第240話 罠!
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決闘開始の火魔法が夜空に大輪の華を咲かせた。それとほぼ同時に、無数の使い魔たちが月明かりの下、魔闘技場の上空を飛び回りはじめる。
秋の大会の際には、魔闘技場各所に設置された魔道具によって観客向けに映像が流されるのだが、決闘にまでそんな労力は使われない。
障害物の多い今回の決闘の場、戦況をリアルタイムで見たいのならば使い魔を飛ばすのが一番だ。
一番なのだが……。
観客席で魔闘技場を見下ろしながら、学生会会長、マルレーネ・ユーレイアは苦笑した。
「野次馬が多いね」
「私たちも人のことはいえませんよ」
「ははっ。違いない」
隣に座る学生会副会長、フラオの言葉に、マルレーネは苦笑を深める。
マイの実力を見定めるというお題目はあるものの、月に一度の寮対抗戦を抜けて決闘を見に来ているのだ。建前があろうと野次馬には違いない。
もっとも、夜空を飛び回る使い魔の数が、観客席にいる者たち────審判役の教員数名と学生会のメンバー、もしもの時のために派遣されてきた神官────よりはるかに多いのも事実だ。
「今日の寮対抗戦はグダグダでしょうね」
「主力の学生会のメンバーが抜けてて、飛行型使い魔を観戦に回してたらそうなるよね」
フラオの言葉にマルレーネは再び苦笑する。どんな結果報告が来るのか、楽しみでもあり、不安でもあるだろう。
しばらく使い魔の羽音だけが聞こえる。マイもマリーニュも大きな動きを見せないでいる。
「マイ君は建物の耐久度を確認しているみたいだね。スクエア嬢の方は?」
「大きな動きはありませんね。ただ……」
「ただ?」
「どうやら罠を仕掛けているようです」
二人とも自身の使い魔を飛ばしている。マルレーネはマイを、フラオはマリーニュをそれぞれ観察しているのだが、どうやら先に動いたのはマリーニュのようだった。
フラオが使い魔越しに見たものの説明を受けると、マルレーネは感嘆の声をもらした。
「それはまた大規模な……。マナは大丈夫だったのかい?」
「ポーションらしきものを飲んでいました。おそらく、魔道具の代わりにマナポーションを持ち込んだのかと」
「なるほど。どうやらその一点に勝負をかけてるんだね」
「問題は、適切に罠を発動させられるか、ですが」
「そのあたりは頭上の使い魔の位置から判断できる……いや、マイ君が上空を睨んでいる。使い魔がお互いの位置を知らせてしまっていることに気づいたみたいだね」
「マイも罠を張って待ち伏せる可能性は?」
「それはどうだろうね。スクエア嬢が使い魔で上空から監視していることぐらい、マイ君もわかってるだろうし、罠を仕掛けるだけ無駄だと判断すると思う。まあ、私が見た感じでは、マイ君は攻めるタイプだと思うけれど。……なんだい?」
マルレーネは視線を横にやる。フラオの視線に気づいたからだ。
フラオは小さく首を傾げ、視線の意味を口にした。
「……会長は、あのマイという転入生が、学生会にふさわしいと確信しているのですか?」
「それを見極めるための観戦だよ。おかしいかい?」
「会長が誰かを推すのは珍しいので」
どことなくフラオの言葉には棘がある。それを感じ取るくらいには、マルレーネとフラオの付き合いは長かった。
フラオは姓を持たないことからもわかるように、貴族ではない。先代からユーレイア家に仕えるようになった使用人の孫になる。
マルレーネの母は乳の出が悪く、ちょうど同じ月に子を生んだフラオの母親がマルレーネの乳母の役目を務めた。つまり二人は乳姉妹であり、本当の姉妹のように育ってきたのだ。
だからマルレーネは、フラオの気持ちに気づいた。
「なんだい、ヤキモチかい?」
「そ、そんなわけないじゃないですかっ!」
