第238話 決闘に向けて

 決闘の噂は「あ」っと言う間に学園中に広まった。最後に決闘が行われたのが八年前だそうで、物珍しさもあるんだろう。

 マール先輩が言ったように、学生会は決闘を許可した。それから月末に向けて、学園内がどことなくお祭りムードになった。

 魔闘技場は秋の大会の時だけ、地下一階のように地形が変わるとのこと。なので今回の決闘のためだけに、有志たちがせっせと壁を創ったりしてくれているらしい。

 さらに賭けも始まっていると聞いている。浮かれすぎでしょ。

「賭けは6:4でマリーニュが若干の有利みたいね」

「公然と賭けが行われるとは……」

 昼休み。中庭のベンチでヨナとマッタリしていると、話しかけてきたのはセーラさんだった。なんだか久しぶりに会話したような気がする。

 話題のマリーニュさんは様々な生徒から話しかけられているみたいで忙しそうだ。教室では元気に振る舞っているけれど、少し疲れているようにも見える。

 え? 私は暇なのかって?

 幸いにも暇だったりする。いやほら、私ってセーラさんの仲間認定されてるし、マール先輩とも親しいから。


『失礼ですね!』


 どっかからツッコミが入った気もするけれど、それはともかく。寮対抗戦の活躍でいくらか友好的な空気はあるけれど、率先して話しかけてくる人は少ないのが現状だ。

 まあ、追っかけがいないから、安心してオーベットさんの店にプリンの試作品をいただきに行けたけれどね。せつかくなのでアンシャルさんとクロも一緒に。なかなか美味しかったよ。

 閑話休題。

「賭けなんてはしたないと思われるだろうけど、私、マイさんに賭けましたわ」

「え、どうして」

「マリーニュに一泡噴かせてほしいので……などと考えていませんよ、ええ」

 なにかに気づいて立ち上がり、優雅に一礼してセーラさんは去って行く。

 そういえばマリーニュさんとは家同士、仲が悪かったな。代理決闘ってわけ?

「あの、一年生のマイさんですね?」

「ん?」

「私、学生会の者です。決闘についてご説明がありますので、学生会室までご同行願います」

 セーラさんが気づいたのは学生会の人だったのか。

 断る理由もないので、ヨナと一緒に学生会室に向かった。……在学中、関わることはないと思っていた部屋なんだけどなあ。



 学生会室に入るとマリーニュさんもいた。今日も立派なドリルだ。

 まあ、彼女は当事者だし、いないとおかしいよね。

 相変わらずイーラが睨んできたけれどスルーして、ヨナと一緒に会長さんの話に耳を傾けた。

「……以上がルールだ。基本、寮対抗戦と変わらないけれど、なにか質問はあるかな?」

 改めて会長さんからルールを説明されたけれど、基本的には自陣水晶の無い寮対抗戦みたいなものだ。身代わり人形スケープドールを使用して本気で戦い、負ければ強制的に退場させられる。

 違うところと言えば、教員の立ち合いがあることくらいか。これは、不正や反則を防ぐため。過去にまあ、勝つために色々とやらかした生徒がいたらしくてね。

 あとは……そうだ。あくまで当人同士の戦いのため、奴隷は同行させられないらしい。ヨナが残念そうにしていた。

 そして魔法の道具の持ち込みは一つまで。複数持ち込めたら財力の勝負になっちゃうしね。

 私もマリーニュさんも質問はなかった。

 会長さんの脇に控えている女生徒が手元の紙になにやら書き込んでいる。どうやら副会長さんらしい。眼鏡をかけた理知的な女性だ。

 そういえば、学園通信で会長さんと副会長さんの蜜月を匂わせるような記事があったなあ。誰があんな噂を広めたのやら。

 おっと、知らず見つめていたからか、副会長さんに睨まれた。マリア先生とはまた違った怖さがあるな。

「さて、最後に。両名に一応訊くのだけど、勝利した暁には相手になにを要求するのかな?」

「え。なんです、それ」

 思わず聞き返してしまった。なにかを賭けて決闘なんて漫画かアニメじゃない。

 マリーニュさんは知っていたのか、なにも言わない。

 私の発言に会長さんは苦笑する。

「いや、決闘のルールではないし、必ずしも必要ではないのだけれどね。そもそも決闘が始まった理由が、相手に自分の要求を呑ませることだったから、念のために確認をね」

「要求に制限はありますよね」

「もちろんだ。奴隷になれとか、退学しろだとか、個人の生き方を制限するような要求は無効だよ」

「わたくしは、なにも要求しませんわ」

 え?

 マリーニュさんの言葉に私だけでなく会長さんも驚いたようだった。副会長さんはあまり動じてないかな。クールさんだ。

 むしろ動揺したのはイーラだ。

「マリーニュ様、それは……」

「黙りなさい。わたくしはただ、自分の強さを証明したいだけです」

 おお。その堂々とした態度はまさに貴族を感じさせる。できれば私への敵意も貴族として、寛容な心でなんとかしてほしいものだけど。

「さすがはスクエア家のご令嬢。では、マイ君はなにか要求するかい?」

「私も特にないですね。もともとマリーニュさんと対立する理由はありませんし」

 この流れで私だけなにか請求ってわけにもいかないでしょ。まあ、本当に特になにか要求があるわけじゃないし。

 マリーニュさんは一瞬こっちを見て、すぐに視線を戻した。なにか言いたそうだったけれど、まあいいや。

 その後、決闘に関する書類にサインして手続きは終了した。

 先にマリーニュさんが退室し、少し遅れて退室した自分は、教室に戻るでもなくヨナと一緒に廊下にいた。いや、会長さんがなにか言いたそうだったもので。

「今回、私は留守番ですか……」

「あー、そうなるのかな」

 ヨナの残念そうな声。

 決闘に奴隷は使えない。だけど、寮対抗戦に奴隷だけ参加させるわけにもいかないのだ。となると、ヨナはやることがなくなってしまう。

「じゃあ、決闘の時、応援しててよ」

「が、頑張ります!」

 ふんす、と鼻息を荒くするヨナは可愛い。うむ、愛でよう。

 廊下でヨナをなでなでしていると、学生会室から会長さんと副会長さんが出て来た。ヨナを愛でている私を見て会長さんは笑い、副会長さんは戸惑っているようだった。

 どちらからともなく並んで歩き出す。廊下ですれ違う生徒たちが会長さんと副会長さんに気づいて一礼し、隣の私に気づいて変な顔をする。

「決闘は私と学生会のメンバーも見に行くよ」

「え?」

「寮対抗戦で実力を見させてもらうという約束だからね」

 悪戯っぽくウインクする会長さん。たまたま近くを通った女生徒が頬を染めてふらつく。罪な人だな。

 そういえば、会長さんは私を学生会にスカウトするつもりだったよね。忘れてたよ。

「会長、本気なのですか?」

「当然。君もその目で確認してほしいな」

 どうやら副会長さんは、私の力に懐疑的な様子。警戒心ある視線がその証拠か。

 途中で会長さんたちと別れたけれど、わざわざ振り返って睨んでくるあたり、よほど私が気に入らないんだろうか。

 と、ヨナが袖を引いて囁いてきた。

「副会長さん、嫉妬してるかもです」

「嫉妬……」

 え、私に? なにゆえ?

 まさか、私が会長さんと親しくしてるから? え、それだと学園通信の記事に変な説得力が出てきてしまうんだけど!?

 マリーニュさんの後に副会長さんから決闘を申し込まれたりしませんように……。

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