理由に申し出を断ることができるそうで、家としての判断ではなく、自分で結婚の判断ができるのだ。
もちろん、今のマルティーニ家に不満があるわけではない。だが、前世でのトラウマで売られるもしくはやむを得ない事情で嫁に出されるかもしれない可能性があることを考えると、そのリスクを避けられるのは私にとって願ったり叶ったりだった。
前世では引っ込み思案で自分の意思をはっきり表示できなかった私は、今世では前世とは違い、いかに異性に見染められることなく喪女として生きられるかに注力し、そのための主張は何度もしてきた。
今現在、母と姉から逃げ回っているのもそれが理由で、彼女達は私をどうにか着飾らせようとあの手この手を使ってくる。
私だって前世のように見目がいいってだけであらゆる男性から求婚されるなどとは思ってもいないが、これはある意味トラウマであり、自意識過剰と言われようが絶対に嫌なものは嫌だったのだ。
一応家族は私の意思を汲んではくれるものの、最低限の身嗜みはしなさいとここ最近は特に煩かった。
「クラリス〜! いい加減、もうすぐ十六になるのだから一人前のオシャレはしないとダメよー!」
「そうよそうよ! 貴女がいくら可愛いからって、ちゃんと磨いてからこその美よ! 手入れを疎かにしてはダメ!」
「わかってるけど、もうこれで十分よー!!」
家の中をひたすら駆け回る。
はしたないと言われようが、なんと言われようが、私はこれだけは絶対に譲れないのだ。
「クラリスさまー!!」
「なぁに、今逃げてる途中なのだからあとにしてー!!」
後方から母と姉に混じって侍女のイラが追いかけてくる。
彼女は足が速く、母と姉をすぐに追い抜くと私の隣を並走し始めた。
「えー、いいんです? マリアンヌさまがいらっしゃいましたが」
「えぇ!? マリアンヌが!!」
「はい。今は庭園でお待ちいただいております」
大好きな幼馴染であるマリアンヌが来ていると聞いて、私が急停止すると、母と姉はそのまま突っ込んでくる。
そして、「やっと確保したわよ」「もう逃がさないわ!」と身体を拘束されてしまった。
「あ、待って、母さま、姉さま! マリアンヌが来てるって言うし、待たせてはいけないから離して!」
「ダメ〜! そんなぼろぼろの身体でマリアンヌちゃんに会わせるわけにはいかないわ」
「そうよそうよ。それに貴女の大好きなマリアンヌちゃんの前でなら別にいくら綺麗にしたって構わないでしょう? 庭園なんて身内以外誰も入らないんだし、見られないわよ!」
「でも……っ」
「クラリス〜? それ以上抵抗するのなら、社交界へ出すのもやぶさかではないわよ? 今週末に招待されている舞踏会があるのだからね?」
さすがの母も、みすぼらしい格好のまま逃げ回る私に堪忍袋の緒が切れたのだろう。
いつもニコニコしているというのに、さすがにこの状態で幼馴染と言えど来客を出迎えるなど言語道断だと言わんばかりに、笑顔の裏に怒りが滲んでいた。
「う。……わかりました」
さすがに背に腹はかえられない。
今ここでおめかしさせられるか、社交界に出るかの二択であれば、今マリアンヌの前でのみ着飾ることを選択せざるを得ない。
私は渋々そのまま二人に両脇からガッチリ拘束されると、そのまま自室へと連れ戻されるのであった。
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