第232話 勝負、お受けします

「それって、魔法学園ここじゃない」

 翌日、三人にマール先輩から聞いた情報を伝えると、ニーナにあっさり言われた。

 魔法学園では、召喚していいのは魔闘技場と訓練場の一部と決められている。

 さらに言うと、召喚した魔物を使い魔として連れ歩くには。使い魔としての登録が必要とのこと。登録せずに連れ歩くとゴーレムに追いかけられるそうだ。

「つまり、アグトー商会が使い魔に学園を偵察させようものなら、ゴーレムが感知して追い回すってことですか」

「そう。ゴーレムが追いかける使い魔は侵入者だから、生徒も攻撃が許されるの。普段、学園内では魔法の使用は禁止されているけれど、侵入者迎撃のためなら解禁よ」

 あー、そうだったんだ。クロを召喚してたら危なかったかもしれない。

 ……いや、よく考えればクロはアンシャルさんと一緒に魔法学園内にいるじゃないか。人間の姿なら大丈夫なのか? ちょっと確認した方がいいかもしれないな。

「じゃあ、スイーツの試作は学園でやればいいね」

「いや、それだと店長を毎日、店の終業時間のあとに学園に呼ぶことになるぞ。学園の許可がもらえると思うか?」

 イリーナの楽観的な言葉にドロシーが鋭い指摘。

 確かに、部外者を学園に入れるとなると相応の理由が必要だよね。スイーツの試作のため、なんて理由は難しいだろう。

「じゃあ、私たちが店長の護衛につく?」

「なに言ってるの、門限あるでしょ」

「それ以前に、新しいスイーツを考えないといけませんよね」

 私の言葉にシンとなる。

 そう、そうなのだ。寮で試作するにしろ、店長を護衛するにしろ、新しいスイーツを考えてからだ。

 念のため、店長に使い魔の件を伝えると決めて、その日は解散した。


         ◆  ◆  ◆


 「あっ」という間に、アグトー商会が来る日が明日に迫った。新しいスイーツ案はまったくない。

 一応、学園にいる貴族を中心にスイーツの情報を集めた。最低でも、彼ら彼女らが食べたことのないスイーツを作らないといけないから。

 マリーニュさんに話を聞いた時は「一体、なにを企んでいるの?」という顔をされたものだけど、いざ話しだすと彼女は止まらなかった。スイーツ好きなんだな。

 この世界は焼き菓子が多いと思っていたけれど、マリーニュさんのお陰で意外と冷たい系のスイーツもあることがわかった。想像したよりスイーツは充実しているようだった。

 とはいえ、それはこちらの選択肢が狭くなるだけだったんだけどね……。

 最近まで蒸し料理がなかった世界だから、プリンでも作ろうかと思ったんだけど、冷やして固めるタイプのプリンっぽいものがあって断念。

 どうやら寒天のような材料があるらしいんだけど、今は時期が悪くて手に入らないらしい。残念だ。

 ああ、ちなみに。クロなんだけど、単純にアンシャルさんと一緒に魔法学園に入る許可証を持っているから大丈夫なんだろう、という結論に達した。いや、試しに許可証を取り上げるわけにはいかないでしょ?

 とはいえ、アグトー商会が許可証を盗んで使い魔を送り込む可能性が無いわけじゃないので警戒は必要だろうけど。

「なにか考えついたか?」

「残念ながら」

 午後の実技の時間。ここ最近は相方と呼んで差し支えないほど、ドロシーと組んで訓練している。今も魔力循環をしながら相談だ。

「む~……」

 ドロシーと手を繋いでいるのが嫌なのか、ヨナが膨れている。妬いてるのか、可愛いなあ。

 でも、ヨナとは手を繋ぐ以上のことしてるし、これくらいでヤキモチされたら────。


 ドオンッ!


 爆発音に思考をぶった切られた。悲鳴が続き、訓練場が一気に緊張する。

「水を出せる者は水で患部を冷やして! 担架を用意しなさい、神官に連絡を!」

 マリア先生の声にも緊張が感じられる。事故か。魔法が暴発したのか?

 マリア先生は自主練習を命じて、担架で運ばれていく生徒についていく。

 とはいえ、浮き足立ったクラスメイトたちは自主練習どころじゃないらしい。集まって不安げに囁き合うばかりだ。

「最近、多いらしいな」

「そうだね、マール先輩が言ってたよ」

 最近、実技の授業や放課後の自主練習での事故が増えてきているようだ。想定以上の魔力で魔法を暴発させる事故が。

 才能が開花したのか、それとも他の要因か。ともかく、急に魔力が上がった生徒が暴発しているようだ。

(アンシャルさんも忙しくなったって言ってたもんなあ……)

