第227話 ドロシーと父親
「んじゃ、話が終わったら声をかけてくれ」
そう言い残して煙草さんは出ていった。さほど広くない部屋には私とヨナ、弓兵さんだけが残される。
「久しぶりね。まあ、まずは座って」
「なんでまた、こういう店を指定したんですか? 男にからまれて大変だったんですが」
高い魅力と魅惑スキルのせいか、光に集まる蛾みたいに男が寄ってきたもんなあ。まいった。
顔に出ていたのか、弓兵さんは苦笑した。
「ごめんね。夢街は連帯感が強くてね、よそ者とか見たことない者がいると、すぐに情報が共有されて警戒されるの。下手すると王宮より警戒度は高いかも」
「……ちょっと待ってください。警戒しなきゃいけない状況なんですか?」
「察しがいいね」
弓兵さんは笑うけど、笑いごとじゃない。私たちはともかく、【火竜の爪】が警戒されているってことじゃない?
指摘すると弓兵さんは真面目な顔で頷いた。
「王都の夜空を舞う謎の影。あれが吸血鬼だと仮定して、私たちは吸血鬼崇拝者の動向を探っていた。
昨夜、吸血鬼崇拝者でもそれなりの地位にいそうな人物を調べていたんだけど、情報が漏れていたのか危うく罠にかけられそうになってね。
「ギルドじゃダメだったんですか?」
「あー……。ハンターにも吸血鬼崇拝者がいるみたいでさ」
なんてこった。吸血鬼崇拝者の捕縛を依頼に出してるのに、ハンターに吸血鬼崇拝者がいるとか。
吸血鬼崇拝って犯罪になるのかな。なるんだったら、厳しくなった犯罪歴チェックに引っかかるだろうけど……。信仰の自由に該当するなら見つからないだろうな。
そういうことなら、吸血鬼崇拝者の捕縛が常設依頼になってたのもわかる。それなら誰が吸血鬼崇拝者の捕縛に動いているか、わからないだろうし。
「一応、ギルドには伝えてあるよ。まあ、王都にいるハンター全員をチェックするのにどれだけ時間かかるか、わかんないけどね」
それはそうだよね。
まあ、私たちは自分にやれることをやるしかない。
その後、情報を交換したけれど、他に特に有用な情報はお互いに持ち合わせなかった。
「じゃあ、学園ではこの一ヶ月で目撃情報は無い、と」
「そうですね。学園側もその正体を把握していないので、注意喚起止まりです」
「こっちも、いつ動けるようになるかわからない。それでも、来月もまたここで会いましょう」
来月の情報交換を約束して、私はヨナと一緒に店を出た。弓兵さんは私たちと時間をずらして出るらしい。
部屋から出て、とりあえず奥の部屋に声をかけると煙草さんが出てきた。
「もういいのかい?」
「はい。しばらく、定期的にここにお邪魔することになりそうですが、いいですか?」
「そうかい。じゃあ、顔パスで入れるようにしといてあげるよ」
喜んでいいのかな……。
「ここで働いてもいいんだよ? あんたの色気は女のアタシでもくらっとくるぐらいだしね、客は男女を問わないだろうよ」
「勘弁してください……」
夢街ジョークなのか、それとも本気なのか判断がつかない……。
煙草さんは気を悪くした様子もなく、出口まで見送ってくれた。
「とりあえず、早々に夢街から出よう」
「そうですね」
ヨナを促し、早速寄ってきた男を追い返しながら歩き始めると。
「うるさいな、あたしに構うんじゃないよっ!」
「そういうわけにはいかない。お前は私の娘だ」
「頼んでないのに父親面するな!」
夢街の出入口付近で言い争う声が聞こえてくる。
んあー、内容からして面倒ごとだ。痴情のもつれかと思ったけど、親子か。
夢街では珍しくないのか、野次馬が取り囲んでいる様子はない。むしろ避けて通っている。だからよく見えた。
父親らしき男性は、市井の民らしいシンプルな服装。だけど、町の灯りに照らされる服の生地は艶がある。髪も綺麗に整えられているし、無理して町の住人っぽくしようとしている感じがあるなあ。
一方、娘らしい女性、いや少女か。彼女は……おいおい、それ魔法学園の制服じゃん!?
