第228話 子爵、過去を語る
私はね、今でこそヴィレッドという家名を陛下より賜り、子爵として王に使えているけれど、昔はハンターだったのだよ。
父がハンターでね。母が亡くなったのを機に父と旅をしながら、各地でハンターとして仕事をこなす。そんな浮草のような生活をしていたんだ。
トワグラという小さな町に落ち着いたのは、旅に出てから何年後だったか覚えてはいないな。
ははは。トワグラに落ち着いた理由は単純だよ。なに、恋に落ちてしまってね……。
アセリア……。私が愛した女性。宿屋の看板娘で、男勝りの快活な少女だった。
なにがキッカケだったから覚えていないが、私と彼女は気が合ってね。とはいえ、告白に至るにはかなり時間がかかってしまって……。いやはや意外と自分は奥手だったのだな、と思い出すだけでも悶えそうだよ。
ああ、すまない。話が逸れたね。
それで、いつ、どうやって告白しようか悩み始めたころ、転機が訪れた。ある仕事の帰り道、町に続く峠で戦闘の音を耳にした。駆け寄ってみれば、その峠で凶暴な獣を使役する賊に囲まれている旅の者がいたんだ。
明らかに旅人が不利で、怪我人も確認できた。すぐに、私と父は助けるために走り出したよ。
私と父は旅人たちを助けることができた。怪我人が多かったので賊の追撃は諦め、旅人たちをトワグラまで案内したよ。
旅人たちには、なにか目的があるようだった。怪我人の療養で人数が減ったにも関わらず、若いリーダーは次の日には出発していったんだ。
私も父も、なにか嫌な予感がした。魔物を使役するような賊が町の近くにいるのも心配だったしね。なのですぐに追いかけたよ。
結論から言えば、追いかけて正解だった。旅人たちは、その魔物を使役する賊の本拠地に乗り込んでいたんだからね。自慢になってしまうが、私たち親子が加勢しなければ危ないところだったんだ。
私たちは賊の多くを殺し、生き残りは捕縛した。
獣は一匹残らず始末した。あまりに凶暴で捕縛が難しかったからなのだが。
賊の隠れ家は旅人たちが隅から隅まで捜索して、様々なものを回収していったが、私と父はそれらに興味がなかった。まあ、興味がなくてよかったのだろう。下手になにかを持ち帰っていれば面倒なことになっていただろうしね。ははは。
旅人のリーダーには感謝され、後日の礼を約束された。特に期待はしていなかったのだけれど、まさか後日、国王陛下から直々に王都に呼び出されるなどと思ってもみなかったよ。
ふむ。薄々わかっているようだが、その通り。私と父が助けた旅人は若かりしころの現国王陛下だったのだよ。
父とともに王城に呼び出され、国王陛下と王子殿下に謁見した時の緊張感は忘れられないね。
その際に説明されたのだが、陛下……いや、当時は王子殿下か。殿下は成人すると同時に陛下より命じられたのだそうだ。その目で自身が治める国を見てくるように、と。そして殿下は身分を隠し、各地を旅して回っていたのだと。
その旅の途中で殿下は、ご禁制の薬物を用いた犯罪と遭遇し、その大元を断とうと決意された。そう、私と父が殿下を助けた時がそうだったのだよ。
陛下は殿下の危機を救ったことに対して何度も礼を述べられてね。なんとも落ち着かなかったよ。だってそうだろう? ハンターとして気ままに生きてきて、国王陛下に礼を言われるなんて想像できるはずもない。
されに驚いたのは、凶暴な魔物を使役していた賊はかなり大規模な犯罪組織で、国内外にかなりの影響力をもっていたと聞いた時だね。例のご禁制の薬物は獣だけでなく人間すら凶暴化させるもので、さらに中毒性もあるという危険極まりない薬だったんだ。
だが、その犯罪組織も、私たちが介入した一件を機に情報が芋づる式に出てきてね。今では壊滅している。だから安心してくれていい。
とまあ、そういうことで。私と父は王子殿下を助けただけでなく、国際的な犯罪組織を滅ぼすことにも一役買ったわけだ。結果論ではあるけれど、これだけの功績のあった私たちに褒美を与えぬわけにはいかないとなってね。父は陛下より男爵位を賜ったのだよ。
