第237話 決闘ですわっ
放課後になって、私とヨナ、ドロシーは訓練場にいた。ドロシーは少しやつれたように見える。
「大変でしたねー」
「てめ、他人事だと思いやがって」
「どうやって言いくるめたんです?」
授業中はともかく、放課後の訓練場なんて押しかけてくるのにピッタリだ。なのにあれだけ新しいスイーツに興味津々だった生徒が見当たらない。
「……レシピはマデリック商会に売った、って言っただけだ」
「まだ渡してないけど」
「結果が多少前後するだけだろ」
まだオーベットさんの所にお礼に行っていないんだけど、まあいいか。
しかし、なるほど。レシピがマデリック商会に渡ったとなればドロシーが勝手に作るわけにもいかないと考えるか。そして、貴族でもなければマデリック商会に押しかけるのも難しいだろう。
……今日中にお礼に行って、説明してきた方がいいな、絶対。
そう決意しつつ、ドロシーに向き直る。
「じゃあ、ドロシーが使える魔法、見せてください」
「見ても面白くはないが……。お前、確か水の魔法が使えたよな」
「ええ、まあ」
「じゃあ、できるだけ大きな水の玉を出して、空中に固定してくれ」
おっと、なかなか難しい注文が。
今日はそこそこ湿度があるから、水の玉を創るだけなら【クリエイトイメージ】の方が早いし楽だ。
だけど、【クリエイトイメージ】は創るだけ。空中に固定とかは水属性の魔法の領域だ。魔法を練習中の自分としては、水の玉を飛ばす方がまだ楽だったりする。
これも練習だ。やるか。
「……水」
【クリエイトイメージ】で周囲の湿気を集めると、掌の上にバスケットボールくらいの水の玉が出現する。あとはこれを魔法で維持する!
「む、うう……」
水が空中で停止するはずがない。その地球の知識が邪魔をする。
イメージしろ。今まで魔法を見てきて地球の物理学が通用しないってわかってるはずだ。水は浮く、水は浮く、水は浮くっ!
必死に水球を維持していると、ドロシーが真剣な表情で両手を広げた。
「じゃ、やるぞ。……潰れろ」
物騒な言葉とともに、ドロシーは私が維持している水球を左右から挟むようにした。と、水球が……。
「え、ええっ、潰れた?」
ヨナの驚く声。私もビックリだ。
バスケットボール大だった水球が、野球のボールほどになった。ドロシーが両手を離すと、水球は弾けるようにして飛び散った。
「これが、あたしの使える唯一の魔法だ。両手に……なんというか力場みたいなものができるらしくてな。両手で挟む物が潰れるんだ」
「潰れるというか、圧縮……」
「な。役に立たないだろ」
「とんでもないっ!」
思わず声が大きくなってしまった。ドロシーも驚いてる。
「両手を離したら、元に戻っちゃうんです?」
「え? あ、ああ、物によるが、そうだ」
「じゃあ、まずは両手を離しても力場を維持できるようにするべきだね。どうトレーニングしたらいいものか……」
「いや、待て待て! そんなにすごい魔法じゃないだろ」
「なに言ってるんですか、使い方ですよ!」
水はかなり圧縮しにくい存在だ。水の分子そのものだから、それ以上圧縮できないんだ。なのに、水をあんなに圧縮できるなんて、この魔法は使い方次第で化ける!