そんなわけあるような顔と態度で否定されても説得力など皆無だ。
マルレーネはフラオを安心させるように、優しく頭を撫でた。
「心配しなくても、フラオは大事な妹だよ」
「……妹なんですか」
「え、なんだって────」
フラオの小さな呟きは、観客のどよめきでかき消された。
理由はすぐわかった。マイがいた位置を中心に、かなりの範囲が闇に閉ざされていたのだ。月明かりを拒絶する、魔法的な闇に。
しかもその闇が六つに分かれ、魔闘技場内をバラバラに動き出すのを見て、二度目のどよめきが観客席に広がった。
「これは一体……」
「多分、使い魔に位置を特定されるのを嫌ったんだろうね。どうやら暗視持ちの使い魔はいないみたいだし。それにしてもこれは……。フラオ、君は闇の魔法を使うよね。同じことができるかい?」
マルレーネの問いかけにフラオは力なく首を振る。
「無理です。最初の、広範囲を闇に閉ざすのならできなくもありません。ですが、その闇を分割してバラバラに動かすなんて……。一体、あの子はなにをどうやっているんですか!」
フラオの叫びは、この場にいる者全員の代弁であっただろう。
……いや、そうでもなかった。
「マイさん、派手ですねー」
「ご主人様、頑張る、ます」
アンシャルとクロだけは平然としていたのだが、それに気づく者はいなかった。
◆ ◆ ◆
「……予想外に広範囲になっちゃったなあ」
闇の精霊にマナを分け与え、周囲を闇に閉ざしてもらったら広範囲すぎた。
マナをあげすぎたか。いや、そもそもここの精霊が活発すぎるんだ。普通ならここまで広範囲にならなかったと思う。まあ、やっちゃったものはしょうがない。
広すぎる闇を六分割して、五つの闇にはデコイとして動いてもらうことにした。壁に沿って移動するようお願いすれば、闇の精霊たちは楽しそうに動き出す。さて、私も行くか。
【暗視】があるから問題なく歩ける。それでも一応、道の真ん中ではなく端を歩くようにする。闇の中に魔法を撃ち込まれないとも限らないからね。
だけど────。
「……動いていないのか?」
闇越しでもマリーニュさんの頭上にいるであろう使い魔たちはよく見える。だけど、その使い魔たちの動きは鈍い。
マリーニュさんからも、迫り来る複数の闇は見えているはずだ。使い魔で上空から監視しているとしたら、どの闇の中に私がいるか判断に迷っていると思うんだけど……。
上に目をやる。使い魔たちがぐるぐると頭上を旋回している。あの動きは私を見失ってるよね。暗視持ちの使い魔はいないみたいだ。
となると、どう攻め込まれても大丈夫な、迎撃に最適なポイントでも見つけたのか? それとも……なにか策があるのか。
どちらにせよ、目視できる距離まで詰めないと戦いにすらならない。他の闇の精霊と歩調を合わせながら、じりじりと前進していく。
お、使い魔たちが集まる場所に三階の建物。となると、あの屋上にいるのか。
……思えば。マリーニュさんを見つけることばかりに意識を向けすぎてたんだろう。
ある路地に足を踏み入れた瞬間、足元で魔力が膨れ上がるのを感じた。
地面に浮かび上がる魔法陣。罠かっ!
次の瞬間、轟音とともに魔法陣が爆発した。まさかの地雷!?
「いてて……こんな魔法の使い方があるなんて。……え?」
幸いというかなんというか、マリーニュさんの魔法地雷では私の魔法抵抗力を突破できなかった。服はボロボロになったけれど、大したダメージは受けていない。
ただ、この地雷は本命じゃなかった。地雷の爆発が起爆装置であったのか、周囲の建物の基部付近で次々と爆発が起きて……建物が崩れ始めた。私に向かって!
「わあ……タッチダウン作戦……」
闇の中、崩れ落ちてくる建物で視界がいっぱいになった。
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