第239話 決闘開始
変な熱気を保ったまま月末の寮対抗戦の日がやってきた。まあ、自分にはマリーニュさんとの決闘の日なんだけど。
決闘の申し込みを承諾してしまったから、もうやるしかないんだけど、正直面倒だ。
もともと私は夜空を舞う謎の影の手がかりを求めて魔法学園に入ったんだけどなあ。その謎の影は姿を見せず、早くも二ヶ月が終わろうとしている。明日には【火竜の爪】と二度目の情報交換なんだけど、新しい情報が手元に無いのは不安だ。
とはいえ、今は決闘が先────。
「それでは意気込みをどうぞーっ!」
「なんでいるんですか?」
「寂しいこと言わないでください!」
多くの生徒が地下に向かう中、地上の魔闘技場へと続く通路にマール先輩がいた。インタビュー受けてる余裕ないと思うのだけど。
「なにかカッコいい一言をお願いしますよ。マリーニュさんには拒否されてしまって」
「多くの生徒に忌避されるのって、記者として大問題では」
「なんでですかねー。私ほど顔の広い生徒は他にいませんよ、縁を結んで損はないはずです」
「その原因を探るために、マール先輩に密着取材するといいですよ」
「そうか。まずは己を知れと……って、そうじゃなくてっ。なにか一言お願いしますよーっ!」
「やるだけやりますよ」
マール先輩を置いて、ヨナと一緒にさっさと魔闘技場に入る。マリーニュさんは私とは反対側から入場してるはずだ。
「わあ、すごいですね」
「張り切りすぎでしょ」
魔闘技場に天井はない。月明かりに照らし出された魔闘技場には魔法で創られた戦場が用意されていた。市街戦を想定しているのか、建物っぽいものが林立している。それも結構な広範囲で。
何人の生徒が創ってくれたか知らないけれど、これ絶対、楽しんでるでしょっ。下手するとトラップに近い作りの部分があるかもしれないな。いや、私ならやるし。
出口ではマリア先生が待っていた。
「転入早々に決闘などと……」
「私のせいですかー?」
「念のため持ち物検査を行います。使用する魔道具はここで申請しなさい」
いくらか面倒くさそうなマリア先生だ。
まあ、寮対抗戦は学生主体で行っているからいいけれど、決闘となれば教員が駆り出される。そりゃあ面倒だよね。
「使うかどうかわかりませんが、魔道具はこれです」
魔道具は基本、個人で用意するものだけれど、決闘の際にはレンタルもできる。購買で。
購買に魔道具が売ってるとか、初めて知った時は驚いたものだよ。さすがは魔法学園。
レンタルできるものは下級の魔道具だけだけれど、誰もが魔道具を用意できるものでもないので救済措置だね。
もちろん、魔道具を使わないのもありなんだけれど、一年生の自分がまったく魔道具を使わないのは不自然だよね。なので持ち物検査が終わったあとにシーン・マギーナを取り出すと、マリア先生は絶句した。
「……どこに隠していたのですか」
「ハンターの仕事で手に入れた魔剣です。普段は別のところにいるんですよ。召喚してると思ってくれれば」
えーと、言い訳していいかな。
一応ね。一応、購買で魔道具をレンタルしようとしたんだよ。ところが、ことごとくシーン・マギーナが弾き飛ばしてくれて……。ネックレスもダメだとは思わなかったぞ。
主たるマイの魔道具は自分だけで十分だ。
そんな強い意志を感じる……。感じたくないのに。
かといって、魔力もなにもない物を持ってきたらすぐにバレる。
そういうわけで、使う予定はないけれどシーン・マギーナを申請しておく。もちろんすぐ収納したけれど。
マリア先生はしばらく、まだそこにシーン・マギーナを見ているような顔でぶつぶつ言っていたけれど、やがて観客席に向かった。
「……頑張りなさい」
そう言い残して。
うーん、今のところツンしか感じられないな、マリア先生は。
魔闘技場の観客席にはちらほらと人の姿がある。どうやら審判役の教員たちらしい。
……教員以外の姿もある。学生会の会長さんたちに……あれ? アンシャルさんもいるじゃない。隣にクロも。
頭にクロの声が届く。
『ご主人様、頑張るニャー』
『なんでいるの?』
『アンシャルのお供ニャ』
ああ、多分アンシャルさんは不測の事態に備えて呼ばれたのか。クロがくっついてくるのは当然、と。
クロがアンシャルさんの袖を引き、こっちに気づいたアンシャルさんが手を振ってきたので振り返す。
……ん? さらに奥にまだ何かいるな。って、大量の使い魔が!?
