第241話 決闘に勝って勝負に負けた
●ギャラリー
久しぶりの決闘は静かに推移していた。始まってからそれなりの時間が経つが、攻撃魔法の一つも放たれない。
無論これは、市街戦を想定した戦場によることが大きい。見通しの悪い戦場では、お互いを認識しなければ攻撃のしようもない。これが開けた平地であったなら、とっくに正面から魔法の撃ち合いになっていただろう。
しかし、それでもギャラリーの間に奇妙な緊張感が漂うのは、魔闘技場の様子にあった。
六つの、しかもかなり大きい闇が魔闘技場の中を動き回る。寮対抗戦でも見たことがない光景だ。
その様子を見ていたフラオが、いくつかの闇を指差しながら首を振る。
「あの闇と、あの闇は囮ですね」
「ふむ。つまり、あそこに罠があると」
「はい。少なくとも罠の発動は人に反応するはずですから」
「あとは、どこかな?」
「ちょうど、あの闇が罠のところに────」
フラオがある闇を指差した瞬間、爆発音がした。闇に閉ざされて規模はわからないが、音からしてかなりの爆発だ。
爆発音が連鎖して、なにかが崩れる音が観客席まで聞こえてくる。やがて空気に溶けるように闇が晴れると、もうもうと立ちのぼる土煙の中、魔闘技場の一部が崩壊しているのが見えた。
「周りの建物を倒壊させて押し潰したのか……」
「個人相手に仕掛ける罠ではないですね」
予想外に大きな被害に、マルレーネもフラオも言葉が続かない。普通ならば大部隊を相手にするような威力と範囲だ。
驚きで静まり返っていたギャラリーだが、やがてざわめきが広がりだす。マイの敗北が決まったならば、本人が入り口に転送されるはずなのだが、入り口に彼女の姿は無い。
「なぜ転送されない?」
「まさか生き埋めになってるんじゃ……」
「救助を! 決闘は中止してっ────」
「いや、状況がわからないのに中止するわけには────」
混乱し、憶測が飛び交う中、マリアは振り返り、もしもの時のために呼んでおいた神官に声をかける。
「神官殿、すぐにでも動けるよう準備をお願いします」
「承知しております。ですが……きっと大丈夫ですよ」
その神官は黒髪の獣人の子供にじゃれつかれながら、危機感のない声で答えた。
「大丈夫とは……」
「マイさんは、あれくらいでやられたりしませんよ」
その通りだった。
場所は変わって建物崩壊現場の近く。三階建ての建物の屋上にまで届く土埃に咳き込みながら、マリーニュはそれでも崩壊現場から目を離さずにいた。
さすがのマリーニュも、突如出現した闇の領域が魔闘技場内を動き回るのを見て驚きを隠せなかった。
しかし、同時に自分の判断が間違っていなかったと確信した。
(悔しいですが、正面から戦わなくて正解でしたわ)
先の寮対抗戦で、不意を突かれたとはいえ一撃で麻痺させられた事実は、彼女のプライドをいたく傷つけたと同時にマイを警戒させた。
マリーニュは魔法の抵抗力に自信があった。その自分が容易く麻痺させられるほどの威力は、マイの魔力の強さを証明していた。
正面から戦うのは危険。
プライドを押し殺し、勝利を取ることにしたマリーニュは、決闘の場が市街戦を想定していると耳にしてから、思い切ってトラップによる作戦にでたのだった。
大量の使い魔たちによって自身の位置がバレるという予想外の展開はあったが、逆にマイをトラップにおびき寄せることが可能になった。
そして、その作戦は見事に的中した。
単純な質量という暴力。大部隊であっても、崩れ落ちる建物に押し潰されれば壊滅すらあり得る。
……なのに。
「……なぜ、終了の合図がありませんの?」
大量の瓦礫に押し潰されて、マイはスタート地点に戻されているはず。しかし、教員から決闘終了の合図がない。
考えられる可能性としては、マイが生き埋めになっていて、敗北判定を受けていないこと。そしてもうひとつは────。