 あまり事故が続くなら、原因究明に学園が動くだろうけど、どうなるかな。

「二年生が、魔法を暴発させて訓練場をベタベタにしたってさ」

「ベタベタ?」

「あー……なんだっけか。拘束用の魔法で……」

「蜘蛛の糸?」

「ああ、そんな名前だったな。それを訓練場で無差別にまき散らして大変だったとさ」

 うわあ、それは想像するだに嫌だな。

 ファンタジーなゲームでよく見られる魔法、蜘蛛の糸は相手を拘束するものだ。この世界でも効果は同じで、どれくらいベタつくかは使用者の魔力とイメージに左右されると聞いた。あの魔法、物質生成に近いから実体はあるし、魔法解除で消せないんだよね。だから寮対抗戦での使用も敬遠されてるそうだ。

 そんな魔法が無差別にまき散らされたらそりゃあ大惨事だろう。ベタベタせずに拘束だけできればいいのにね。

 ……ん? ベタベタ……?

「……あ」

「どうした」

「アグトーの会長が食べたことないスイーツ、できるかもしれない」


         ◆  ◆  ◆


 そして訪れた休日。開店前の白猫の足跡亭に私たちはいた。

「なぜ、あなたがここにいるのですかな、オーベット殿」

「いや、新しいスイーツが食べられるかもと耳にしまして。会長殿がよろしければ、私もご相伴にあずかりたいと、年甲斐もなく足を運んでしまったのですよ」

 護衛を連れたアグトー商会会長はともかく、オーベットさんまでいるとは思わなかった。

 私にこっそりウインクするあたり、前に言っていた協力ってことなのかもしれない。

 ……普通に新作スイーツが食べたいだけの可能性が微レ存在。

 ちなみにニーナとイリーナは生オーベットさんに大興奮だ。

 今さらだけど大商人なんだよね、オーベットさん。休憩所の一件がなければ、私も簡単に会える関係じゃなかっただろうし、人の縁はどこで結ばれるかわからないね。

「……まあ、いいでしょう。さて、ハーゲン殿、アコラさん、よく考えてくれましたかな」

 勝ち誇った会長の態度。

 ハーゲンさんとアコラさんには、思いついた新しいスイーツについては伝えてある。ただ、あれは難易度が高いのだ。限られた日数で練習し、完璧に作れるかは未知数。その上で返事をしてほしいとはお願いしてある。

 二人は顔を見合わせて頷き、きっぱりと言った。

「勝負をお受けします」

「なん……」

 予想外だったらしく、会長が言葉に詰まった。

 どうやらアコラさんたちは、やらずに諦めることはしたくないようだ。

 二人の毅然とした態度に、しばし言葉を失っていた会長は、わざとらしく咳払いをして姿勢を正した。

「つまり……次の休日までに、私が食べたことのないスイーツを用意するということでよろしいかな?」

「ええ、かまいません」

「そうですか。では、必要な材料はこちらで────」

 と、アコラさんたちと会長の間に、すすすと一枚の紙が差し出される。オーベットさんだ。

「勝負となりましたか。それでは、これもなにかの縁です、私が立会人となりましょう。勝負の条件など、こちらに記載して保管いたしますよ」

 オーベットさんの言葉に会長は微妙に顔を歪めた。あー、多分、約束事を文書として残したくなかったのかな。商人である以上、契約は守るとオーベットさんも言ってたし。

 大商人オーベットさんの提案を会長が拒否するのは難しかった。

 そして交わされる契約書。


・今回の勝負は、アグトー商会会長とアコラさんの結婚を賭ける。


・次の休日の正午、会長の食べたことのないスイーツを提供できるかどうかで勝敗を決める。


・会長の食べたことのないスイーツを提供できれば、会長はアコラさんとの結婚を諦める。


・会長の食べたことのないスイーツを提供できなければ、アコラさんは会長との結婚を承諾する。


・スイーツの材料はアグトー商会が用意する。


・材料費はアグトー商会が負担する。


・勝負前の相手の妨害を禁止する。直接的、間接的を問わない。


・勝負終了後はいかなる理由があろうと相手を非難しない。


 その他、細々としたことも取り決めたけれど、これはまあ、


『フェアな勝負しましょう』


 ってことだ。

 会長は契約書を読み返しながら、微妙に嫌な顔をしている。イリーナが「わかりやすー」と呟いていたけれど、本当にそうだ。商人なら表情を読まれないようにしないとダメじゃないかな。

「……それで? 勝負を受ける以上、スイーツの目処は立っているのだろう。材料はなにが必要なのだ?」

 レシピから作るものが予想できる。その不安が当たっているなら、会長の勝ちは揺るがない。だけど……。

「……こ、これだけか?」

「はい、それだけです」

「なんだこの、ボッセ芋をすり潰し、絞った汁を天日で乾かしたもの、とは」

「そのままです」

「そのままだと? いや、しかしこれだけでは……。当日に別の材料を要求されても用意はできぬぞ」

「構いません。それだけ用意していただければ」

 言い切るハーゲンさんに会長は目を白黒させるばかりだった。

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