第236話 戻ってきた日常?
次の日。
魔闘技場地下、二回目の探索の報告がされた。
居住区らしき場所は広かったものの他に得るものはなく、隠し扉の奥にさらに地下へと続く階段があったそうだ。
もっとも、その階段を封じていた扉を開けるのに苦労したらしい。魔法ではなく物理的に施錠されていたからだ。魔法使いで鍵開けが得意な人ってレアだよね。
何度も開錠に失敗し、罠を発動させて怪我人もでたようだ。
結局、開錠に手間どったため、地下三階の探索は来週に持ち越しになった。
基本、魔法学園内の問題は魔法学園が対処することになっているけれど、今回のように他の職種が必要な事態が増えてくるかもしれない。その時、学園側がどう判断するか。
「おい」
「お。今日は休みじゃなかったんです?」
昼休み。中庭でヨナが私の髪に櫛を入れている時、ドロシーが声をかけてきた。
昨夜は青竜寮に戻っておらず、ニーナたちも心配していた。今朝も教室で姿を見なかったけれど。
ドロシーは私の隣のベンチにどかっと腰を下ろして、大きなため息をついた。
「……お前だろ」
「なにがです?」
「親父に……あたしのピンチを教えたのは」
睨んでくるドロシー。だけど、その視線にはいつもの刺がない。
確かに、ドロシーのピンチをヴィレッド子爵に教えたのは私だ。
昨日、マール先輩からの情報を得てドロシーを追跡、港の倉庫に閉じ込められるのを確認した。そのまま助けに行ってもよかったんだけど……思うところがあってヴィレッド子爵の館に状況を伝えに行ったのだ。
当たり前だけど、門番は私を門前払いしようとした。顔パスできる間柄でもなかったからね。なので手紙を託した。ドロシーのクラスメイトだと伝えれば、しぶしぶだが受け取ってもらえた。
手紙にはドロシーが悪党どもに捕まったこと。閉じ込められている倉庫の場所を記しておいた。
いや、まさか、手紙を渡してすぐに子爵が武装して飛び出していくとは思わなかったな。護衛の騎士が完全に置いていかれたのには笑いそうになった。笑うところじゃないんだけど。
子爵を追って港に様子を見に行けば、さすがは元ハンター。油断していた悪党どもをバッタバッタとなぎ倒していた。
その時のやりとりを聞く限り、悪党どもはまだ子爵に脅迫文を送っていなかったようだ。だから子爵が乗り込んでくるとは微塵も思っていなかった、と。
遅れて騎士も到着したし、大丈夫だと判断してその場を去ったんだけど、昼からとはいえドロシーが登校してきたってことは、やはり大丈夫だったんだな。
「さて、なんのことか」
「とぼけるな。門番が証言したぞ。フードをかぶって顔を隠した銀髪の少女で、狐獣人の奴隷を連れてたと。お前しかいねえじゃん」
なるほど。確かに該当するのは私しかいないか。
いやまあ、子爵に私からの手紙だと気づいてもらうためには、わかりやすい特徴を門番に覚えてもらう必要があったしね。
「……まったく、どいつもこいつも」
そう呟くドロシーに、いつもの刺はやはり無い。
「なにかありました?」
その問いに、ドロシーは答えない。口を開いては閉じ、開いては閉じて、なにか迷っているようでもある。
まあ、いい。その間にヨナの髪に櫛を入れてあげよう。
「たまにはヨナも髪型変えようか」
「ちょ、ちょっとマイ様……」
隣に座らせ、ヨナの髪を整えてあげる。
ヨナにしてみれば、どこに奴隷の髪に櫛を入れるご主人様がいるのですか、なんだろうけど。
構うものか、私がやりたいんだ。
さて、どうしようかな。ツインテールか、サイドテールか、はたまたハーフアップにでもするかな。
どれほどヨナの髪型を変えていただろうか。呆れたようにドロシーが口を開いた。
「お前……本当にそいつを奴隷扱いしないのな」
「ヨナは家族だと思ってるからね」
「む~」
最近諦めているけれど、奴隷扱いしないことにヨナはまだ不満があるようだ。まあ、頬を膨らませるその姿も可愛いんだけど。
ドロシーは「家族、か……」と呟いて遠くを見つめる。ふむ、これは……。
「子爵となにかありました?」
問うと、ドロシーは言葉に詰まり、やがて顔を両手で覆ってため息と一緒に吐き出した。
「……お前が教えたからよ……武装して乗り込んできやがった」
「はい」
「犯人どもを全員ぶちのめして、あたしを助けて……めっちゃ泣かれた」
「ほう」
「大の大人がガチ泣きとか……まいった……」
おお、あの子爵がガチ泣きかあ。
「あと……めっちゃ叱られた」
ああ、子爵もだいぶまいってたからなあ。今までの分もまとめて溢れちゃったんだろうな。
でも、叱られたと言うわりには、ドロシーはかなり穏やかだ。これは結果オーライなのかな?