「ドロシーの魔法は、誰かと組んで真価を発揮するものです。鍛えればかなり使えますよ、私が保証します」
「お、おう……」
おっと力説してしまった。ドロシーが少し引いてる。
でも、この魔法を鍛えないのはもったいない。ドロシーには友人だっているんだし、誰かと組むのも不可能じゃない。子爵と和解できたのなら、もう少しここで頑張ったっていいはずだ。
「もう少し頑張りましょうよ。その魔法、鍛えないのはもったいないです」
「……そこまでなのか?」
「そこまでなのです」
「そうか……」
ドロシーは自分の手を見つめて、そうか、ともう一度呟く。その表情は今まで見たことのない、晴れやかなものだった。
◆ ◆ ◆
白猫の足跡亭の問題も片付き、ドロシーと子爵も和解できたみたい。
オーベットさんには三不粘のレシピの他、プリンの作り方も伝えておいた。
夜空を舞う影については未だ手がかりもないけれど、最近は出現していない。このまま何事もなく桃の月が終わると思っ────。
「マイ、あなたに決闘を申し込みますわ!」
どうして……。
桃の月の最終週。今月の寮対抗戦を週末に控えたこの日、登校するとマリーニュさんから決闘を申し込まれた。いや、決闘って……。
「決闘……?」
「知りませんの?」
「知ってたら首を傾げませんよ」
「……これだから市井の民は……」
やれやれと首を振るマリーニュさん。まあ、彼女が私を見下しているのは知ってるので別に腹は立たないけれど……。
「うう~……」
「ヨナ、どうどう」
ヨナは我慢できないらしい。止めなかったら今にも殴りかかりそうだ。まあ、さすがにやらないとは思うけど、イーラもいるし。
とはいえ。
「理由を聞いてもいいです?」
「決まっていますわ。前回は奇襲とはいえ、あっさり負けた自分が許せませんの。正々堂々戦って、わたくしが強いことを証明しなければなりません!」
どーん! と胸を張るマリーニュさん。そこまで前回のこと気にしてたんだ。
にしても決闘とか……。なにをどうするんだろう。
「いいですか。決闘とは、この学園で行われる名誉ある─────」
「ほう、決闘ですか。面白い記事になりそうですね」
「ひいっ!」
「うわ、でた」
私たちの間にニュッと首を突っ込んできたのはマール先輩。
よくうちのクラスに来るよね。暇なのかな。
まあいい。説明してもらおう。
「決闘などと言いますけどね、もともとは昔、対立していた人物が寮対抗戦の最中に一対一で
「お、お黙りなさい。キッカケはそうだったかもしれませんが、今はちゃんとルールが整備されているはずです」
「そりゃあ、整備されますよ。最初の決闘の後、決闘が頻発して寮対抗戦に支障が出たんですから。時には同じ寮生同士で決闘したって言いますから、どれだけ迷惑かおわかりでしょう?」
マリーニュさんは自身の立場もあって、私との決闘を名誉あるものにしたいんだろう。だけど実態は単なる私闘か。そりゃ迷惑だ。
ぎりぎりと歯ぎしりしながらマール先輩を睨みつけるマリーニュさん。ハンカチなど噛みしめてくれたら完璧じゃないかな。
まあ、それはともかく。
「で、今の決闘はどういう風になってるんです?」
「今は学生会に決闘を申請、受理されれば寮対抗戦中、地上の闘技場に決闘用のスペースが用意されますね。ギャラリーは基本いませんが、審判として教員がつきます。あと、寮対抗戦と無関係なことをするんです、決闘を申し込んだ人は
逆に考えれば、
「決闘の申請は通るものなんです?」
「よほど利己的な理由でもない限りは通るみたいですよ。正面からぶつかり合って和解することもありますし。相手への不満を押さえつけて、変なタイミングで爆発されても困りますからねえ」
「決闘を挑まれた方は断れるんです?」
「断れますよ。まあ、決闘を挑むほど思いつめた相手がなにしてくるか、わかりませんけれど」
マリーニュさんを見ながら愉快そうに笑うマール先輩。いや、笑い事じゃないから。マリーニュさんもイーラも、マール先輩と私を睨んでいる。怖いよ。
んー、正直面倒くさい。だけど、無視したらマリーニュさんがどういう行動に出るかわかんない。
いや、堂々と決闘を申し込んでくる人だから裏であれこれする人だとは思えないけど、断ったらどうなるかは確かにわからないか。しょうがない。
「……わかりました。その勝負、受けましょう」
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