第242話 一夜明けて
「マール先輩はいつ寝てるんだ?」
翌日。早朝から学園中にバラ撒かれた『魔法学園通信』には、昨夜の寮対抗戦の推移と、私とマリーニュさんの決闘の様子が書かれていた。
もちろん、他の情報も載っているけれど、扱いは小さい。王都で謎の暴力事件が発生とかいうニュースは、もっと大きく取り上げるべきじゃないかなあ。
しかし、一晩で記事を書き、大量にコピー(?)して学園中にバラ撒くなんて、一体どうやってるんだろう。マール先輩に協力者がいるんだろうか。
登校したはいいものの、教室に行ったら大変なことになると思って、授業が始まるギリギリまで中庭で時間を潰してる。
「寮対抗戦は静かだったみたいですね」
「浮き足立ちすぎでしょ」
記事を読む限り、昨夜の寮対抗戦は一進一退の攻防が繰り広げられ、結果、各寮の自陣は変化していないとのこと。……いい言い方をすれば、だけど。
本当のところは、多くの生徒が対抗戦に身が入っていなかったようだ。そりゃまあ、使い魔で決闘の様子を盗み見しながら戦えるはずもないよね。
記事によれば、使い魔を持つ生徒に決闘の様子を訊く者も多く、まともに戦っていなかったのがわかる。
でもまあ、生徒の多くは十代の若者だから、こうなっちゃうのもわかる気がしなくもない。少し安心したな。
「決闘の方がスペース大きいですね」
「八年ぶりとはいえ、個人の戦いを四ページも……」
ヨナの言うように、寮対抗戦よりも私とマリーニュさんの決闘の方が記事が大きかった。
決闘開始からの時間経過と戦況の推移が表になっている。加えてMAPも用意されていて、お互いがどう動いたのかもわかるようになっている。気合い入れすぎだわ。
……なるほど。この表とMAPを見ると、決闘開始直後からマリーニュさんは罠の設置に動いているのがわかる。最初から私を罠にハメようとしてたんだな。
もし私が決闘開始と同時に突っ込んで行ったら罠の設置中に戦闘になっていたかもしれないな。
まあ、たらればを考えても仕方ないけれど。
私の動きもMAPに記載されていたけれど、さすがに闇の精霊で使い魔の視線を遮断した時には「この時点ではどれが本体かわからなかった」と、正直に書かれていた。マール先輩のことだから、見えてましたよ! とか書きそうだったんだけどな。
「ここにいたんですの」
「マリーニュさん……」
と、『学園通信』に夢中になっていると、マリーニュさんが中庭に入って来た。少し疲れて見えるけれど、背筋を伸ばして堂々と歩いてくる。さすがだと思う。
立ち上がって迎えると、少し離れたところでマリーニュさんは立ち止まり、小さく息をついた。
そして、意外にもスッキリしたような顔で言った。
「負けましたわ」
「え?」
「勝てると思っていたのですが、まさかあの罠を突破されるとは」
潔い敗北宣言に呆気にとられる。まさかここまで潔いなんてっ。
あ、イーラは黙っているものの、めっちゃ睨んできてる。納得していないな。
いや、それよりも、マリーニュさんに伝えることがある。
「いえ、決闘に勝って勝負に負けてますよ。あの罠を踏んだ時点で、普通なら負けてます。
昨日から考えていた理由を伝える。普通なら負けていたんだし。
って、うおっ。イーラの視線が一気に険しくなった。
『せっかくマリーニュ様が潔く負けを認めているのに、その想いを無駄にするのか』
そんな心の声が聞こえてきそうだ。
だけど、納得できてないのは私も同じなんだ。だから、ここは譲れない。
「決闘に勝って勝負に負けた……。ふふっ、そうなのね」
「ええ。なので、引き分けでお願いできません?」
そう告げると、マリーニュさんは声を押し殺して笑った。意外と可愛らしい仕草だ。
「面白いわね。わざわざ勝利を捨てるの?」
「自分が納得してないだけですよ。これが命を懸けた戦いなら違いますけど」
「……いいですわ。でしたら、決着は秋の大会でつけましょう」
「いいですねっ、真の決着は秋の大会で! いい記事が書けそうです!」
うわ、でた。
いつの間にかマール先輩が二人の間にいた。隠密でも持ってるのかっ!?