「家に帰って……。親父が母さんからもらったっていう手紙を全部読まされた。少なくとも……二人とも本気で相手を愛してたみたいだし、私のことも……大切に思ってくれてたみたいだ」
そこまで言うと、ドロシーは大きくため息をつき、「どこですれ違ったんだろう」と呟いたけれど、聞こえないふりをした。
でも、この調子だと、子爵との関係改善はすぐじゃないかな。
「それで、ドロシーはまだ退学を目指すんです?」
「あー……」
再び遠くを見るドロシー。先ほどとは違って、その表情は愁いを帯びている。なんだろう。
「まあ……なんだ。努力しても、あたしは退学間違いなしだったからな」
「どういうことなんです?」
「あたしは生まれつき、【魔法制限】っていうロクでもないスキルを持ってるんだよ。それのせいで、魔法は一つしか使えない」
【魔法制限】? なんだそのマイナススキルは。
いや、ゲームなんかでは、マイナスのスキルを取るとスキルポイントが増えたりする恩恵はあるけど、この世界はそうでもないのか。
でも、たとえ一つでも使える魔法があるなら、一点突破でなんとかならないだろうか?
「使える魔法って……どんなのですか?」
「んー……説明が難しいな。放課後、訓練場で見せてやるよ」
「そうですか、楽しみにしてます。……頑張って訓練場に来てくださいね」
「どういう意味だよ」
「ヨナ」
「はい、マイ様」
バサリ、と。ヨナがドロシーに渡したのは魔法学園通信の最新号。
本当に、どうやって取材しているのかわからないけれど、魔闘技場の地下の探索の最新情報が記事になってる。
他にも怪しい記事がいくつかあるけれど、問題なのは……。
『白猫の足跡亭、危機一髪! アグトー商会の魔の手から看板娘を守ったのは、まったく新しいスイーツだった!』
先のスイーツ勝負がしっかりと記事にされていたのだ。内容は多少盛ってあるけれど、概ね事実。本当に使い魔飛ばしてないよね、マール先輩?
まあ、捏造されたりしたわけじゃないからそこは問題じゃない。問題なのは、そのスイーツを作った人物の名前がバッチリ書かれていることだ。
そう……ドロシーだ。
「な、な、な、なんじゃこりゃあっーっ!」
実は魔法学園通信を読んだ一部貴族たちが、朝から何度もドロシーを訪ねてきてたんだよね。ドロシーが登校したと知れば、また押し寄せてくるのは確実だと思う。
「あのスイーツを考えたのはお前だろ!」
「ですね。でも、記事には書かれていないので」
勝負の時、作ったのはドロシー。その事実だけが書かれている。間違ってはいない。でも意図的だろう。
「マイ様」
「ん? あー……」
ヨナに言われてそちらを見れば、奴隷と取り巻きを連れた明らかに貴族の生徒がこっちに歩いてくる。
私たちの視線を追って貴族に気づいたドロシーは「げっ」と呟き、勢いよく立ち上がった。
「くそっ、覚えてろっ」
そして走り去った。
その後を貴族たちが追って行った。
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