喜びより戸惑いが強かったのはわかってもらえると思う。自由気ままなハンターから堅苦しい貴族様だからね。
もちろん、断ることはできなかった。こうして、私たちは王国貴族の末席に名を連ねることになったんだよ。
さて、貴族になって最初に悩んだのがアセリアのことだ。貴族ともなると婚姻にも制限がつくからね。
とはいえ、それは子爵以上の話。こちらは一代限りの名誉男爵だ、市井の娘と結婚したところで問題はない。
なので私は、叙爵式や拝領した領地の諸々を片付けた後、アセリアを迎えに行ったよ。そしてアセリアは私のプロポーズを受け入れてくれた。
新しい土地で、私とアセリアの新しい生活が始まる。……そのはずだった。
いやはや、世の中とはままならないものだね。私がアセリアを正式に妻に迎えようとする直前にあんなことが起きるとは。
おそらく君が生まれる以前の話になるが、今から十六年前のことだ。さきほどの犯罪組織、あの残党が国内で動き出してね。あろうことか、反国王派と結託して王家転覆を計画したのだよ。
幸い、事前に情報を得ることができた国王は、これを機に反国王派を一掃しようと逆に罠を張った。こうして、陛下率いる王国軍と反国王軍との戦になったんだ。この出来事は学園の図書室でも知ることができるから、よければ探してみてくれたまえ。
さて、戦といっても事前に情報を得、罠を張っていた王国軍が圧倒的に有利。戦は一方的なものになっていた。誰もが王国軍の勝利を疑わず……今になって思えば、それが隙に繋がったんだろう。警護の隙を衝いて、反国王軍の放った暗殺者が陛下の命を狙ったんだ。その時、身を挺して陛下を庇ったのが、私の父だ。
陛下に向けられた毒の短剣を自らの腕で防ぎ、暗殺者を返り討ちにし、返す刃で毒に蝕まれる自分の腕を斬り落としたんだ。我が父ながら感動したよ。
我が身を盾にして陛下の命を救った家臣に、陛下が報いるのは当然だった。戦のあと、父は子爵に任じられ、新たにヴィレッドの家名をいただいたのだ。もっとも、父はその時の怪我が元で私に家督を譲り、隠居してしまったのだがね。
さてさて。子爵位を賜るのは名誉ではあったけれど、少し困ったことになった。子爵ともなると政略結婚が避けられなくなってね。しかも陛下の命を救った家だ、縁を結びたがる家も多くてね。
……ああ、そうだよ。私はアセリアと結婚できなくなってしまったのだ。しかも、この時アセリアは私との子を身ごもっていたんだ。
アセリアは、書き置きを残して私の前から姿を消してしまった。これから貴族として国を支える私の邪魔はできないとね。
ここでアセリアへの愛を貫き通せていればどれほど良かっただろう。……だが私は国を裏切れなかった。伯爵家のご令嬢と結婚し、慣れぬ貴族の務めを必死にこなす日々が続いた。
もちろん、その間も必死にアセリアを捜した。そしてアセリアは別の小さな町に住んでいることを突き止めた。
できればすぐにでも会いに行きたかったが、妻もいるし、立場がそれを許さなかった。だから手紙を送ったよ。返事はなかったが、何度も送った。
根負けしたんだろうね。何度目かでようやく返事が来たんだ。
生まれた子供はドロシーと名づけたこと。迎えはいらない。あなたは貴族として務めを果たすように、とね。
しかしね、愛した女性と、自分の血を引く子供のことだ。諦められるはずもない。だから私は、それからも手紙を送り続けた。返事はたまにしか届かなかったが、その手紙は私の宝物だよ。
手紙のやり取りは年単位で続いた。だけど、ある時パタリと手紙が途絶えてね。部下を派遣して調査させると……アセリアが亡くなっていたことがわかった。
残されたドロシーはどうなったのか? 私は必死にドロシーを捜させた。
そして、ようやく見つけたドロシーは……今のように、大人の男性を異様に敵視する娘になっていたんだ……。
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