第233話 スイーツ作り開始

 ハーゲンさんに代わって自分たちがスイーツを作る。そう決めてから次の休日までは、時間を見てひたすら試作に励んだ。

 今回作る予定のスイーツは、作り方は知っているけど作ったことはないんだ。しかもプロの料理人でも作れるようになるのに時間がかかるという代物だ。正直、難易度が高い。

 それでも、リーナ、イリーナ、そしてドロシーもやる気に満ちていた。常連だというだけあって、白猫の足跡亭への思い入れは強いみたい。

「も、もう無理……」

「腕が上がらない……」

 思い入れは強くても体力はついてこなかったけれど。今回のスイーツは体力勝負だからなあ。

「お前、本当にこれで旨いスイーツになるのか?」

「なるよ。手順は簡単、あとは経験則。とにかく回数をこなして身体で覚えて」

 私が作るという選択肢もあったかもしれない。実際、【クリエイトイメージ】で作れちゃったんだなあ、これが。

 だけど、調理の過程をすっ飛ばすわけにもいかない。そして、リーナたちは私に作らせる気はなかった。


「マイさんを巻き込んで、さらにスイーツのアイディアまで出してもらったのに、この上調理までさせたら私たちの存在意義が!」


 ということらしい。

 その存在意義も消えそうだけど。

「ドロシー、あとはお願い。ガクッ」

「ガク、じゃねえだろうが!」

「だってぇ、料理で打撃が必要なんて思わないじゃん……」

「今の私たちが練習しても材料を無駄にするだけだから……」

 うん、まあ、失敗作いっぱいできたもんね。砂糖が入っているから味はまあまあだけど食感がねえ。

 ちなみに材料はオーベットさんが格安で用意してくれた。そうでもないと、高価な卵や砂糖を試作で大量消費なんてできない。


『新しいスイーツができたらレシピを買い取らせてくれればいいよ』


 とのことだったけれど、それだけじゃ割に合わないなあ。別のスイーツについても教えた方がいいかもしれないな。

 そういえばこの世界、寒天みたいなものはあるみたいだけれどゼラチンはあるのかな。無ければ抽出の方法だけでもお金になるかもしれないなあ。

「焦げるんだよな……。おい、マイ。お前の奴隷、火の魔法を使うんだろ。火加減任せられないか?」

 ふむ。確かに薪とか炭で調理する関係で、火加減は難しい。そこを魔法で調整するのか。

「……ヨナ、手伝ってあげて」

「マイ様がそう言うのでしたら」

「…………」

「なんです?」

「いや……なんでもない。んじゃ、やるか」

 なにか言いたそうなドロシーは、しかし言葉を濁した。

 そして試作の日々は続いた。


 ちなみに、一回だけゴーレムが走り回る日があったとだけ言っておこう。


         ◆  ◆  ◆


 そしてやってきた勝負当日。あまりぞろぞろと大人数で行くのもどうかということで、イリーナとリーナはお留守番。ハーゲンさん、アコラさん、私とヨナ、そしてドロシーが約束の時間より早くアグトー商会の本店にやってきた。準備があるからね。

