第231話 問題山積
情報収集をドロシー一人に任せておくわけにもいかない。
『商人のことは商人に聞くべきですよね』
というヨナの助言で、私はオーベットさんを訪ねた。隣国にもいくらか伝手を持つマデリック商会ならば、アグトー商会についても色々知っているはずだし。
「アグトー商会かあ……」
場所は応接室。アポもないのにすぐ会ってくれたオーベットさんは、事情を聞くと難しい顔をした。
「前会長はそうでもなかったけれど、跡を継いだ息子の方はよくない話を聞くね」
「そうなんですか……」
「アグトー商会が絡むトラブルは多くあるよ。だけど、アグトー商会が直接トラブルになることは少ない。大抵、別の者とトラブルになり、そこにアグトー商会が介入して恩を売り、対価を要求することが多い」
「それって……」
「客観的な証拠はないからね」
私の疑問がわかっていたんだろう、先回りして答えられる。
厄介なやつだな、アグトー商会。
「しかし食べたことのないスイーツか。彼のスイーツ好きは有名だよ。……彼は幼い頃から父親について各地を回り、他国に行ったこともある。そして訪れた土地のスイーツを食べ歩いたそうだ。珍しい、氷のスイーツも食べたと自慢していたし、まったく新しいスイーツを作らないと厳しいだろうね」
オーベットさんの言葉に目眩がした。アグトー商会め、こちらに勝ち目がない勝負を仕掛けてきたな。
それに、気になることもある。
「もし、まったく新しいスイーツを作ったとして」
「うん」
「アグトー商会の新会長は素直にそれを認めるでしょうか? 食べたことがある、ないは本人しかわかりませんし」
判定の基準が相手任せなのが心配なんだ。食べたことがなくても、食べたことがあると言われればおしまいだ。
しかし、オーベットさんは動じなかった。
「そこは問題ないと思うよ。彼も商人、知らないことは知らないと言える人物だ。知ったかぶりをして信用を損ねる愚を冒すことはしないよ」
ふむ、オーベットさんがそう言い切るなら問題ないのかな。
とはいえ、新しいスイーツを作らないと問題解決にはならないんだけどね。これが頭痛いところだ。
「不安ならば……そうだね、私でよければ一つだけ援護させてもらおう」
オーベットさんから予想外の言葉が飛び出した。
◆ ◆ ◆
その日の夜、私は青竜寮を訪れた。今回、白猫の足跡亭の問題に首を突っ込んだ者で、青竜寮の生徒が多いんだからしょうがない。
食堂の片隅で情報交換だ。
ところで、食堂にいる生徒の多くがヨナを見て怯えているのは何故だろう。
「前回の寮対抗戦で大暴れしたからでしょ」
とはニーナの弁。なるほど。青竜寮の防衛線に穴を空けたのヨナだったしなあ。
まあ、それはそれとして、だ。
「アグトー商会の会長は、次の休日に意思確認に来るみたいよ」
「勝負を受けるなら、その時に必要な材料を伝えないといけないんだって。材料はアグトー商会が用意してくれるってさ」
ニーナとイリーナが言う。
ふむ、次の休日までに新しいスイーツを考えないといけないのか。
まあ、材料費を持つだけ良心的ではあるのか?
次に私がオーベットさんから聞いた情報を伝える。って、ニーナもイリーナも、なんでそんなに驚いているのか。
「マデリック商会の会長と知り合いなの?」
「まあ、旅の途中でちょっと」
「うわっ、羨ましい……」
「私も紹介してほしいなあ」
なぜだか尊敬の眼差しで見られてしまったぞ。むず痒いなあ。
「最後は私か。あまりいい情報はないぞ」
二人と違って、興味なさそうにドロシーが口を開く。
「アグトー商会が絡むトラブルで、スイーツを要求するのはもはや定番らしい。材料費はアグトー持ちだが、料理ができる者からすれば、材料でだいたいなにを作るかわかる。喜んではいられないぞ」
ニーナとイリーナ、そしてヨナも「うげっ」という顔になる。多分、私もだろうな。
だけど、うん。スイーツ限定なら材料である程度の予測はできるか。電子レンジとかの調理器具もないし、地球ほどバラエティに富んだスイーツはないんだよなあ、この世界。
「さらに、だ。ある人物が試作に試作を重ねて新しいスイーツを作ったんだが、勝負当日にアグトーの会長がそのスイーツを食べて待っていたって話もある」
「え、それって……」
「多分、試作の様子を盗み見られてたんだろうな」
うわあ、スパイを送り込んでたのか? そこまでやるかアグトー商会。
「じ、じゃあ、アコラさんたちがいくら頑張ってもダメってこと?」
「少なくとも、試作の現場を見られないようにしないと無理だろうな」
チーン。
お通夜状態だ。
新しいスイーツを考えるだけでなく、試作の様子を見られないようにしないといけない。これ、滅茶苦茶厄介だなあ。
それでも、首を突っ込んだ以上やるしかない。
とりあえず新しいスイーツを各自考えることにして、その日は解散した。
◆ ◆ ◆
「なにやら、アグトー商会と勝負するようですねぇ」
次の日の昼休み。中庭で遭遇したマール先輩は開口一番そう言った。本当にどこから情報を拾ってくるんだ。
まさか情報収集に使い魔でも飛ばしまくってないだろうなあ。
「ちょっとお、無視しないでくださいよお」
使い魔を探して思わず空を見上げてしまって、無視された形のマール先輩にガックンガックンと揺さぶられた。
(無視されるのが嫌なんだな)
今後、ウザかったら無視してやろう。
「いいんですかー、そんな態度で。せっかく有益な情報を持ってきてあげたのに」
「有益かどうかはこちらが判断します」
「……一ヶ月で、ずいぶんと可愛げがなくなりましたね」
一ヶ月もあれば慣れるというものですよ。
まあ、マール先輩の情報収集能力は普通に凄い。それは認める。でも、遊ばれるのは嫌だからね。
あ、そうだ。
「アグトー商会との勝負を知っているってことは、ニーナ、イリーナ、ドロシーにもその有益な情報を伝えてるんですよね?」
途端にマール先輩の視線が泳いだ。おい。
じーっとマール先輩の横顔を見つめる。半眼でじとーっと。
気まずい沈黙。だけど、いつまでもこうしていられないな。昼休みは有限なのだ。
「ヨナ、教室に戻ろう」
「はい、マイ様」
「……うがーっ、わかりました! 教えますよ、教えますともっ!」
おお、マール先輩が負けを認めた。珍しい。
まあ、次もこうなるとは限らないけどね。
「三人には教えてないんですか?」
「三人は……私を見ると逃げるんですよぉ」
ぶふっ!
いや、笑うな。笑っちゃいけない。耐えろ私!
せっかく特ダネを手に入れたのに関係者が全員逃げるとか、確かに落ち込みたくもなるだろう。情報は持っているだけじゃ意味がないもんね。誰かに教えるか、情報を持っていると知らせないと。
「それで私のところに?」
「マイさんは初対面でも私から逃げませんでしたしね」
逃げればよかったかな、と思わないでもない。でも、マール先輩の情報が役に立つこともあるからなあ。
「それで? なにがわかったんです?」
「よくぞ聞いてくれました!」
「聞かせたかった、の間違いだよねえ……」
「なにか言いましたか?」
「いえ、別に」
「……まあ、いいでしょう。えー、アグトー商会ともめた人が、試行錯誤の末に新しいスイーツを開発して持っていったところ、アグトーの会長がそのスイーツを食べて待っていたという話は知っていますか?」
「ああ、聞きました。どうやって知ったんでしょうね」
「ふふふ、そこなんですよ。どうやらアグトーの会長、使い魔を持っているようなんです」
「使い魔かあ、なるほど……」
使い魔を放っていたのはマール先輩じゃなくてアグトーの会長だったか。
これで謎が解けた。どんな使い魔か知らないけれど、それを使えば店に侵入して調理の様子を盗み見ることもできるだろう。
その使い魔をなんとかしないと、白猫の足跡亭に勝ち目は無いだろう。
これはマズイな。【索敵】ならば侵入してきた使い魔を探知できるだろうけれど、スイーツの試作は営業中にはやらないだろう。寮の門限があるし、店に泊まり込むことはできない。どうしたものか……。
ふと視線を感じて顔を上げると、ドヤ顔のマール先輩がいた。
「どうです、有益な情報でしょう?」
「……まあ、そうですね」
「ふふん。では、情報料として、新しいスイーツができたら食べさせてくださいねっ」
それが目的だったのか?
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