第230話 新しいスイーツですと?

 雨は小降りになってきたものの未だやまず。霧のような雨が王都を白く煙らせている。

 誰もが足早に進む大通りを、私たちは雨用の外套をまとって進んでいる。まあ、私は無理矢理連れてこられたようなものなんだけど。

 ドロシーと仲のよさそうな二人は、二年生がニーナ、一年生がイリーナと名乗った。ドロシーの含めて三人とも青竜寮で暮らしている。

 ニーナもイリーナも料理が趣味で、休みの日には寮の厨房を借りて料理をすることが多いそうだ。

 で、ある日のこと。調理法で頭を悩ませていた時、たまたま通りかかったドロシーがアドバイスをしたことがキッカケでよく話すようになったとのこと。

 どうやらドロシーも料理は得意なようで、面倒くさそうにしながらも相手はしているらしい。

「料理好きな人に悪い人はいないのよっ! みんなドロシーを誤解してるわっ」

 とはニーナの弁。イリーナも同意する。

 当のドロシーはずんずんと先に進んでいる。あれは、顔を見られたくないんだろうなあ。

「マイさんは、料理は得意?」

「それなりじゃないですかね……」

 答えにくい質問が飛んできた。

 隣を歩くヨナが「それなりなんかじゃ……」なんて呟いているけれど、それ以上はいけない。

 幸い、ニーナは返事になにか期待していたわけじゃなかったようだ。すぐに話題を変える。

「いつか学園に料理クラブとか作りたいわねえ」

 クラブ活動?

 疑問が顔に出ていたらしい。今度はイリーナが説明してくれる。

 魔法学園にも、少しだけど同士が集まって作るクラブサークルのようなものがあるらしい。必要人数の確保と、定期的な活動実績報告が必要なので多くはないようだけど。

 学園側も魔法の勉強に集中してほしいから、敢えて厳しくしているとか。なるほど、クラブ活動に夢中になって勉強がおろそかになっても困るもんね。

「お喋りはそこまでだ。着いたぞ」

 不機嫌なドロシーの声。どうやら目的の店に到着したようだ。

 入り口のプレートには白猫とその足跡が描かれている。ヨナが「可愛い」と呟くけれど、確かに可愛い。女性が好きそうだ。

 だけど、そのプレートの下には臨時休業の張り紙が。そういえばピンチとか言ってたけど、なにがあったんだろう。

 ニーナたちは張り紙に構わず扉を開けて入っていく。少し遅れて私とヨナも続く。

 漆喰だろうか。店内の壁は白を基調としていて清潔感がある。柱や梁に隠れるように猫の絵があるのが微笑ましい。

 席はカウンターとテーブル。五十人入れるかどうかかな。

「マイ様、あれ……」

「ん? ……わあ」

 壁に貼られているメニュー表にデカデカと『ケイノ発の人気メニュー、ナゲット!』って書いてあるんですが……。

 あー、見ない。見なかった。私はなにも知らない。

 視線をカウンターに向ける。そのカウンターで、親子らしい男女が難しい顔で紙になにかを書いているようだけれど、私たちの来店には気づいていないようだ。

「店長、来たよ」

「なにか進展あった?」

 ニーナたちが声をかけて、そこでようやく二人は気づいた。

「ああ、君たちか。……初めての子もいるようだが」

「ええ、彼女はマイさんと、彼女の奴隷。転入生なのだけれど、マグスのこと知ってたから連れて来たの」

「初めまして、マイと言います。この子はヨナ」

 ドロシーは紹介しないんだな。ということは、ドロシーも店長たちとは顔見知りということか。ドロシーも意外な交友関係をもっているんだな。

 なーんて感心していられるのもそこまでだった。

 ニーナの紹介を受けて自己紹介すると、店長も娘さんも私を頭のてっぺんから足元まで、何度も何度も見直してから顔を見合わせて頷き合った。なにか嫌な予感がしますね。

「マイって言ったか。君はもしかして、ケイノで溶岩焼きやナゲットを作った子かい?」

「え……。なぜそれを」

「やはりそうなのか! いや、マグスからの手紙に書いてあったんだよ、新しい料理を発明できる子だと!」

「王都に来るとは聞いていたけれど、まさかここで会えるなんて!」

「すまん、会って早々だが君の力を貸してほしい!」

 え、ええぇ…………。

「え、なに。マイさんって新しい料理を作ってるの!?」

「これ、もう大丈夫なんじゃない?」

「いや、あの……」

「お父さん!」

「ああ、これでお前は助かるぞ」

「ちょっと、話を……」

「ねえ、マイさん。新しいお菓子は作れそう?」

「材料は用意する。なんでも言ってくれ」

「いや、だから────」


「全員落ち着け! マイがわけわかんねーって顔してるだろうがっ」


 ドロシーの一喝で場が静まり返る。おおう、なかなかの迫力。

 注目を浴びたドロシーは恥ずかしそうに視線を外して、少し離れた席にどかっと腰を下ろしてそっぽを向いた。話しかけるなオーラがすごい。

 まあ、ともかく。ドロシーのお陰でようやく話ができそうだ。助けてくれて感謝だ。

「とりあえず、一から説明してください。私、なんの説明も受けてないので」

「……ごめんなさい」

「すまない。実は────」

 そうして聞いた話はだいたいこうだ。

 まず、白猫の足跡亭は店主のハーゲンと娘のアコラさんで経営し、三人の従業員を雇っている。経営は順調だ。

 しかし、そこにトラブルがやってきた。

 アグトー商会という貿易を専門にする商会がある。先日、会長が息子に代替わりしたのだけれど、その息子がたまたま食事に訪れアコラさんに一目惚れした。

 アコラさんには城に勤める恋人がいて、結婚も約束しているのだけれど、アグトー商会の息子……新会長は知ったことじゃないと猛アタックを開始した。

 最初のうちこそ、丁寧にお断りしていたアコラさんだけど、自分の都合ばかりでこっちの話を聞こうともしない新会長に怒り心頭。こっぴどく振ってやったらしい。

 それからしばらく姿を見せなかった新会長だけど先日、あるお忍び貴族を連れて来店した。

 そこでアコラさんは、注文の料理をその貴族にぶっかけてしまう。何者かに足をかけられて。

 怒り狂う貴族をなだめたのは新会長。もちろん、これが新会長と貴族による芝居だと店長もアコラさんも気づいたけれど客観的な証拠がない。

 結果、多くの客の前でアグトー商会会長は、貴族の怒りを買ったアコラさんを助けたという実績を作り上げた。

 無論、新会長はタダで助けるわけがない。対価としてアコラさんとの結婚を要求する。断れば貴族がなにをするかわからない、と。

 しかし。


『悲しいかな、私はお嬢さんに嫌われておりますからな。なのでチャンスを与えましょう』


 内密に新会長は条件を出した。それは。


『自分が食べたこともないスイーツを堪能させてくれたらお嬢さんは諦める。しかし、できなかった場合は結婚していただきます』


 というもの。信用していいのか、それ。

 そして今、店長のハーゲンとアコラさんは、新会長が食べたこともないスイーツを考えて頭を悩ませているところだったわけだ。

 ちなみにニーナとイリーナはこの店の常連で、ドロシーもよく利用しているらしい。で、二人は店の危機を知ってなにか助力できないかと、料理仲間のドロシーを捜していたところだったのだ。私はそれに巻き込まれた。う~む。

「情報が必要だな」

 とはドロシー。相変わらずそっぽを向いているけれど、話は聞いていたらしい。

「そのクソ野郎がなにを食べて、なにを食べていないかわからないと、どうにもならないだろう」

 もっともだ。意外と冷静だな、ドロシー。

 感心していると、居心地が悪くなったからか、ドロシーは立ち上がって店を出ていこうとする。

「どこ行くの?」

「……知り合いにクソ野郎について聞いてくる」

「あ、待って。アコラさん、私服を貸してあげてください」

「はあ? お前の指図は受けな……って、なんて力だお前!」

 情報収集と聞いて、すぐに思いついたのは夢街だ。学園の制服で、あそこをウロウロされたら困る。

 ガッチリとドロシーを捕まえ、ニーナたちの協力も得てドロシーを無理矢理着替えさせるのだった。


         ◆  ◆  ◆


 白猫の足跡亭をいそいそと出ていくドロシーを、物陰から見つめる者がいた。

「ふーん……。夢街で見かけたが、あの娘がヴィレッド子爵の娘だったとはね」

 その呟きが誰かに届くことも、その姿が誰かに見とがめられることもなかった。

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