第223話 寮対抗戦

 マリーニュさんが先生たちにどう説明したかは気になるけれど、その前に大きなイベントがやってきた。そう、月末の大イベント、寮対抗戦だ。

 前日には寮の食堂で作戦会議が開かれたけれど、籠城戦でもないのに三倍の相手に有効な作戦は出てこなかった。

 だから方針はシンプル。


『戦力を集中させて一点突破。敵陣の背後に回って攪乱する』


 まあ、他に方法が無いっていうのが正しいんだろうけど。

 そして夜。食事が済んだら生徒は全員、魔闘技場に移動する。

 魔闘技場には東西南北に出入り口があるので、自身の寮と同じ出入り口から中に入る。

 入ってすぐ、粘土で作ったような、かろうじて人型とわかる人形を受け取る。へー、これが身代わり人形スケープドールかあ。

 使い方は自分の血液を一滴、身代わり人形スケープドールに吸わせるだけと簡単。そうすることで、魔闘技場内で受けるダメージを肩代わりしてくれるそうだ。

 身代わり人形スケープドールの耐久値は自分の肉体に比例するというので、身体を鍛えたり魔法の抵抗力を上げるのは効果があるという。

 ちなみに身代わり人形スケープドールが破壊されると、自動的にスタート地点に戻されるようになっているので、今のところ死人は出たことがないようだ。今後はわからないけれど。

 だから……。

「へー、これが身代わり人形スケープドールですか」

「どうしてアンシャルさんがいるんですか?」

「怪我人が出た場合の治療要員ですよ。私の他にも神官がスタート地点で待機します。マイさんと一緒に戦えないのは残念ですが……」

 ちらりとアンシャルさんは私の隣を見る。隣ではヨナが得意げに胸を張っている。

 そう、奴隷は主の道具扱いなため、寮対抗戦に戦力として参加させることも可能となっている。ただ、主が退場する場合、奴隷も一緒に退場しなければいけないけれど。

 あと、奴隷用の身代わり人形スケープドールは別料金で、主はお金を払わないといけない。

 たまにお金を払わず、奴隷を使い捨てにする者もいると聞いた時は気分が悪かったな。

 さて、生徒は指先を傷つけて身代わり人形スケープドールに血を吸わせている。私もそれに倣うけれど……。

「特になにも感じないな」

「そうですよね、不安になりますよね! でも大丈夫、ちゃんと身代わりしてくれますよ」

 いつの間にか隣にマール先輩がいた。手にはペンとメモ帳を持っている。なぜだ?

 寮対抗戦では、個人で魔法の道具を一つだけ持ち込むことが許されている。それは魔法の杖であったり、指輪だったり、宝珠だったりする。

 どれもこれも魔力を底上げしたり、マナの消費を抑えてくれる代物で、お金に余裕がある学生なら一つは買っている。

 買ってはどうか、と会長さんからアドバイスをもらったけれど、シーン・マギーナがいるから買っても装備できないんだよね。あのヤンデレめ。

 まあ、それはそうとして。マール先輩のペンは魔法の道具なのか?

「まさか。ただのペンとメモ帳ですよ」

「そんなので戦うつもりですか?」

「ああ、寮対抗戦では、私は戦力として数えないでください」

「……まさか」

「そのまさかです。私の使命は寮対抗戦の様子を記事にすることですからっ!」

 ドドーンと盛り上がるマール先輩。

 ……え、まさか。戦いの中を駆けまわって取材するのか!?

「マイさんの活躍を期待しておりますよ?」

 ウキウキと地下に歩を進めるマール先輩を見送り、寮長に視線を向けると、彼は力なく首を横に振った。ああ、諦めてるんだ。

 時間が迫ってきたので地下に下りる。スタート地点には赤竜寮の面々が集まっていて、緊張しながら最終確認をしている。

「マナ・ポーションを貰っていない人ー! 急いで受け取って!」

「設置系の魔法具の使い方、大丈夫?」

「マナ・ポーションの保管場所、把握した? 一年生は管理頼むよー」

 なかなか緊迫した空気だ。劣勢だから尚更かな。

「魔物がいますね!」

「あー、召喚獣か。はじめて見たかも」

 生徒に混じって召喚獣の姿も確認できる。鳥型だったり、昆虫型だったりと、数は少ないけどバラエティーに富んでいる。けど、飛行できる召喚獣が多いな。

 理由はすぐわかった。上空から地形を把握するのと、上空からの攻撃のためだとか。なるほど。

「マイ様、クロちゃん召喚します?」

「ダメでしょ」

 大騒ぎになるわ。

 ヨナと話しているうちに時間になった。魔闘技場に設置された鐘が鳴ると同時に、地下一階に変化が起きる。

 床が動き出す。一部では盛り上がり、一部では穴が開き、壁になったりアーチを作ったり。

 特に大きな音も立てずに、平地だった地下一階が複雑な迷宮のように姿を変えていく様子は思わず見惚れてしまう。昔見たハリウッドのCG使いまくりな映画なんて目じゃないな。臨場感が違う。