え、誰の使い魔なの? 教員? それとも……地下で戦うはずの生徒たちの? もしそうなら、寮対抗戦より観覧を優先するなと言いたいっ。
「そろそろ時間ですね」
「そうだね。じゃ、ヨナ、私の
「ご武運を」
ヨナに自分の
地下だと地形が変化することが戦いの合図だけれど、地上はそうもいかない。静かに決闘の合図を待つ。
……ドンッ!
まるで打ち上げ花火のように火球が空中で炸裂した。誰の魔法か知らないけれど、あれが合図か。
さて、どうしようかな。公平のために【索敵】は切ってあるけれど、【オートマッピング】は切れないから用意された決闘の場の地形は把握できてしまう。
「地形がわかるだけでも有利だよなあ。マリーニュさんは手探りで……いや、そうでもないか」
月明かりを遮る無数の影。決闘が始まると同時に飛び立った使い魔たちからの視線を感じる。
確かマリーニュさんは飛行型の使い魔を持っていたはず。この状況で喚び出していないはずがないだろう。ひょっとしたらすでに私の位置を把握しているかもしれない。セオリーとしては使い魔を撃破すべきなんだろうけど……。
「どれがマリーニュさんの使い魔かわかんないね」
野次馬が多すぎる。
まあいい。これで【オートマッピング】を使っていることを気にしなくていいだろう。
改めて周囲を見回す。建物は形だけで、内部まで再現してあるものは存在しないみたいだ。入り口や窓はあるけれど、すべてダミーか。
ま、まあ、細部まで再現するような生徒がいたら怖いな。
たまに三階建てがあるけれど、他はすべて二階建てだ。視界が悪いのに加えて、【オートマッピング】で見ると行き止まりが結構ある。こりゃあ、立ち回りを考えないと詰むな。
「建物の耐久度はどれくらいだろうか」
地下の地形は魔法で壊れたりしなかったけれど、あそこは失われた超技術の代物だ。
一方、ここは生徒が創ったもの。壊せないことはないと思うんだけど。
手近な建物に手をつき、掌からシーン・マギーナの切先だけ出現させる。……うん、サクッと刺さった。そのままぐるっと手を動かすと────。
「……意外と脆い? それともシーン・マギーナの切れ味が良すぎるのか……」
壁の一部が綺麗に抉り取られた。壁はそれなりの厚みがあるみたいだけれど、いざとなったら壁をくりぬいて逃げることもできそうだ。
「さて、マリーニュさんはどこに……いや、その前に、だ」
よくない。これはよくないな。
遠く、使い魔が群れている場所がある。
天を見上げる。やはり使い魔が群れている。
確かに障害物が多いから真上から見たいんだろうけど、これじゃお互いの場所が使い魔でバレてるじゃん!
久しぶりの決闘でギャラリーが多いせいもあるのかもしれないけれど、これはよくないなあ。
「せめて闇夜だったら、ここまで使い魔が集まってこなかっただろうけど……」
……いや、そうか。闇夜でないなら闇にすればいいんじゃないか?
建物の陰に隠れて意識を集中する……あ、思ったより多くの精霊がいる。
月明かりの届く場所には光の精霊。建物の陰には闇の精霊。あと、風と土の精霊もいるな。
どの精霊も下級だけど、やたら数が多くて活性が高い。精霊を元気にするなにかがあるのかな。
まあ、それはいい。闇の魔法を使うより、闇の精霊に力を貸してもらった方がマナの消費は少ないはずだ。
思いきって、闇の精霊に話しかけた。
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