……よし、私はなにも見なかった。なにも見なかったことにしよう。
「あ」
「あ」
……目が合ってしまった。ていうか、ドロシーじゃないかっ!
くそう、黙って通り過ぎようと思っていたのにっ。
「マイ!? なんでお前がこんなところにっ!」
「好きで来たわけじゃないんですけどね」
「……くそっ!」
「お、おい、どこへ行くんだ」
「うるさい、今日は帰る!」
露骨に舌打ちをして、ドロシーは町中に戻っていく。あとには私たちとドロシーの父親らしき人物だけが残される。
よし、今のうちだ。そそくさとこの場を離れ────。
「すまない、ドロシーのお友達かね」
「……クラスメイトの域を出ていませんが」
くそう、捕まった。ここで逃げずに応じてしまうのが自分の欠点だよなあ。
「娘は……学園ではどうかな。よければ聞かせてもらえないだろうか」
◆ ◆ ◆
「誘ったのは私だからね。好きなものを食べてくれたまえ」
港に近い食堂に、私とヨナはいた。ドロシーの父親────ロディアム・ヴィレッド子爵に連れられて。
正直、逃げても文句は言われなかっただろうけれど、「娘の話を聞かせてほしい」と、申し訳なさそうにお願いしてくる子爵は、貴族ではなくひとりの父親の顔をしていた。それを見たら、もうだめだった。
いや、いたんだよ。サラリーマン時代に似たような上司が。
ブラック企業だったけれど、その上司はまともな人だった。だけど、ブラック企業でまともな人は割を食うだけなんだ。
その上司は年頃の娘さんとうまくいっていなかった。サービス残業が続き、娘さんと向き合う時間もとれない。電話で今日も帰れないことを告げる時の上司と子爵の表情は、娘への罪悪感がにじみ出ているという点で一緒だった。
そんな表情を見てしまったら、逃げるなんてできなかった。
「ドロシーについては、ロディアムさんが喜ぶようなお話はできませんが」
「構わないよ。聞かせてくれないかね」
町の食堂なので、爵位はつけずに呼ぶ。お忍びらしいので、子爵からそう頼まれたのだ。まあ、上質な生地を使った服は不自然だと伝えておいたけれどねー。
さて。私はドロシーと親しいわけじゃないけれど、同じクラスであるから彼女の言動や行動はわかっている。それを正直に子爵に伝えると、子爵はしばらく沈黙した。
辛さを隠そうとする、かつての上司を思わせるその顔を見ていられなくて、運ばれてきた食事に意識を向ける。大皿に焼いた肉と大量のマッシュポテト、申し訳程度の葉野菜が盛られたジャンク感マシマシの料理だ。
それを別皿に取り分けていただく。もぐもぐ……うん、ジャンクフードだ。だが、それがいい。
私が食べ始めると、ようやくヨナが食べ始める。ちなみにこの店は奴隷にうるさくないので一緒に食事ができる。この方がいいな。
取り分けた肉とポテトを食べ終えるころになって、ようやく子爵が顔をあげた。
「……そう、か。私への反発からそんなことを……。退学が私への最大の攻撃だと思っているのだな。だからといって……自分の身体は大事にしてほしいのだが……」
あー……。やっぱりそういう目的で夜街にやってきたのかな、ドロシーは。
と、子爵が複雑な顔でこっちを見た。
「……君は夢街から出てきたが、まさか……」
「ハンターとしての仕事です。相手が夢街の店を指定してきたので仕方なく」
ハンター証を見せて説明すると、子爵は疑ったことを詫びてくれた。本当、腰の低い人だなあ。
「ドロシーは反抗期……でしょうか」
「いや、どうだろうな。会った時から大人に対してあのような態度だったが……」
うん? 会った時?
まさかドロシーは養子なのか?
顔に出ていたんだろう。子爵が失言に気づいて苦笑した。
「ドロシーは私の実の娘だよ。だが、一緒に暮らすようになったのは一年ほど前だ」
「え?」
「よければ、昔話につき合ってくれないかね」
しまった、逃げておけばよかった
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