「ほら、一年生。ボーッとしない!」

「もう始まってるぞっ!」

 おっと。初めて見る光景に初動が遅れた。先輩たちはもう駆けだしてスタート地点の自陣水晶に触れ、次々に前線に転送されていく。もたもたしてられないな。

 マナ・ポーションの入った木箱を担ぎ、自陣水晶に触れる。

 ……なるほど、他の自陣水晶の位置が脳裏に浮かぶので、それを選べばいいのか。

 もちろん最前線の自陣水晶を選ぶ。一瞬で視界が切り替わった。

 最初に届いたのは爆発音。

 炎、氷、雷が飛び交い、魔法の防壁に激突して弾け、視界が激しく明滅する。

「地形の把握を急げ!」

「防御魔法を!」

「マナ・ポーションを早くっ!」

「まずは守りを!」

「……うわ、これは……」

「マイ様、下がりましょう」

 っと、いかんいかん。目の前の戦闘に意識を奪われていた。

 大規模な戦闘はサイアリアで経験したけれど、魔法が主体の集団戦は初めてだ。まるで弾幕シューティングのような戦場に見入ってしまった。

 転送されてきたヨナに袖を引かれて後退、他の一年生たちとマナ・ポーションの保管場所を確保する。

 しかし、これは……。

「地形が意地悪いですわね」

「……セーラさん」

 先に転送されていたセーラさんが隣に立つ。

 そう、セーラさんの言う通り、どうにも地形がよろしくない。我らが赤竜寮の陣地と黒竜寮の陣地の接する部分なのだけど、黒竜寮の陣地の方が高く盛り上がっているのだ。

 高所をとれば強い。戦の基本だ。

 地形は毎回ランダムに変化するらしいけれど、さすがにこれはイジメだろう。

 上といえば空中だけど、すでに飛行型召喚獣たちが激しい空中戦を繰り広げている。

 幸い、聞こえてくる指示からすると、白竜寮と青竜寮に接する部分は隘路になっているようで、そこを守ればそうそう攻め込まれることもなさそうだ。

 とはいえ、目の前の黒竜寮から魔法を爆弾のように降らされ続ければジリ貧だ。なにせ相手の陣地は魔法抵抗力が増加するエリアなのだ。こちらからの魔法は効果が薄い。

 このままじゃ……。

 …………。

 ………。

 そして不安は的中した。

「マナ・ポーションを早くっ!」

「防壁がもたない! 一年でもいい、援護を!」

 じりじりと、だけど確実に前線から人が減っていく。使っていない自陣水晶を前線に押し上げることもできやしない。

 空中の召喚獣たちの戦闘はほぼ終わったみたいだ。

 もっともこれは、他の三寮が使い魔に爆弾のようなものを装備させた爆撃特化だったことが幸いした形。こちらは迎撃に特化した召喚獣ばかりだから、なんとか五分に持ち込めたにすぎない。

 空中からの援護は期待できない。前線は黒竜寮の高所からの魔法攻撃に耐えるのに必死だ。

 黒竜寮の爆撃に削られるのが先か、守りが手薄になった通路から白竜寮、青竜寮がなだれ込んでくるのが先か。

 どちらにせよ、このままじゃ負ける。赤竜寮はスタート地点に押し込まれて身動きできなくなるだろう。

 さすがに……それは嫌だなあ。戦うにしても互角の勝負がしたい。

「……マイ様」

「しょうがない、ちょっとやりますか」

 ヨナからの期待の眼差しを受け、私は寮長に声をかけに走った。

「寮長、お願いがあります」

「お前は……。なんだ?」

「私を遊撃隊に任命してください」

 寮長は驚きの表情のまま、しばらく動きを止めてしまった。すぐ近くで爆発が起きて我に返ったけれど、相談するなら場所を考えた方がよかったな。反省。

 それはともかく。

「少なくとも体勢を立て直す時間は作れると思います。どうでしょう」

「……一人でなにが……いや、天才だからか……」

 なにかぶつぶつ呟いていた寮長はしかし、やがて諦めたように言った。

「わかった。なにもしないよりはマシだろう」

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