「まさか……罠を突破して────」
「うん、そう。ごめんね」
突如、背後から聞こえた言葉に、マリーニュは振り向くのではなく咄嗟にその場から跳び退いた。素晴らしい判断だ。
しかし、それより一瞬早く、マリーニュは衝撃を感じた。
霞む視界の中、服がボロボロになったマイを見たような気がしたが、すぐに彼女の意識は途切れた。
◆ ◆ ◆
「危ないところだった……」
シーン・マギーナでの峰打ちで叩き伏せたマリーニュさんが転送されるのを確認して、ひと息。
うん、私、峰打ちで人が殺せるな。加減を覚えないと。
本当は【紫電】でまた麻痺させようかと思ったんだけど、魔力感知でバレるとマズイから、悪いけど力業で倒させてもらった。
……まあ、峰打ちでも致命傷と判明したわけだけど、気分の問題だね。某ゲームで僧侶が刃のついた武器が使えないのと一緒。鈍器でも十分殺せるっての。
「しかしまあ……すごいなこれ」
決闘終了を報せる魔法が花火のように夜空を彩る。その下、かなり広範囲の建物が倒壊していて、まるで地震でもあったかのようだ。
これ、個人に使う戦法じゃないでしょ。まあ、それだけ本気で勝ちにきてたんだってことか。
私が普通の魔法使いであったなら、建物に下敷きになって敗退してただろうな。だけど、うん、建物が完全に倒壊する前なら、なんとかできてしまう力があるんだよね、私は。
ようするに、建物が倒壊する前にその場を離れればいいわけだ。なのでシーン・マギーナを槍状態で取り出し、【加速】をかけて突撃、建物が崩れ落ちるより速く正面の建物の一階をぶち抜き、反対側に抜けたのだ。
その後、使い魔たちが倒壊現場に気をとられている間にマリーニュさんのいる屋上まで登り、背後から峰打ちを見舞ったわけ。
とはいえ。
「……決闘に勝って、勝負に負けた……」
勝ったのにすっごい落ち込む。
普通ならあの地雷で勝負が決まってた。たまたま自分が人外で、とんでもない身体能力を持っていたから負けなかっただけだ。
リリロッテさんたちに剣で勝てなかった時と同じ。……どうやら自分は、高い魔力に胡坐をかいて慢心していたみたいだ。
これは、魔法に関してもっと勉強しないと、つまらないことで負けてしまうぞ。頑張らないと。
決意を新たにしていると、脳裏に声が響いた。
『ご主人様ーっ』
『クロ? どうしたの』
『身体を隠せって、アンシャルが言ってるニャー』
身体……おおうっ!?
そういえば地雷のせいで服がボロボロだったよっ。って、色々見えてるしっ。
頭上の使い魔の数も増えてないかっ!? ええい、ドスケベどもめっ。
闇の精霊に呼びかけ、再び闇を纏うと、屋上から飛び降りる。
そのまま、さっき開けた建物の穴に入って壁に【マイホーム】を設置。こんな中まで使い魔は追ってきまい。
手だけ突っ込んで新しいマントを取り出す。どこから調達したと言われそうだけど、服を新調するわけにもいかない。
『おや、これはすごいね』
マントを身につけていると、マルーモがやってきた。
『珍しいね、きみが自分から出てくるなんて』
『同胞の気配を感じてね。いや、それにしてもすごい』
【マイホーム】から出て下級の闇の精霊たちと戯れるマルーモ。下級の闇の精霊も、中級のマルーモの登場に喜んでいるみたいだ。
闇の中で闇の精霊がわちゃわちゃしててもわからないはずなんだけど、『
『ところで、なにがすごいのさ』
『ああ。ここの精霊たちから強い気配を感じるよ。この地のどこかに上級の精霊か、それに類するなにかがいるかもしれない』
マジか。
そういえば魔闘技場の地下はまだまだ先があるんだし、なにか潜んでいても不思議じゃないな。
ああ、自分も地下を探索したいぞ。
……この時は、その願いが叶うなんて思っていなかった。
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