前世で傾国の悪役令嬢と呼ばれた私、今世では喪女を所望します!

鳥柄ささみ

第1話 前世

「この、クソ女!!」

「オレ達の金を食い散らかしやがって!!」

「とっととくたばれ!!」

「好き勝手しやがって……っ!」

「見た目だけがいいだけの頭空っぽ女が!」

「私利私欲のために国王を誑かすだなんて!!」


 ゆっくり、ゆっくりと歩くたびに聴衆達から罵倒される私。

 首には重い枷をつけられて、足取りは重い。

 前日に散々嬲られ、看守から慰みものにされた身体はどこもかしこも痛み、歩くのすらやっとだった。

 だが、前に進む足が少しでも遅くなるとすぐさま私の前方にいる処刑人の男に力いっぱい引っ張られる。首がグッと勢いよく絞めつけられて、私は思わずえずく。

 そんな様子など構わず、男はぐいぐいと力ずくで引き摺るように引っ張り続けた。私は苦しいながらも必死にたどたどしくも歩き、咳き込みながら前に進む。

 あまりの苦しさに私は大きく身体をひしゃげ、ふらふらよぼよぼと足取りはおぼつかなく、その姿はまるで老婆のようであった。


「ざまぁみろ!」

「これでも食らえ!」

「痛っ!」


 側頭部に強い衝撃を受け、ふらっと身体がよろめいて転ぶも、「何をやっている! さっさと立て!」と再び男に引っ張られて無理矢理立たせられる。

 痛みで涙が溢れて視界が滲む。

 じくじくと何かが当たった箇所が痛み、切れて血が出たのだろうか、つぅっと何かが頭を伝っているのを感じた。


「俺たちの金で遊びやがって!」

「このクソ女!!」


 一人がやると同調して複数の人々も真似をし、続けざまにまたいくつも石を投げられる。

 全身至るところに当てられ、身体中が痛み、私は顔を歪めた。


 (痛い。苦しい。つらい)


 手が拘束され不自由なために鼻水も涙も涎さえも拭うことができず、酷い顔を隠すことすらできないまま衆目に晒されながらも、必死に歩を進め続けた。

 それを見た聴衆達は、なんとも醜い姿だと、一斉に沸く。

 ある者は腹を抱えて笑い、ある者は指を差していい気味だ、と嘲笑い、私はひどく惨めな気持ちになった。

 けれど、そんな気持ちなど誰も気づかないし、気づこうともしない。

 なぜなら、


 (……私が悪女だから)


 見目の良さで国王を誑かし、湯水のように金を消費させて国を傾けさせた、傾国の悪役令嬢。

 それが、国民達が知っている私だ。


 だが、事実は全く違っていた。


 実際の私は、人より見た目がいいだけのただの女だった。

 男爵令嬢として生を受けたが、上昇思考もなければ、ただ普通に生活がしたいだけの、どちらかといえば引っ込み思案な女だ。

 それなのに、私の知らぬところで見目がいい女がいると評判になっていて、噂はどんどんと広がり、私が気づいたのはあらゆる地域の貴族の男性達から求婚を申し込まれてからだった。

 毎日毎日、近くに寄ったついでに一目で見たい、噂を聞きつけていてもたってもいられなくなった、ぜひ婚約させてほしいから、と様々な理由をつけて男性達から会うのをせがまれ、まるで動物園の動物のように好奇な眼差しで見つめられる日々。

 そしてそれは、いつのまにか国王のもとにすら届き、私は国王の側室として嫁がされた。

 本来静かな生活を望んでいた私にとってこの婚姻は寝耳に水で、家族に抗議したものの既に大金を積まれていた家族は一切耳を貸してくれなかった。

 私は逃げることすらできず単身で城に入ることになり、味方も知り合いも誰もいない中、毎日ビクビクしながら過ごしていた。

 だからこそ、国王なんて誑かすなんて恐れ多く、そんなことはこれっぽっちも望んでいなかった。


「なんて美しいんだ」

「毎日見ても飽きないほど美しい」

「こっちを見ておくれ。あぁ、そうだ。私を見ておくれ」


 国王がしみじみと私を見つめ、惚けるようにうっとりとする。

 それを恐縮しながら縮こまる私。

 生きていて、私にも意思があるというのにそれを全て蔑ろにされ、まるで見せ物のように扱われる。

 どこへ連れて行くにでも私を従え、見せびらかす国王の姿はとても得意げであった。

 だが、そんな国王……いや、国王から仮初であろうと寵愛を受ける私を正妻が許すはずがない。


「見た目が取り柄だけの能無しのくせに」

「陛下を独り占めにして、今に見ていなさい」

「目にものを見せてあげる」

「私が正妻というのを思い知るがいいわ!」


 見た目しか取り柄のない私よりも正妻のほうが何枚も上手であった。

 正妻はまず従者達を味方にし、それから国民を味方にした。

 私がいかに悪女であるか、今回の婚姻も婚姻以前から私によって仕組まれた罠であり、私はこの見た目で国王を誑かし、私が国王にあらゆるものを貢がせ、国民の税金を湯水のように使っている傾国の悪女だと言いふらした。

 実際に私は多額の金を積まれてほぼ売りに出されたようなもので、実家はその資金によって潤い、家を建て替えていたり領地開拓したりしていたことも相まって、それが事実である証拠だと信憑性をもたらした。

 そして、私を国王に取られた貴族達や国王に自慢された人々も嬉々としてその噂を広め、「そんな女だったなんて知らなかった」「あぁ、あんな女を手に入れずに済んでよかった」「私もあの女は何かあると思ったのだよ」などと私を貶める話がどんどんと広がっていった。


「貴様を国家反逆罪で逮捕する」


 身に覚えのない罪で拘束されたとき、それを見ていた正妻のしてやったりといった顔は今でも忘れられないほど脳裏にこべりついている。

 私を見下し、侮蔑しながらも勝ち誇った瞳。

 目障りな私という存在が消えることに歓喜の色を滲ませたその瞳は、とても禍々しいものだった。


「判決を言い渡す。貴様は国王を誑かし、国民からの血税である金を私利私欲のために浪費し国に危機をもたらしたことにより、死刑に処す!」


 裁判ももちろん仕組まれたもので、満場一致の死刑判定。

 私は絶望し、抗議しても誰も耳を貸してはくれない。

 こんな顔に生まれたくて生まれたくてわけではないのに、みんな「こんな美しい人を見たことない」と惚けるように私の容姿だけを評価していたにも関わらず、作り上げられた私のイメージで評価を下す。


 (私がどんな人物か知りもせずに、知ろうともしなかったくせに、この手のひら返し。私の人生は一体なんだったの……!?)


 とうとう処刑場へ到着し、中心にある台に括りつけられる。

 そして処刑人が罪上を読み上げると、聴衆に見せしめるように私の周りに薪をくべて火をつけた。


 (熱い。痛い。苦しい)


 肌がジリジリと焼かれ、肉の焼ける臭いがする。

 じわじわと肌を焼かれる苦痛。

 肺には煙が流れ込み、呼吸するのが難しく、苦しくて涙が溢れ出した。

 そのあまりの痛みと苦しみに泣き叫ぶも、聴衆達はその様を手を叩いて笑い、喝采する。


「これで魔女は去った!」

「燃えろ燃えろー!」

「苦しめ! はっはっはっはー!!」


 意識が遠のきながら、罵倒する声が脳内を木霊する。


 (あぁ、次の人生は……っ! 次こそは……っきっと)


 私の意識はそこで途絶えたのだった。

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