 ちなみに、オーベットさんも商談で訪れていた。まあ、表情が「早く新しいスイーツを食べたい」だったので、商談とかは建前なんだろうけど。

 専属の料理人に厨房に案内され、材料を確認する。

 卵、砂糖、水、豆油、そしてでんぷん、と。ちゃんと揃ってるな。

 そこに会長が乗り込んできた。

「これだけの材料で、本当にスイーツが作れるのだろうな!」

「問題ないですよ」

 水を計り、そこにでんぷんを加えて混ぜて、と……。

「おい、どうしてお前たちが下準備をしている。私にスイーツを作るのはハーゲンだろう」

 会長がイチャモンをつけてきた。まあ、予想通りだ。

「なに言ってんだ、あんた。契約には誰がスイーツを作るか書いてないだろ」

「んなっ!?」

 ドロシーの反撃に会長は言葉に詰まる。

 そう、契約書には会長に新しいスイーツを食べさせる、とだけある。誰が作るとか指定はないのだ。

 多分にオーベットさんが意図的に記載しなかったんだと思う。そこを指摘しなかった会長の落ち度だな。

 わかりやすく「ぐぬぬ」と言葉が出ない会長。そんな会長を横目に私たちは……椅子に腰を下ろして雑談に興じる。

 会長が目を剥いた。

「お、お前たち、準備をしないのか!?」

「芋を乾かした粉が水に馴染むのに時間がかかるんですよ。なので、調理はお昼前です」

「……こ、これで不味いものを作ったら容赦しないからな!」

 肩を怒らせて会長は厨房を後にした。後には私たちと……料理人だけが残される。

「この材料で、とか。準備がどうとか。これから作るスイーツを知らないって自分からバラしてますよね」

 私の言葉に全員────料理人は聞こえないフリをしてくれた────が苦笑する。少しでも心当たりがあれば自慢げに語りだしているはずだ。

「でも、完成品を見てから、調理法を知らなかっただけで食べたことはある、と言い出さないでしょうか?」

 アコラさんの不安ももっともだ。これについては、オーベットさんの「彼も商人だから知ったかぶりはしない」という言葉を信じるしかないかな。

「多分、大丈夫だろ。あれを食べたことがあるなら、とっくに言いふらしてる」

 ドロシーの言葉ももっともだ。これから作ろうとしているスイーツは普通じゃないからなあ。

 雑談しながら、時々デンプンを溶かした水を確認。……うん、そろそろいいかも。

「ヨナ、竈に火を」

「はい、マイ様」

「材料は混ぜるから、ドロシーは鍋の準備を」

「ああ……」

 卵は白身と黄身を分けて、黄身を清潔な布で濾す。濾した黄身と砂糖をデンプン水に混ぜて、と。

「ふん、ようやく調理か、待たせおって。……お、おい、それはなんだ!?」

 動きを察知してか、会長が厨房に入ってきた。そしてドロシーが大きな布包みから取り出した物を見て叫んだ。いちいちうるさいな、この人。

 面倒くさいらしく、ドロシーはガン無視なので代わりに答える。

「調理器具ですよ」

「初めて見るぞ、そんなもの」

「特注ですからね」

 ドロシーが取り出したのは……中華鍋、そして大きく頑丈なおたまだ。

 ちなみに私が【クリエイトイメージ】で創った。この国では見ないだろうなあ、これ。

「おい、あんな鍋を見たことはあるか?」

「いえ。南方の鍋に似ていなくもないですが、大きさが違いますね」

 会長と料理人がこそこそと話している間にヨナが火を安定させ、ドロシーは鍋に油を馴染ませる。

 ここでオーベットさんもやってきたけれど、なにも言わずに壁際に静かに立つだけ。いい人だ。

 さて……いよいよ調理開始だ。


 ガン! ガン! ガン!


「な、なにをしているっ!」

「声を小さく、会長。ドロシーは集中してるので」

 声を荒げた会長をたしなめる。でもまあ、気持ちはわかるけれど。スイーツ作りで打撃音が聞こえるとは思わないだろうからね。

 なにをしているかといえば、ドロシーは混ぜた材料を鍋に投入して、それをひたすらおたまで叩いているのだ。ちょうど餅をつくように。

 叩く、叩く。時々、豆油を足してまた叩く。これがスイーツ作りには見えないよなあ。

 会長は言葉を失い、オーベットさんは楽しそう。料理人だけが、真剣な目でドロシーの一挙手一投足を見逃さないようにしている。個人的に目が離せないのか、それとも……調理法を覚えておくように会長から言われているのか。

 まあ、いいか。簡単に見えて難しいからね、これ。ドロシーはよくマスターしたよ。

 そう、よくマスターした。いくら常連だとはいえ、自分とは直接関係ない店のために、ね。

 リーナとイリーナが早々に音をあげる中、一心不乱に鍋を叩き続けたドロシーは、本当は真面目で根気があるんじゃなかろうか。

「早く子爵と和解すればいいのに」

 呟きは鍋を叩く音にかき消された。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る