第234話 祝杯。そして……。
「できたぜ」
打撃音が止んだ。
ぶっきらぼうにドロシーが皿に移したものは、パッと見は黄色も鮮やかなパンケーキに見える。
ただ表面がツヤツヤなので、ぺちゃんこのプリンと言う方が個人的には合うと思う。
席につく会長とオーベットさんに、料理人がナイフとフォーク、そして取り皿を用意する。
「一人分しかないので、切り分けてお食べください」
疲れたドロシーは近くの椅子に腰を下ろして動かない。なので代わりに伝えると、オーベットさんは会長に皿を譲った。
「私はゲストですからね。まずは会長殿から味わっていただかないと」
「ふん……。妙な調理法には驚いたが、問題は味……って、なんだこれはっ!?」
ナイフを入れた会長が驚きの声をあげる。特に抵抗なくナイフで切られるスイーツはしかし、フォークを刺すとぷるぷると震える。おそるおそるそれを口に入れた会長は、一口噛んで動きを止めた。
「……なんだ、この食感は。柔らかく、そして伸びる。わずかな粘り気があるが、歯にくっつかない……」
「ほほう……。これは面白い食感ですな。温かく粘度の高い、しかし歯につかない蜂蜜を食べているかのようですな。豆油の香りもいい」
会長に続いて食したオーベットさんも楽しそうに味わっている。豆油はアーモンドに似た香りがあるんだよね。
すぐそばでハーゲンさんとアコラさんがそわそわしている。情報の漏洩を避けるため、二人には試食してもらっていなかったからね。食べたいんだろう。あとで作って差し上げないと。
会長は二口、三口と食べていき、思い出したように料理人に視線を送る。料理人は黙って首を横に振るだけだった。
そんな会長にオーベットさんは声をかける。
「さて、どうですかな、会長殿。少なくとも、私はこのようなスイーツは食べたことがないですが」
「む……むう……」
言葉を失う会長。葛藤するように小さく唸っていたけれど、やがて諦めたように大きく息を吐いた。
「……認めよう。これは食べたことがない」
その言葉を聞いてハーゲンさんとアコラさんが嬉しさから抱き合う。うん、よかった。
ドロシーにサムズアップしてあげると、反射的に手を上げかけて……不機嫌そうにソッポを向かれた。ツンデレめ。
「ヨナもお疲れ様」
「ありがとうございます」
火加減に頑張ったヨナをなでなで。
まるで孫を見るような目でオーベットさんに見られた。恥ずかしいなあ。
「この料理を考えたのは誰だ?」
会長の言葉にドロシー、ハーゲンさん、アコラさんの視線が集中する。私に。
いや、オーベットさんまで私を見るのはなぜなんですかねえ。
「君か。……他にも新しいレシピを持っているのかね?」
「いえ、私は料理人ではないので。今回は必要に迫られて考えただけなので」
まあ、正確に言うと考えたのではなくて、知っていたんだけどね。
今回作ったスイーツは、中国のスイーツ
「ふむ。……どうだろう、新しくスイーツを考えついたら教えてくれないか。レシピは高く買わせてもらうぞ」
「そうですか。覚えておきますね」
まあ、トラブルを起こすような人には売りたくないけどね。
会長はどうにも私と契約を結びたそうな様子。冗談じゃない。オーベットさんが、私は入学したばかりだから学業に専念させてあげよう、と間に入ってくれなかったらどうなっていたか。
その後、オーベットさん立ち会いで、会長はアコラさんを諦めると契約書にサインして解散した。ふう、料理していないのに疲れた。
「あれ、ドロシーはどこ行くの?」
「あたしの役目は終わっただろ。あとは自由にさせてもらう」
アコラさんたちからの感謝の言葉を背で受けながら、ひらひらと手を振って人ごみに消えていくドロシー。また夢街に行くとは思わないけれど……一応、マークしておこうか。
マークというのは【索敵】の機能の一つ。特定の物や人物を登録しておくことができる。王都は人が多すぎるから【索敵】で人を表示すると大変なんだよね。登録しておけばドロシーだけ見つけられるというわけ。
「さて。それじゃあ、私も店に戻るよ」
「ありがとうございました、オーベットさん。近くお礼に伺います」
「ははは、楽しみにしているよ」
三不粘以外のレシピも持っていかないとダメだろうなあ。
オーベットさんを見送ってから、自分たちは白猫の足跡亭へ。今日は臨時休業なんだけど、ハーゲンさん親子は三不粘を食べていないからね。食べさせてあげないと不公平というもの。ドロシーが行ってしまったから私が作るしかないのだ。
まあ、【クリエイトイメージ】で誤魔化しながら作っちゃうけどね。
「あーっ、帰って来た!」
「おかえりーっ。どうだった?」
店の前にはリーナとイリーナ、そして人だかり。これは一体?
「ありがとう。お陰様で勝ったよ」
ハーゲンさんがそう言うと、集まっていた人たちがドッと沸いた。
「よっしゃーっ、これで店も安心だな!」
「はっはー、ざまあみろアグトーめっ」
「よーし、今日は祝い酒だっ!」
盛り上がる人たちに茫然とするしかない。と、リーナが寄ってきて耳打ちする。
「みんな、白猫の足跡亭の常連なの。心配で駆けつけてきたんだって」
「そうなんですね」
愛されてる店なんだなあ。
ハーゲンさんが店を開けるとなだれ込む常連たち。こりゃあ、昼間から酒盛りになりそうだ。
結局。
今日は臨時休業だったのにハーゲンさんもアコラさんも常連さんたちのために料理を振るまい、日暮れまでドンチャン騒ぎが続いた。それだけ常連さんたちはアコラさんの幸せを願っていたということなんだね。
途中、婚約者さんが休憩時間を利用して駆けつけてきて、さらにドンチャン騒ぎが加速したのは別の話。
ちなみに私は、ハーゲンさんとアコラさんのために三不粘を作ったら退散しようと思っていたんだけど、アグトーの会長を負かしたスイーツだと知ると食べたがる人が続出し、厨房の片隅でひたすら三不粘を作るはめになった。【クリエイトイメージ】がなければ死んでたぞ。でんぷんも用意できなかっただろうし。
「はー……。これが新しいスイーツですかあ」
「……どうしているんです?」
そろそろ帰ろうと思って厨房から出るとマール先輩がいた。他の常連さんに混ざって三不粘を美味しそうに食べている。
誰が呼んだ?
リーナとイリーナは激しく首を横に振っている。
「まあまあ、細かいことは気にしないでくださいよー」
「細かいですかね?」
「アグトー商会との勝負も面白い記事にできそうです。ネタをありがとうございます」
本当に使い魔とか飛ばしてないだろうな、この先輩。一体何者なんだろう。
……考えてもしょうがないか。今は帰ろう。
ハーゲンさんとアコラさんに挨拶し、常連さんたちから盛大にお見送りされて私は店を後に────。
ガシッ。
「離してください」
「いやいや、そんな露骨に嫌な顔しないでくださいよお」
「マイ様、当て身ますか? 当て身ますか?」
「ヨナ、少し落ち着こうか」
止めないとマール先輩の首筋に手刀を入れちゃいそうだ。手加減はしてくれるだろうけど……。
「美味しいスイーツを食べさせてもらったお礼に、一つ情報を」
「……なんですか?」
「いや、ここに来る途中、ドロシーさんが荒っぽい連中に追いかけられてたのを見たんですよね。何事もなければいいんですけど」
……なんですって!?
慌てて【索敵】でドロシーのマークを探す……あった。って、明らかに人間のスピードじゃない速さで港の方へ移動してる!
「ヨナ、行くよ!」
「はいっ、マイ様!」
呑気に手を振るマール先輩を置いて、私たちは混雑する王都を走り出した
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