「では、秋の大会への意気込みを……って、速っ!?」
速攻でマリーニュさんは中庭から退散していた。本当にマール先輩が苦手なんだな。
だけど、軽く片手を上げていった姿は随分と柔らかく見えた。
さて。それじゃ私も退散────。
ガシッ。
「逃がしませんよ」
「逃げるんじゃなありません。授業に遅れるからです」
見計らったように予冷の鐘が鳴る。悔しそうにマール先輩は手を離す。
「では、お昼休みにインタビューをお願いしますよ」
「面倒だなあ」
「そんなこと言わないでくださいよ。あの広範囲かつ分散した闇の領域や、マリーニュさんの罠を回避した方法とか聞かせてくださいよ」
「企業秘密でーす」
マール先輩を置いて校舎に入る。
(昼休み、どうやってマール先輩から逃げようかな)
なんて考えていたんだけど、それが甘かったとわかるのはすぐだった。休憩時間のたびにクラスメイトに囲まれることになったから。
やはり決闘に勝ったという事実は、クラスメイトが距離を縮めてくる理由として十分だったようだ。質問攻めに会い、昼食前にはもうグッタリだよ。
「今度はお前が有名人だな」
ニヤニヤと笑いながら、ドロシーは言ったものだ。
くそう、三不粘の件を根にもってたな。
っと、いかん。ドロシーの相手をしている場合じゃない。早く逃げないとマール先輩がインタビューに来ちゃう。
手早くヨナ特製サンドイッチを食べて、さてどこに逃げようかと考えた時だった。
「「マイさん、ここにいたんですね」」
……ん? 声がダブッてる?
見ればマール先輩と……ああ、決闘前に私を呼びにきた学生会の人が、お互いを牽制しながらやってきた。珍しい組み合わせだなあ。
「インタビューにきましたよ!」
「会長がお呼びです」
ほぼ同時に用件を口にして、睨み合う二人。仲がいいのか悪いのか微妙なところだな。
「私が先ですよ。インタビューの約束をしてましたからねっ!」
「約束なんかしてませんよ」
「裏切者おっ!」
マール先輩はアポを取る大切さを覚えた方がいい。
結局、私は学生会室に出向いたのだけれど……。
「どうしてマール君がいるんだい?」
「取材させていただこうかと!」
マール先輩は排除された。
学生会室のドアが閉まると、防音性が高いのか静かになった。これ、逆に室内の音も外に聞こえないよねえ。
「さて、少し騒がしかったけれど、よく来てくれたね」
会長さんの言葉にどう返せばいいんだろう。学生会長からの呼び出しを無視できるはずもないからねえ。
「用件は薄々気づいていると思うけれど、マイ君の学生会入りの件だよ」
「……どうなったんでしょう?」
相変わらず険しい顔で睨むように見てくる副会長さんを一瞥して、問うてみる。昨夜の決闘、勝ったけれど、罠にかかるという間抜けなところを見せちゃったからなあ。それがどう評価されているのか。
会長さんは副会長さんと視線でやり取り。副会長さんが前に出て、小さな箱を差し出してきた。
箱の中身は……。
「バッヂ?」
「学生会のバッヂだよ」
ああ、言われてみれば。水晶を囲むように四頭の竜がデザインされているバッヂは、確かに会長さんたちの襟元に光っている。ということは……。
「おめでとう、マイ君。私たち学生会は君を歓迎するよ」
「……合格なんですか」
「不満かい?」
「ええ、まあ。あの勝利は納得していないので」
満面の笑みの会長さに、変わらず無表情な副会長さん。きっと自分は苦笑しているだろう。
私の言葉に、会長さんは楽しそうに頷いた。
「向上心があるのはいいことだよ。……ただ、マイ君には一つだけお願いがあるんだ」
「お願い?」
「うん。実はマイ君は、表向きは学生会入りしていないことにしてほしいんだ」
厄介ごとの予感がする……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます