第229話 これは厄介ごとの匂い

「……そして現在に至るわけだ」

「そうなんですか」

 苦笑する子爵になんと返せばよいのかわからない。

 子爵とすれば誰かに愚痴りたかったんだろうけれど、私は家庭内のゴタゴタを聞かされて喜ぶタイプじゃないんだよお。昼ドラ大好きな主婦だったら話は別だっただろうけど。

 ……ん? まてよ。

「ドロシーを養子に迎えた、ということでいいのですね?」

「ああ、そうだね。残念ながら私と妻は子供に恵まれなくてね。養子の話は前々から話題になってはいたんだ」

 そう答えた子爵は、再び苦笑した。

「実は、妻は私がアセリアを捜させていること、文通していることは知っていたようなんだ。その上でアセリアの忘れ形見を養子に迎えてもいいと言ってくれた。生粋のご令嬢はこういうものかと驚いたものだよ」

 わあ。奥さんの器が大きいのか、あくまで両家を結ぶ政略結婚だと割り切っているのか。どちらにせよ、子爵は奥さんに頭が上がらないんじゃないかな、これは。

「ロディアムさんは、ドロシーとの関係を改善したいんですね」

「ああ。とはいえ、とりつく島もないのが現状だよ」

 自虐的に微笑む子爵は、思春期の娘を持つ父親の顔をしている。日本でよく見たな、こんな顔。

 んー、子爵とドロシーも、会長さんとカールみたいに本音でぶつかり合うしかないんじゃないかなあ。いや、会長さんはまだぶつかれていないんだけど。

 とはいえ、部外者の私がなにかするわけにもいかない。

 子爵も私にお願いしてくるわけでもないし。単に愚痴りたかっただけか。

 別れ際、「できたら娘と仲良くしてほしい」と言われたけれど、それは難しそうだなあ……。


         ◆  ◆  ◆


 次の日、学園では魔闘技場地下二階の探索報告があった。

 地下二階は居住区と思われる施設で、かなり広かったそうだ。まあ、元要塞なら当然か。

 家具やその他の多くの物は朽ちていたそうだけど、いくつかの道具や文献が回収されて、これから解析されるみたいだ。

 地下二階の全てが探索されたわけではないので、今後新しい発見があるかもしれない。楽しみだね。

 ちなみに、日本語で記された物は見つかってはいないようで、マリーニュさんが露骨にホッとしてたのは笑いそうになったよ。睨まれたけど。

 ところで、学園の公式発表より先に、学園通信にこれらの情報が記事になっていたのは何故なのか。マール先輩は探索に参加させてもらえなかったと聞いているんだけどなあ。ちょっと怖くなってきたぞ、あの人。

「急に降ってきましたね」

「そうだね。午前は春の陽気だったのに」

 外を眺めてヨナがため息をつく。朝は雲ひとつない快晴だったのに、昼頃から急に雲が湧きだして放課後にはドシャ降りだ。これじゃあ、放課後の自主訓練もできないな。濡れてもいいなら別だけど。

「図書室で本でも読もうか」

「はいっ」

 ヨナも読書は好きなようで、図書室でも退屈などしない。私も読書は好きだからありがたい。

 図書室を目指して、二人歩いていると。

「おいっ」

「わわっ!?」

 空き教室の扉が開き、腕を掴まれて室内に引っ張り困れた。そのまま壁に押しつけられ、逃がさないように顔の横に手を叩きつけられる。

(わあ。まさか異世界で壁ドンされるとは)

 壁ドンしてきたのはドロシーだった。機嫌が悪いのかめっちゃ睨んできてる。

「マイ様!」

「あー、大丈夫大丈夫。落ち着いて」

 ヨナが背後から殴りかかりそうだったので慌てて止める。ドロシーは睨んではいるけれど、危害を加えるつもりはなさそうだし。……まあ、返答次第かもだけどね。

人気ひとけの無い教室に私を連れ込んで、なにするつもり?」

「……お前……」

 ぶわっと、ドロシーのこめかみに青筋が浮かぶ。どうやら冗談は通じないらしい。

「冗談ですよ。で、用件はなんです?」

「……昨日のこと、誰かに話したか?」

「昨日はいろいろあったので、どのことでしょう?」

「とぼけるな。夢街で会っただろうが!」

 おっと、胸ぐらを掴まれた。

 ヨナが動き出す前に手で制し、ドロシーに視線を戻す。

「とりあえず離してほしいかな。ヨナがドロシーを殴り飛ばす前に」

「くそっ!」

 突き飛ばすように手を離される。

 ……しかし奇妙な話だなあ。想像では、ドロシーは父親への反抗心から学園を退学しようとしているように思ったんだけど。それなら夢街への出入りの噂なんて、退学のいい理由になりそうなのにね。

 それとも、退学にはなりたくないのかな。

 んー……本当のところは本人しかわからないんだろうけど。

 ドロシーとの距離が開いたので、ヨナが駆け寄ってきて襟元を直してくれる。いい子だわあ、なでなで。

「昨日のことですが、誰にも言ってませんし、言うつもりもないですよ」

「……本当か?」

「そんなことしたら、私も夢街にいたと公言するようなものですよ?」

 ヨナをなでなでしながらそう言えば、ドロシーはハッとなった。どうやらその可能性に考えが至っていなかったみたいだ。

 まあ、言いふらすメリットが無いというのも大きな理由だけどさ。

「……お前、あそこで何してたんだ? まさか客を────」

「ハンターの仕事ですよ。魔法学園ここに転入する前にいろいろあって、その関係者に夢街あそこに呼び出されたんです。行きたくて行ったわけじゃないですよ」

 気まずいのか、少し恥ずかしそうにしながらのドロシーの質問に答える。詳細は語れないけれど嘘は言っていない。

 特に思うところがなかったのか、ドロシーは追及してこなかった。

「まあ、アタシは言いふらさないならいいんだけどさ……」

「あっ、ドロシー! 捜したよ!」

 ドロシーの言葉を遮るように勢いよく教室の扉が開き、女生徒二人が飛び込んできた。リボンの色からして二年生と一年生か。

 二人はそのままドロシーに駆け寄ろうとして私とヨナに気づいた。

「わ。噂の転入生」

「取り込み中?」

「いえ、全然。どうぞ、用件を済ませてください」

 二人にドロシーを譲る。

 ドロシーといえば、実に嫌そうな顔をしている。二人が嫌なのではなく、この状況を私に見られたのが嫌なんだろう。

 そんなドロシーの態度に気づくでもなく、二人は慌てた様子でドロシーに声をかけた。

「ドロシー、大変だよ」

「なんだよ、大変って」

「白猫の足跡亭がピンチなのよ」

 なんだ、友達いるんじゃないか。

 クラスメイトともろくに話さず孤立していると思っていたドロシーだけど、二人の話し方はかなり親しい。ドロシーもぶっきらぼうだけど、ちゃんと返事してるし。これなら退学なんか考えなくてもいいと思うけどなあ。

 ともあれ、話を邪魔しちゃ悪いだろう。今のうちに退散しますか。

 そそくさと教室から出ようとしたら、不意にヨナに袖を引かれた。

「どうしたの?」

「マイ様、先ほど話に出た白猫の足跡亭って、マグスさんの言っていたお店じゃないでしょうか?」

 ……あ。

 そうだ、思い出した。マグスが修行した店がそんな名前だったはずだ。王都に行ったら寄ってくれと言われていたけれど、すっかり忘れてたよ。ヨナ、お手柄。

「あなた、白猫の足跡亭のマグスさんを知ってるの?」

「いえ、まあ……。少し前に料理を手伝って……」

 二年生の子が反応した。うん、これは厄介事の匂い。

「それなら、あなたも手伝って」

 ええ……。

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